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#エッセイ 途端にトタンと雨が打つ

1 途端にトタンと雨が打つ (約1800文字)

僕の住む町にも商店街がある。

僕は仕事場に自転車で通勤しているのだけど、いつも通る道は、実を言うと決まっていない。
時短だの、効率化だの、リモートワークだのが賛称される令和だ。
通勤ルートは、距離、時間、交通量を勘案して決めるのがデキるビジネスパーソンなのだろう。彼らは、たぶん通勤路が決まっているのだと思う。

僕だって昔はそうだった。
小学生のころは、グーグルマップなんてなかったけれど、目に見えない導線が教員によって敷かれていて、それに引かれて行った。やがて僕も中学生になり自転車通学になってからは、誰かに敷かれたレールではなくて、自分で決めたルートを通るようになった。午前8時25分に校門が閉められたら厄介なことがおこる。遅刻してはいけない。だからルートは決まっていた。もちろん最短ルートだ。

でも、今は違う。
一応社会人になって、自由になって(あるいは不自由なのかもしれないけれど)、重荷を背負ったのだけれど、その代償として通勤路は自由になった。
今の僕はというと、その時々の人通り、信号の具合をどうやら本能で見極めているらしく、まるで小学生のころによくやった阿弥陀くじのように、いたずらにルートを変えている。まあ、そんなに多くのパターンがあるわけではないので、たしか中学校の数学の授業でならった数式を使わずとも、数パターンぐらいなのだと分かる。その数パターンの選択肢の一つに商店街がある。理由は簡単で、アーケードがあるからだ。この商店街は、例に漏れずシャッター通りになっていて、夜ともなると人は避けて代わりに猫が寄り付く風景だ。それでも、雨をしのげるので、僕は雨の日の行き帰りはこの商店街を通ることが多い。これも本能なのだと思う。

商店街の入り口には「公認」との文字がある。
昭和のチラシでよくみるフォントで書かれている。
いったい何が「公認」なのか通勤時にはたまに気にはなるのだけれど、通勤時は調べる余裕などなくて、職場についたら忘れていて、つまりだ、僕は「公認」の意味に興味など持っていない。商店街の入り口には、「公認」のほかにもう一つ「安心・安全・安価。皆様の台所」とのキャッチフレーズが添えられている。たしかに「公認●●商店街」の文字だけでは、やっぱり寂しい。刺し身の"つま"のように添えられているこの文句が必要だし、いい薬味だ。

仕事を終えた午後10時ころ、ちょうど、塩をひとかけするくらいの雨が降り出した。
このくらいだったら傘もいらない、自転車で早く帰ろう。
自転車置場に行くと雪が交じるかもしれないほどに寒かった。
雪に変わればいいとさえ期待した。
念のために補足しておくと、この期待は、子どものころのそれとは違う。雪は溶けにくいので、自転車をとばせばほとんど濡れずに帰宅できるからだ。

雨だから、僕はあのシャッター通りの商店街に向かった。
辛うじて営業しているわずかなお店も、午後10時を過ぎていたのでさすがにシャッターを閉めていた。この瞬間だけは、この商店街が最も賑わっていただろう40年前と変わらないのかもしれない。
唯一開いているコンビニで、僕は、缶酎ハイと1リットルのパックの緑茶を買った。
このコンビニは、やけに酒の種類が多い。
コンビニの窓には商店街のチラシが貼ってあった。いまも商店街に残っている、このコンビニ、鮮魚屋、昆布屋、日本茶屋、豆腐屋、コピーショップが連名になって、新春の挨拶とキャンペーンの告知文書が掲示されていた。

僕は、馴染みの店員さんに「なにかキャンペーンするんですかね」と無造作に尋ねてみた。タバコの棚を背にして店員のじいさんは、
「うちは元々酒屋やからね、みんな合同でするんですわ。角のコピー屋も元は印刷屋やで。なんか企画を考えんとね」
親切にも聞いていないことまで教えてくれた。そして、タバコの息を吐き出すかのように「まさに塗炭の苦しみですわ」と、難しい冗談を笑顔で言ってのけたのだった。

店をでるとトタンのアーケードがある。
雨から僕を守る。
店も守る。
僕は偉そうにも「この商店街はまだ何とかなりそうだなぁ」なんて、予告なく降り出した雨のように、突然に、なんの根拠もないことを思ったりした。そして、雨に濡れずに早く家に帰りたい一心で、僕は、自転車のペダルを強く踏み込んだ。

明日は晴れの予報だ。
商店街は通らない予定だ。
(了)

2 その他

著作:ハヒフ。
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