![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/88798582/rectangle_large_type_2_a41ce1dc352d06ba95aee06dd57055f5.png?width=800)
長編小説「きみがくれた」中‐③
「後悔」
亮介が久しぶりにマーヤの家を訪ねた時、出迎えたのは父親だった。
配達の帰り道、その日の朝に市場で見つけてきた“マーヤが好きそうな植物”を抱えた亮介に、父親はその事実を告げた。
マーヤはまだ帰っていないこと。
旅行に出掛けて今日で1週間になること。
3日前には捜索願を出したこと。
母親は心労で寝込んでいること。
そして昨日、警察から連絡があったこと――。
“バスの横転事故”
“身元不明の遺体”
“遺留品が見つかった”
“唯一の手掛かり”
父親の断片的な言葉をどうにか聞き取った亮介は、その後すぐにマスターの店に向かった。
警察から届いていたその封書は、両親は開封できずにいた。
代わりに亮介がそれを確認し、中に入っていたあの“写真”を預かった。
“俺にはできない――”
店に入って来た亮介の緊迫した様子にマスターは何事かと驚いていた。
持っていたその紙を受け取り、亮介をカウンター席へ促した。
話を聞かせて。
いつもならすぐにコーヒーを煎れるマスターも、あの夜は半ば急かすような口調でそう言った。
「これが息子さんの物かどうか確認して欲しい、写真を載せた資料を郵送するので確認次第連絡が欲しい、警察からは電話でそう言われたそうです」
父親は届いた封書を玄関先に置いたままで、中を見られる精神状態ではなかったという。
「それで、俺が代わりに――‥‥でも、俺も見たけど、よく分かんなくて、こんなん違うんじゃないかって思って、――けど、親父さんが――‥‥」
“バス横転火災事故現場 身元不明遺体付近より発掘(原寸大)ラジオ(仮)”
遺体はバスの残骸の下敷きになっていた。
損傷が激しく、性別、所持品、着衣、全て判別不可能。
見つかったのは遺体の下から掘り起こされた塊――のちにラジオらしきものと判別――それが唯一の手掛かりである。
マスターはその紙に印刷されていた文字と写真を確認してから、
“まだ夏目君の物と決まったわけじゃない”と言った。
“大丈夫、央人が帰ったら僕から話すよ”
あの夜、マスターは眠る霧島の傍らで、深く後悔していた。
「央人にどう話すか――ずっと考えていた――」
「―――考えていたんだ――‥‥なのに――‥‥――」
血の気が引いた白い顔を前に、マスターは後ろ頭を掻き交ぜた。
「もっと他に言い方が――こんな風に追い詰めるつもりはなかったのに――‥‥」
静かにそこに横たわる霧島を、マスターは成す術もなく見つめていた。
店から霧島の荷物を引き上げてきた亮介が納戸のドアを開けた。
肩にギターケースとナップザックを掛けたまま、そっとマスターの隣に立った。
「ごめん、マスター‥俺‥、こいつの顔見たらつい‥――こらえきれなくて――」
亮介は床にギターケースを降ろし、持ち手を掴んで部屋の隅に移動した。
と、その時
「マスター、これ!!」
亮介が握って見せたその手元に、二人は顔を見合わせた。
息を呑み、亮介は「マスター、あの紙」と静かに言った。
マスターはエプロンのポケットからさっき霧島に見せた紙を取り出し、急いで広げると、亮介の手元に付け合わせた。
「―――!!」
亮介の大きな手の上に、子供の小指の大きさ程の銀色のストラップ――
「マスター、これそうだよな」
二人はよく似た形を写真の中に見つけた。
「霧島―――」
マスターはその紙を強く握りしめ、大きく息を吐いた。
「央人は最初から気付いていたんだ―――」
なのに、僕たちは―――
わざわざ追い込むようなマネを―――
亮介はその場に両膝をつき、短い髪を掻きむしった。
「っ‥にやってんだ俺ぁっ‥!!」
悔しそうに顔を歪めた亮介の目から涙が溢れた。
「――夏目ならっ――‥‥あいつならこんなことしねぇ‥――!!絶対ぇしねぇ!!」
「こいつに―――こんなんなるようなマネっ‥‥あいつは絶対ぇしねぇよなぁ‥‥―――」
「あいつなら―――もっと別のやり方で―――‥‥あいつなら――――もっといい方法で―――っ」
青白い霧島の寝顔を見つめながら、涙はいくつも流れ落ちた。
「どうすりゃいいんだ――マスター、俺たちこれから‥‥―――この哀しみを―――俺たちは――どうやって―――」
亮介はその万華鏡のストラップを握りしめ、眠る霧島に顔を歪めた。
「霧島は―――こいつ――これからどうなっちまうんだ―――‥‥‥」
涙ながらに言葉を吐き出す亮介の傍らで、マスターはただ言葉もなくうなだれていた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?