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長編小説「きみがくれた」下ー⑥

「託された思い」


 玄関で靴を履き、ナップザックを肩に掛けた霧島を、マリコはふと何か決意したように呼び掛けた。
 霧島はギターケースを担いだままマリコを待った。

 しばらくして2階から降りて来たマリコの手に、僅かに見覚えのある色が見えた。

 それは透明な袋に丁寧に納められ、けれど昔見たそれとはだいぶ様子が変わっていた。

 その瞬間、霧島の指先がびくりと動いた。

「これを、あなたに。」

 マリコの両手の中に納まる赤茶色の塊。

“君に見てもらいたいものがあるんだ”


 あの日、目の前に差し出された写真のそれは

“これが唯一の手掛かりなんだ”

「―――――‥‥」

 
 霧島は表情を失くしていた。

 指先から、手のひらから、振動が伝わってくる。

“央人”
“息をしろ央人”

 袋の中には銀色だったストラップが見える。

「あなたに、持っていて欲しいの。」

 マリコはそう霧島を見つめた。

 あの子も、きっと。


 霧島にゆっくり下ろされ、見上げるとマリコは固まったまま動かない霧島の手を取った。
 そしてその“遺留品”をそっとその手に納めた。
 霧島は自分の手に乗せられたそれを見つめたまま、けれど瞳の意識はどこか別の場所へ向けられていた。


「これは、あの子が最後まで――‥守りたかったものだから―――」

 こらえきれない涙が溢れ、マリコの頬を濡らしていく。


“ご遺体がこれを土に埋めようとしていたからでしょう”

“最後の力を振り絞って、迫りくる炎から守りたかったのだと―――”


「―――――‥‥‥―――」

“よほど大切なものだったと思われます”

「だからどうか‥―――あなたが持っていてあげて―――」


“これはね、僕の宝物”

“土の中が一番安全だからね”


「‥‥どうか――――‥‥」

 マリコに両手を強く握られ、霧島は我に返った。
 その時霧島の頬に涙が伝い、袋の上にぱたりと落ちた。

「―――――――‥‥」


“これはね、僕の宝物”

“霧島にはナイショなんだけど”

 あの日のマーヤのいたずらな笑顔が浮かんだ。


 霧島はその“宝物”を握りしめ、マリコに頭を下げた。

「ありがとう」

「‥‥‥‥――――」

 
 涙目のマリコの微笑みの中に、マーヤのうれしそうな笑顔があった。

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