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長編小説「きみがくれた」中‐③

「後悔」


 亮介が久しぶりにマーヤの家を訪ねた時、出迎えたのは父親だった。
 配達の帰り道、その日の朝に市場で見つけてきた“マーヤが好きそうな植物”を抱えた亮介に、父親はその事実を告げた。

 マーヤはまだ帰っていないこと。
 旅行に出掛けて今日で1週間になること。
 3日前には捜索願を出したこと。
 母親は心労で寝込んでいること。

 そして昨日、警察から連絡があったこと――。

“バスの横転事故”
“身元不明の遺体”
“遺留品が見つかった”
“唯一の手掛かり”

 父親の断片的な言葉をどうにか聞き取った亮介は、その後すぐにマスターの店に向かった。

 警察から届いていたその封書は、両親は開封できずにいた。
 代わりに亮介がそれを確認し、中に入っていたあの“写真”を預かった。

“俺にはできない――”


 店に入って来た亮介の緊迫した様子にマスターは何事かと驚いていた。
 持っていたその紙を受け取り、亮介をカウンター席へ促した。

 話を聞かせて。

 いつもならすぐにコーヒーを煎れるマスターも、あの夜は半ば急かすような口調でそう言った。

「これが息子さんの物かどうか確認して欲しい、写真を載せた資料を郵送するので確認次第連絡が欲しい、警察からは電話でそう言われたそうです」

 父親は届いた封書を玄関先に置いたままで、中を見られる精神状態ではなかったという。

「それで、俺が代わりに――‥‥でも、俺も見たけど、よく分かんなくて、こんなん違うんじゃないかって思って、――けど、親父さんが――‥‥」

“バス横転火災事故現場 身元不明遺体付近より発掘(原寸大)ラジオ(仮)”

 遺体はバスの残骸の下敷きになっていた。
 損傷が激しく、性別、所持品、着衣、全て判別不可能。
 見つかったのは遺体の下から掘り起こされた塊――のちにラジオらしきものと判別――それが唯一の手掛かりである。

 マスターはその紙に印刷されていた文字と写真を確認してから、
“まだ夏目君の物と決まったわけじゃない”と言った。

“大丈夫、央人が帰ったら僕から話すよ”

 

 あの夜、マスターは眠る霧島の傍らで、深く後悔していた。

「央人にどう話すか――ずっと考えていた――」
「―――考えていたんだ――‥‥なのに――‥‥――」

 血の気が引いた白い顔を前に、マスターは後ろ頭を掻き交ぜた。

「もっと他に言い方が――こんな風に追い詰めるつもりはなかったのに――‥‥」

 静かにそこに横たわる霧島を、マスターは成す術もなく見つめていた。

 
 店から霧島の荷物を引き上げてきた亮介が納戸のドアを開けた。
 肩にギターケースとナップザックを掛けたまま、そっとマスターの隣に立った。

「ごめん、マスター‥俺‥、こいつの顔見たらつい‥――こらえきれなくて――」

 亮介は床にギターケースを降ろし、持ち手を掴んで部屋の隅に移動した。


 と、その時

「マスター、これ!!」

 亮介が握って見せたその手元に、二人は顔を見合わせた。

 息を呑み、亮介は「マスター、あの紙」と静かに言った。

 マスターはエプロンのポケットからさっき霧島に見せた紙を取り出し、急いで広げると、亮介の手元に付け合わせた。

「―――!!」

 亮介の大きな手の上に、子供の小指の大きさ程の銀色のストラップ――

「マスター、これそうだよな」

 二人はよく似た形を写真の中に見つけた。


「霧島―――」


 マスターはその紙を強く握りしめ、大きく息を吐いた。
「央人は最初から気付いていたんだ―――」

 なのに、僕たちは―――

 わざわざ追い込むようなマネを―――


 亮介はその場に両膝をつき、短い髪を掻きむしった。

「っ‥にやってんだ俺ぁっ‥!!」

 悔しそうに顔を歪めた亮介の目から涙が溢れた。

「――夏目ならっ――‥‥あいつならこんなことしねぇ‥――!!絶対ぇしねぇ!!」

「こいつに―――こんなんなるようなマネっ‥‥あいつは絶対ぇしねぇよなぁ‥‥―――」

「あいつなら―――もっと別のやり方で―――‥‥あいつなら――――もっといい方法で―――っ」

 青白い霧島の寝顔を見つめながら、涙はいくつも流れ落ちた。


「どうすりゃいいんだ――マスター、俺たちこれから‥‥―――この哀しみを―――俺たちは――どうやって―――」


 亮介はその万華鏡のストラップを握りしめ、眠る霧島に顔を歪めた。

「霧島は―――こいつ――これからどうなっちまうんだ―――‥‥‥」


 涙ながらに言葉を吐き出す亮介の傍らで、マスターはただ言葉もなくうなだれていた。

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