長編小説「きみがくれた」下ー④

「記念日」


「さぁ、どうぞ、上がって」

 マリコに促され、霧島は玄関先にギターケースとナップザックを降ろした。

「さぁ、どうぞ」

 霧島に抱かれたまま招き入れられ、リビングへ通された。
 正面の窓辺にはテーブルの上いっぱいに白い花が飾られている。
 陽だまりを受ける山盛りの白いふわふわの大輪の花―――その手前には見覚えのある写真がいくつも立て掛けてある。

 マリコは水色の布袋からソーダ水のペットボトルを出すと、写真の脇にそっと置いた。

「どうぞ、こちらに座って」

 マリコはソファに霧島を促し、けれど霧島はその場から動こうとはしなかった。

 リビングは整然と片付いていて、それが尚更窓際の白い花を浮き立たせていた。

「すごい量でしょう‥ラナンキュラス――最近はこんなに大きいのがあるのよね――」
 マリコは花が盛られたテーブルに寄り添うように腰を下ろした。
「でもね‥残念ながらあの白いバラは、もう手に入らないんですって‥」

 霧島は黙ってそこに立ったまま、その視線の先にはマーヤと二人で写った高校生の霧島がいた。

「あ‥、ごめんなさいね、あなたに断りもなく――」

 マリコは申し訳なさそうな笑みを浮かべ、その写真を手を手に取った。

「どうしても‥遺影を作ることができなくて―――‥‥」

 それは霧島のアパートでマーヤがコルクボードに貼っていたスナップ写真と似ていた。

“その時の写真がこれ”

“僕のお気に入りなんだ”

“秋桜祭”で“偶然”色違いのお揃いのパーカーを着た二人

“この霧島のカオ”

“ぷぷぷ”


 マリコは指先で写真をそっと撫でながら、薄く笑った。

「この子はいつでも笑顔を絶やさない子だったけれど――‥こんな笑顔は私たちも見たことがなかった――‥」

 あなたと写っている写真はどれも、まるで今にもこの子の笑い声が聴こえてきそうなくらいで―――

 昔は張りのあったその声も、今では呟くように細い。
 丸めた背中と、痩せた肩が小柄な体をいっそう小さく見せる。
 無造作におろした真っ白な髪が陽の光に透けている。

「ごめんなさいね‥お仏壇もなく‥きちんとしていなくて‥」
 マリコはそう言って淋しそうに笑った。

 お線香も、何もないのよ

 マリコは写真に目を落としたまま、独り言のようにそう言った。

 霧島はその場で片足ずつゆっくりと膝をつき、正座をした。
 そして俯いたままのマリコに向き合い、背筋を伸ばした。

 マリコはひっそりとした笑みを浮かべたまま無言で写真を見つめている。

 光に溶けて消えてしまいそうなほど弱々しいその横顔に、霧島は意を決したように切り出した。

「ずっと、来れなくて‥すみませんでした‥」

 その声にマリコは気が付いたように顔を上げ、目を見開いた。

「――――‥っあ‥、あぁ、いいの‥いいのよ、‥そんな―――」

 頭を下げる霧島に、真理子は両手の平を振った。

「―――だって――‥‥‥」

 霧島を真っ直ぐに見つめる瞳に、涙がたまっていく。

「‥ね、――頭を上げて―――‥」

 震える声でそう言うと、マリコは写真をテーブルに戻した。
 それから体制を整え、背筋を伸ばして霧島と正面から向き合った。

「こちらこそ、今までずっと、‥あなたにお礼の一言も言えずに――‥」

 本当にごめんなさい。

 マリコはそう頭を下げた。

「あなたのお陰で、光樹はここへ帰って来れた‥本当にありがとう――」

「―――――‥‥」

“夏目君が帰らないんだ”

「そう思えるようになったの―――‥やっと――――」

 マリコの言葉に、霧島の表情が硬くなった。

「私たちはあの時、どうしても確かめることができなかった‥あの写真を見ることさえ‥手を付けることさえ、どうしても―――」

“君に見てもらいたいものがあるんだ”

“これが唯一の手掛かりなんだ”

「私はどうしても認めたくなくて―――あれがこの子のものだと分かった後も、迎えに行く勇気もなくて――」

 ”全ては君にかかっているんだ”

 ”このままじゃあいつはここへ帰って来れない”

「母親なのに――‥‥どうしても事実を受け入れることができなかった―――‥‥」
「恐ろしくて‥、怖くて怖くて‥―――怖くて――――どうしても――――――」

 信じたくなくて――――――。

 目元の皺が目立つ、以前よりもずっと小さくなった瞳から、涙の筋がいくつも頬を伝っていく。

「あなたが―――そうだと言うのなら‥もう受け入れるしかないのに―――」

 口元を覆う手指に涙がいくつも零れ落ちる。

「―――ごめんなさい‥‥――――‥」

「私―――あなたを恨んでいた――――‥違うと言ってくれたら―――あなたが一言、違うと言ってくれていたら――――」

「この子が帰って来る気がして――――‥‥違うと言ってくれたら―――この子は―――――」


“やめろ”

“こんなもんなんの証拠にもならねぇよ”


「あなただって―――辛かったのに――――‥‥‥」

“だからなんだよ”

“あいつは絶対に帰って来る”

“約束したんだ”
“誕生日会をやるって

“それがなんだよ”

“明日帰って来るかもしれねぇだろ”
“もしかしたらもうすぐ帰って来るかもしれねぇ”

“なんでもかんでもこじつけて勝手に決めつけんじゃねぇ”


「改めて―――‥‥どうもありがとう―――‥‥」

「そして‥‥本当に――、ごめんなさい―――」

 こんな母親で―――

「あなた一人に―――辛い役目を―――背負わせてしまって―――‥‥」


“央人”

“息をしろ央人”


“あいつは帰って来る”


“あいつは絶対帰って来る”


「いえ―――‥僕は、なにも―――」

 霧島はあれから何日も眠り続けていた。

「あなたが勇気をもって証明してくれたから、この子は戻ってこれたの」

 マリコはそう言ってもう一度「ありがとう」と言った。

「‥勇気だなんて‥俺は――」
 霧島は、涙を流して謝るマリコに何も言えなかった。



「―――まぁ‥」

 濡れた目元の端でマリコが小さく声を漏らした。

「その子、もしかして――」

 近くで見るマリコの痩せた頬に、落ちくぼんだ瞼に、白い髪に、以前とはまるで印象が変わったその表情に、けれどこちらを覗き込むその瞳には、どこかマーヤの面影があった。

「あなた、あの時の、オチビちゃん‥?」

 差し出された両手にはやはりいつかの記憶が残っていた。

“―――まぁっ‥!”

 甲高い張りのある声も、そっと抱き上げらえた感触も、膝の上の温もりも、そして

“なんて美しい瞳なの――‥!”

「‥本当に―――美しい瞳―――」

 陽だまりの中でこちらを見つめるマリコの瞳は、あの日と同じ薄茶色に澄んでいる。

「この色――‥‥何色って言うのかしらね―――言葉にするには美し過ぎて―――」

 その表情はようやくささやかな笑みを取り戻した。

「きっと‥深い深い海の底に、太陽の光が届いたら―――こんな美しいブルーグリーンに変わるのかもしれない‥‥」

 本当にキレイ――――。

 マリコの膝の上は暖かく、窓から射す日は眩しかった。

“宇宙みたいだ”

「――あぁ、そうね‥太陽の光に透かすと、金色に変わるんだったわ‥」

 あの日もマリコは“まぁ、まぁ・・!”と繰り返し、何度も“本当にキレイ”と言っていた。

「完璧な黒――光樹がね‥そう言っていたわ‥艶々の完璧な黒毛に、惑星のような美しい瞳―――あなたが、まるで宇宙みたいだって言ったんだって、この子、とても興奮して話してくれた‥」

 マリコはこちらを覗いたまま霧島にそう言った。

「光樹は小さい頃からよく体を壊していたから‥あなたのことを自分のことのように心配していたのよ」

 マリコの冷たい指が耳の後ろをそっとなぞる。

「小学5年生の両手に納まるくらい小さかったのに、立派になって‥」
 マリコはそう言いながらこちらを覗き込む。

「あなた方がこの子を見つけた時、お母さんの方は残念だったけれど、この子は絶対に助けるんだって―――光樹は強く強く思っていたの‥」

“雪のように美しい、真っ白な――”

「あなたのお母さんはね、とても美しい真っ白な毛並みだったそうよ‥雪の中で、その白さで姿が見えなくなるくらいに―――」

“マーヤ”

“こっちにちっこいのがいる”

“小さい”

“温めてあげよう”

“すごく震えてる”

“大丈夫”
“寒いだけだよ”


きっと助かるよ

大丈夫だよ


「そういえば―――光樹がインフルエンザで学校を休んだ日も、二人でここへ来てくれたわね」

 冷たい指が耳の後ろから首筋へ滑る。
 顔を優しく撫でられながら、お返しに鼻先を摺り寄せる。

“‥霧島君?”

 あの時の驚いたようなマリコの顔。

“ごめんなさいね、光樹、まだしばらくは学校へ行けそうにないの”

 落ちくぼんだ小さな瞳を細め、マリコは溜息混じりに微笑んだ。

「あなたがお見舞いに来てくれたことを、私は光樹に言えなかった」

「――――‥」

 霧島はマーヤが休んでいる間、毎日マーヤの家へ行っていた。

“霧島君?”

“学校は?”

「毎日お見舞いに来てくれていたのに、私は――」

 額を撫で上げる指先が顎へと滑り、首元を軽くかき上げる。

“うつるといけないから”

「それでもあなたは来てくれていた。私‥知っていたの―――あなたが私に追い返されても、学校へは行かず、家にも帰らず、そこのひよこ公園の‥ケヤキの下に、一日中いたことを――」

 独り言のようにそう言うマリコの俯いた頬に涙の筋がするりとこぼれた。


「この子は本当にあなたのことが大好きで―――」

 マリコはそうふわりと微笑んだ。

「なにがあってもあなたのことが大好きで―――‥‥‥」

 耳の先に、涙の滴が一粒落ちた。

「光樹はね、きっとあなたが来てくれるのを待っていたと思うわ―――でもこの子はきっと、あなたが来たことを伝えたら外へ行くと言ってきかないだろうと思って―――」

 マリコの震える指先に鼻を寄せ、額を擦る。

「ごめんなさいね―――‥」

 両手で顔を覆うマリコに、霧島は戸惑っているようだった。

 霧島はしばらくマーヤには会えないことが分かると、家まで行くことはやめた。
 その代わり、朝からずっとあの大きなケヤキの幹の中で一日を過ごした。

 

 あなたはきっと知らないかもしれないけれど‥

 マリコはそう前置きをして、こんな話を始めた。

「この子には、あなたとの記念日が3つあるの」
 白い花に囲まれた写真に目を移し、マリコは薄い笑みを浮かべた。

「記念日‥」

 きっとこの話を初めて聞く霧島は、静かにマリコの言葉を待った。

「この子は生まれつき体が弱くてね‥髪や肌の色素も薄いでしょう。お産の時は肌の白さに病院の先生も看護婦さんたちもびっくりするくらいでね――」

 やっと生え始めた髪の色も、今よりもっと金色に近い茶色だったの。小さく生まれたこともあって、毎日毎日心配で、私は神経を尖らせていた。
 
 痩せていて、背も小さいし、病弱でしょう。髪の色も瞳の色もみんなとは違うから、幼稚園の頃は周りの子たちにいつもからかわれていてね。

 普通のこと同じように食べていてもなかなか大きくならなくて、手足も細くて、そんな見た目のこともあって、そのせいで‥この子はいつも仲間外れにされていた。

 光樹はいつもひとりぼっちだったの。お外でお友達と遊ぶこともほとんどなかったし、この子にとって周りの子どもたちは自分を傷つけるだけの存在だった――。

 マリコは写真のマーヤを指先で撫でながら、穏やかな表情でこう続けた。

 光樹はほとんどどこへも行かず、自分の部屋にこもっていた。
 一人で絵を描いたり、本を読んだり、折り紙を折ったり‥そうそう、折り紙は本を見なくてもなんでも折れるようになってね。
 お花や虫や動物たち――自分で折り方を考えたりして、うれしそうに見せてくれるの。
 だけど、この子が折り紙を上手に折るたび、それが上手であればあるほど、私はこの子が一人ぼっちだということを思い知らされて―――。
 そうして自分の世界をもつことは決して悪いことではないけれど、この子が楽しんでやっていることならそれでいいと思っていたけれど―――。

 ‥でもね、この子はいつもどこか寂しそうだった。
 笑っていても、その笑顔は本物ではない気がしていたの。
 やっぱり同い年くらいのお友達とお外で遊びたいんじゃないかって、私も主人もいつも気にしていて‥。

 マリコはもう一つの写真を手に取り、細く息をついた。

 少しでもこの子が太陽の下に出るきっかけになればと思って、ある時私の趣味に誘ってみたの。その頃は私もガーデニングが大好きで、お庭中をお花だらけにすることに夢中だったから‥そうしたらこの子もとても興味をもってくれてね。
 あっという間に私よりもずっと植物に詳しくなっていった。お花の名前や育て方だけでなく、その仕組みや土や水、肥料のことなんかも…殖やし方のいろんな方法も自分で調べて、試して、お部屋をまるで実験室のようにしてね。
 そのうちに空の天気や気温のことまで知りたくなって‥だからこの子の部屋には本や図鑑がどんどん増えていったわ。大きくなったら自然博物学者になるんだって、夢までできて‥。

 満面の笑顔のマーヤを撫でるように写真に触れ、マリコの頬に涙の筋が流れていく。

「一緒に種を蒔いて育てたり、花壇の土を一から作ってみたり、鉢植えの花の植え替えやお庭の木を挿し木で殖やしたり――小学校の時はお庭で育てたお花を摘んで学校へ持って行くようになってね。先生がこの子をクラスのお花係にしてくれて‥本当はそんな係なかったのにね‥」

 マリコはそうくすりと笑い、けれどその表情は涙に濡れている。

「でもね、男の子がお花が好きだなんて珍しいでしょう。だから小学校でもこの子がクラスの子と馴染めない状況は変わらなくてね‥むしろ尚更浮いてしまったみたいで――私がお花の趣味に誘ってしまったばっかりに――‥申し訳ないことをしたと、深く反省したわ‥もっと男の子らしい遊びを覚えさせてあげていたらよかったのにって‥」

 そう溜息をつくマリコの涙は、いつかの霧島を思い出させた。

 止め処なく、ただ流れ出るだけの涙。

 担任の先生にも言われたの。光樹が植物に優しいことはとても良いことだけれど、クラスの子とも仲良くなれたらいいですね、って。夏目君は休み時間もいつも一人で、校庭の隅にある花壇にいるんです、って‥クラスの子と遊んでいるところを一度も見たことがありませんって。
 校庭にある大きな木がお友達だと言っているんですが、大丈夫ですか、なんて聞かれたこともあるのよ。
 
 ――ふふふ‥でもね、私その時笑ってしまったの。だってとても光樹らしかったから。この子、うちのお庭にあったトネリコにも話し掛けていたのよ。
 私ね、この子がその大きな楠の木に話し掛けている姿を想像したら、なんだかうれしくなってしまって――。

“先生、そういう子なんです”

“光樹は、植物とお友達になれるんです”

「お友達が植物だなんて、とても素敵なことだと思ったの――ただ‥そんな光樹にも、いつか‥他の子と同じように、一緒に遊べるお友達ができたらって、その想いもいつもどこかにあったわ‥」

 マリコはそう言うと、ゆっくり顔を上げた。

「でも実はね、小学校に入学してしばらく経った頃、光樹は私に、お友達になりたい子がいるんだって教えてくれていたの。その時は私‥驚いてね――小さい頃から引っ込み思案で、自分からクラスの子の輪に入って行くような子ではなかったから、‥ずっと一人でいたこの子が、初めて自分からお友達になりたいって思える子がいる―――そのことに私は私にとって、とても意外で、そしてそれ以上にうれしかった。」

「―――とても、とても――うれしかったわ―――」

 陽の光の中で、マリコは泣きそうな笑みを浮かべた。

「だからあの時、先生が“校庭にある大きな木がお友達だと言っているんですが、大丈夫ですか”とおっしゃったとき、私そのことは内緒にしていたの。光樹が初めて自分からお友達になりたいって言った‥それを先生に話してしまったら、なんだかあの子の気持ちが台無しになってしまう気がしてね‥」

「でも――」

 それから1年経って、2年経っても、この子のお友達はうちのお庭の木や草花、そして学校の楠の木や花壇のお花たちだった。
 お外に出るようにはなったものの、お友達と呼べる子はひとりもいなかった――。

 マリコはけれど穏やかな笑みを浮かべこう言った。

「でもね、光樹の夢はようやく叶ったの」

 マリコの頬を涙が伝った。

「3年生になってようやく―――」

“お母さん”

「やっと―――‥やっと、あなたと同じクラスになれた――」

 マリコはそう言ってふわりと笑った。
 その笑顔はマーヤを思い出させる。

“今日はお祝いだよ”

「ついにこの子に、チャンスがめぐってきたの――」

“これでやっと話ができる”
“やっとお友達になれる”
 
 
「――――――‥‥‥―――」
 
 
 陽の光に包まれて、優しい眼差しが霧島を見つめている。

「あの日の光樹は大はしゃぎだった‥それはもう大喜びでね―――」

“どうしよう”
“ぼくすごくうれしい”

“お母さん、今日はお祝いだよ”

 マリコは目元を指で拭った。

「その日が、この子にとって1つ目の記念日になった」


“僕、本当に、本当にうれしかったんだ”

“夢が叶ったって”


「―――でもね‥この子は一人でいることに慣れてしまっていたから‥自分から話しかけたり、そのきっかけをつかむことも苦手でね‥」

 新学期が始まってだいぶ経っても、あなたとお話しすることさえできなくて‥。
 それでもあの子なりにいろいろと考えていたようなの‥けれどあなたはクラスの人気者だから、いつもたくさんのお友達に囲まれていて、近くに行くこともできないって――。

 その言葉に霧島は思わず首を振った。
「そんな、俺、全然違います―――人気者‥?」

「ふふふ。そうね、あなた自身はきっとそんな風には感じていなかったのかもしれないわね‥ただ、光樹は遠巻きに見ていて、そう思ったのね。」
 マリコは戸惑う霧島に微笑んだ。

「そして、ついにあの子が待ち望んでいたことが起きた。お母さん、お母さん、って、すごく興奮して帰って来てね‥廊下をバタバタ走ってこの子がキッチンへ飛び込んできたの。普段はそんなにドタバタ騒ぐ子ではないから、私は何事かと驚いてしまって‥慌ててどうしたの、って聞いたら――」

“話せた!!”
“霧島と話せた!!”

“今日一緒に帰って来た!!”

「それはもう大きな目をキラキラ輝かせて―――」

「光樹は本当にうれしそうだった―――」

“‘椴の森’に住んでるんだ”

“なんもないとこなんだって”

“今度うちに呼んでもいいでしょ”

“ぼくも霧島の家に遊びに行きたい”

“いいでしょお母さん”


「――――――‥‥‥」

「あの日、あなたと初めて一緒に帰った日が、この子にとって2つ目の記念日になったのよ」

「―――‥‥‥―――」


“霧島!”

“一緒に帰ろう”

 マリコの笑顔のその目元に、口元に、微かな面影が零れていた。

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