長編小説「きみがくれた」中‐60
「光の中で」
壁の向こう側から、何度もこちらを覗く瞳が4つ。
“目を開けたよ!”
“もう大丈夫だ!”
その声に、濡れたように黒い瞳が僅かに緩んだ。
眩しい光が輝いていた。
久しぶりに思いきり外の空気を吸った。
暖かくて眩しくて前が良く見えなかった。
そこは一面真っ白に覆われていて、光の粒が輝いていた。
寝ころんだ両手に抱き上げられた。
この手は初めてじゃないとすぐに分かった。
太陽の光に目を細めた。
その黒い瞳はじっとこちらを覗いていた。
“きれいだな”
あの時の声だった。
体の底から込み上げてくる温もりが耳の奥に浸み込んだ。
“まるで宇宙みたいだ”
黒い瞳に光が射し込み、濡れたように澄んでいた。
その優しい眼差しを吸い込まれそうに見つめていた。
その声を待っていた。
その声をもっと聴いていたかった。
その瞳をずっと見ていたかった。
この手の中にいつまでもずっといたかった。
“ほんとだ、キレイだね!!”
薄茶色の丸い瞳が横から覗き込む。
暖かい日だった。
いい匂いがして、真っ白い光に満ちていた。
この手をずっと感じていたかった。
温もりの上でゆっくり、ゆっくり揺られていた。
“おまえは生きろ”
あの日、そう言ってくれた。
大好きな声、大好きな手
大好きな匂い
懐かしい温もり、懐かしい感触
そして――――
カラララン・・・コロロロン・・・
テーブルの下から飛び出して、一目散にドアを目指した。
けれどそこに居たのは看板を抱えたマスターだった。
「ああ、驚かせて悪かったね‥今日はもう閉めようと思って」
マスターは申し訳なさそうに苦笑した。
それにしても俊敏だったな。
「それだけ走れれば安心だ」
やがてマスターの夜コーヒーの香りが漂い始めた。
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