長編小説「きみがくれた」中‐⑤
「選択」
そして、冴子の不安は的中した。
亮介はすっかり気を落としていた。
ベッドに横たわる霧島の白い顔はまるで造り物のように見える。
亮介には大声で泣きわめきながら自分を責め立てる冴子の姿が容易に想像できた。
“ダメよ!!”
“絶対にダメ!!”
“あの子が耐えられるはずないでしょ?!”
「――……こんなこと――冴子が知ったら――‥‥」
“それをあの子に――央人に証明させるの?!”
“そんな酷いことをあの子にさせるの?”
「冴子ちゃんにはこれ以上心配かけたくないね‥美空ちゃんもいることだし――」
マスターはこの状況を冴子には“伏せておく”ことを提案した。
あの朝、奥の部屋で寝ていた美空は、両親の泣き声につられて泣き出した。
冴子はそれをあやす余裕もなく、美空を抱きしめて泣いた。
「これ以上の心労は育児にも仕事にも支障が出てしまうんじゃないかな‥両親の不安は美空ちゃんにとってもよくないと思う」
けれど亮介は、“現状はもっと複雑だ”と言った。
こんな時なのに、霧島がまた行き先も言わすにどこかへ行ったまま帰って来ない。
そのことに冴子は“異常に腹を立てている”。
そして、いつも以上に心配している。
「マジであいつ体壊すんじゃないかって‥それでなくても夏目のことですっかり落ち込んでるってのに、霧島の行方まで分からなくて‥どうかしちまうんじゃないかってくらい精神的に不安定なんだ」
亮介は痩せた顎を擦りながらそう嘆いていた。
「霧島のこの状況を、話した方がいいのか、話さない方がいいのか――どっちにしても冴子のメンタルはヤバいままっていうか――」
亮介はそう言って頭を抱えた。
「黙ってても、それはそれで結局は大惨事になると思うんだ」
そして二人はしばらく沈黙した。
“これまでにない難関”を“最小限の規模で打破”するために、“でき得る限りの対策”を考え続けた。
そして、二人が出した結論はこうだった。
「冴子にはちゃんと話す。ただし――。」
もう少しだけ時間を置いてからにしよう。
せめてあともう2、3日。
そして伝え方にも細心の注意が必要だ。
重要なのはその“タイミング”と“言葉選び”。
それに“ぬかりない下準備”と“入念な計画”、“完璧な段取り”。
「1対1より僕がいた方がいいんじゃないかな。こういう場合、第3者の存在は大事だからね。」
「――うん、そうかもしれない‥ありがとうマスター」
亮介は台本を書いてセリフを丸暗記すると言い、マスターにも協力して欲しいと頼んだ。
「分かってる」
霧島が帰って来ていることを、冴子に伝える。
けれど今はまだ、黙っておく。
この夜二人はそう決めた。
それが”今の段階”では”最善の選択だった。”
霧島の閉じた瞳は、あれから少しも動かない。
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