「君の唄が聴こえる」
「ことのはじまり」
初めて「猫の譲渡会」という場に足を運んだ。
マンションを二部屋つなげた広々とした空間に、まるで猫カフェのようなスタイルで10数匹の猫がゆるりと暮らしていた。
カーテンの隅っこに隠れていたるんばと目が合ったとき、同時に彼とも目が合った。
「じゃあ一緒に飼おうか」
それは至極あたりまえのような物言いだった。
けれど、男の人の上目遣いとはこんなに破壊力があるものだろうか。
私のるんばを彼が大きな2枚の手のひらですっぽり包み、
「さて行くか」と立ち上がった。
ちょっと待ってよ、と言う間もなく、私は彼を見上げた。
185センチ・・
「よろしくおねがいします」
譲渡会の主催者さんが彼にぺこりとおじぎをした。
私はひとり戸惑ったまま、彼女を振り返った。
ゆるふわ風を吹かせたエプロン姿。
そのかわいらしい笑顔に見送られ、私は彼の背中を追った。
◆
私の前を、長身の男がすたすたと歩いている。
私のるんばに頬ずりしながら。
いったいどういうわけで私はこの男の後をついて歩いているのだろう。
あんなに好きな顔に出会ったのは生まれて始めてだ。
「じゃあ一緒に飼おうか」
とは、どういうイミだ。
いいかげん、私は歩くのにつかれてきたし、
これからいったいどうなるのか不安になってきた。
「ちょっと!!」
やっとその男の足を止めることができた私は、改めてその立ち姿に呆けてしまった。
なんてイイオトコなのだろう。
なんて仔猫が似合うのだろう。
「どうしたの?」
なんてことない顔で問いかける、その顔がかわいすぎる。
「・・、どどうしたのって、そっちこそ!そ、その猫!私だって気に入って・・」
初対面の人に対して遠慮なく指を指しながら私は訴えた。
「だから、一緒に飼おうって言ったでしょ」
「い一緒にってなななにどういうことよっ?!」
「どうって」
「あああなた彼女とかいるんでしょ?!わ私といい一緒に飼うとかなんとか言っちゃって大丈夫なのっ?!」
長身イケメン仔猫付き・・
彼女付きに決まってる。
「大丈夫だよ、もう別れる予定だから」
「・・・」
彼はそう言って再び前を歩き始めた。
大丈夫・・だと?
私はモヤモヤモヤモヤしていたが、どういうわけか
大丈夫ならま、いっか。
と思ったのだった。
「ね、ね、ちょっとちょっと!猫砂とか、キャットフードとか、買っていかないの?」
私は彼の隣に追いついて、その手に抱かれたるんばをのぞき込もうとした。
「うちにあるから大丈夫だよ」
「猫、飼ってるの?」
「うん」
なんだ・・
・・?
なんだ?
え、なに今の。
そして私は、るんばを引きっ取った彼に、引き取られることになった。
◆
彼は「音楽をやっていた」。
彼は古い映画が好きで、家にはカフェラテが作れるマシーンがあった。
彼の家は明らかに二人暮らし用の広さのマンションだった。
彼の部屋はナチュラルカラーがベースの落ち着いたデザインだった。
先住猫は超絶人見知りだった。
私がタンゴに触ることができたのは、一緒に暮らし始めてから半年くらい経ってからだったと思う。
”猫を飼っている”という彼の言葉を疑うほど、タンゴは1週間近くその姿を見せてくれなかった。
彼はリビングのソファに座り、るんばを膝に乗せた。
「ここで暮らせそう?」
二本の指でるんばの耳の間を撫でながら、「おまえ、ちょーかわいいなあ」と繰り返す。
その確認、私の方が先じゃないか?
そう思った瞬間、
いやいやいやいや、え?
マジでここに住むの私?って、ひとりツッコミを入れる。
どういうわけか、気配すら感じられないタンゴにすがりたい気持ちが襲う。
頭の中を整理しよう。
「もう別れる予定だから」
さっきこの男はそう言ってた。
もう、別れる、予定。
・・んー・・??
別れるのか?
別れたのか?
もしここに彼女が現れたら、どう説明したら・・
「・・あ、あの!!私、ほんとにここで暮らすの?」
リビングの入り口ギリギリのポジションをキープしたまま、私はソファに寝転がる彼に声をかけた。
彼はるんばを持ち上げたまま、そのめちゃくちゃタイプの顔をこちらへ向けた。
ちょうかわいいのはおまえじゃ。
「すきにしていいよ」
・・なぬ?!!
「ここでよかったら、どうぞ」
いやいやいやいや、私、普通に自分ちあるし。
別に引っ越す予定とかもないし。
今の部屋の更新までまだ1年近くもあるし。
そもそも元カノ(?)ときっぱり切れてない男となんか一緒に暮らしてどうすんの?
つか別にこの人と付き合うとかそう言うんじゃないけど・・
・・付き合ってもない男と一緒に暮らすの?
それってどうなの?
私の経歴に傷がつかない?
・・てなんの経歴?
私がモンモンモンモン、モンモンモンモンしてるというのに、
男はどうやらあのまま眠ってしまったらしい。
小さなるんばも彼の胸にぺったりと張り付いて眠っていた。
ああ、そう。
あんたたち、私をほっぽらかしてそういう態度。
いいわ、住んでやろうじゃないの。
あたしだってここにるんばと住みたいんだから。
そんなこんなで、半ばヤケクソで私はこの部屋に住むことにしたのだった。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?