5:秘密の場所で……
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バタン!
少女が家の扉をしめる音が響く。
背中にはリュックを背負っている。大きく膨らんでいて何やら色々と詰め込んでいるようだ。そして手には母が買ってくれた画材が入った箱を持っている。
「よし!行こう‼」
少女を体を反転させて歩き出す。足を進める方向は昨日向かった村と逆方向の山だ。
今日少女は山にある彼女だけが知る秘密の場所にピクニックに行くのだ。
足取りはすこぶる軽い!村に向かっていた昨日の足が亀だとしたら、今日はウサギの様な軽さで、気を抜くと今にも飛び跳ねてしまいそうなほど少女の気分は高かった。ピクニックが楽しみだからということは言うまでもないが、昨日のお店でのうれしい出来事が、久しぶりに感じた他人からの優しさが、まだ少女の心の中に残っていたことも関係していたのだろう。
山に向かっている途中、通り道である畑で軽く水やりだけ済ませておく。
少女は「次の野菜も上手く育つといいな……」と祈りながらいつもより少しだけ多く野菜たちに水をやった。
畑での水やりを早々と済ませて、秘密の場所へ向けて山道を進んでいく。
少女が進む道は少女以外は誰も使うことがない道だ!つまり、秘密の場所に繋がる秘密の道だ!獣道というほど険しい道ではないが山道にやれていない人が通るには険しい道であることは確かだった。
しかし、少女はぴょん!ぴょん‼と効果音が聞こえてきそうな軽やかな足取りでその道を突き進んでいった。傍から見ると気軽に登っているように見えるが少女は決して注意を怠って登ってはいない。何十回とこの道を通った経験などから今は簡単に登れるが、未だにしっかりと注意を払いながら足を進めている。
その時、近くの急な坂をシカが猛スピードで駆け上がっていった。
そのあまりの速度に驚きながら少女は「シカさんが乗せてくれれば楽なのにな~!」と考えていた。いくらこの道になれているからといっても、やはり疲れるものは疲れるのだ。
しばらくの間、少女はもくもくと山道を歩き続けた。秘密の場所が近づくにつれて気持ちが逸る。しかし、コマめに水分などの補給は欠かさなかった。そうこうしていると秘密の道が終わり、目的地である少女だけが知る秘密の場所が見えてきた。
そこに広がっていたのは美しい草原だった。
人の手がまったく及んでいない自然の美。また、開けているので景色がとてもよく。遠い遠い空の向こうまで見渡すことが出来た。春が近づき暖かくなってきているためにいたるところに花も咲いていた。
「これを独り占めできるなんてなんて贅沢なのかしら……」
あまりに綺麗なその場所を1人で楽しめることに対してついつい言葉が漏れてしまう。少女はしばしの間、その場所の空気にのまれてただただ棒立ちしていた。
「とりあえず、お昼を食べよう!」固まってしまった体を動かすために声に出して次の行動に移った。景色が最もきれいな場所を選んでそこに陣取り、背中に背負ったリュックからパンなどの昼食を取り出し景色を楽しみながら食べ進める。
「おいし~」
美しい景色も合わさりただのパンなのにとてもおいしく感じられた。昼食が終わると少女は手に持っていた箱を開きさっそく絵を描き始めた。はじめは目に入った身近な花や草、変な石などの身近のものをどんどん描いていく。下書きがうまくいったモノは着色までして絵を仕上げていった。そうして少女はどんどん絵を仕上げていく。
何枚か描き終わった少女は大きな深呼吸を一度行った。
「は~~~ふ~~~!」
白紙の紙を一枚準備して次の絵を描き始めようとしていた。少女は次に風景画を描こうとしていた。先ほどまでとは比べ物にならない集中力で目の前に広がる風景を描いていく。木、木の奥の木、そして山、その裏の山、そして流れる雲……雲……。
白紙という名の真っ白な舞台で踊る様に動き回っていた筆がリズムを崩す。
筆が止まり、また動き出す、止まって、動く、そして最後には動かなくなってしまった。
「ダメだ!」
少女はそういいながら手にしていた紙や筆を地面に落とし、自分の体も草原の上に仰向けに放り投げる。
目の前には青空が広がっていていくつかの雲がゆっくりと流れていた。
少女は今スランプに陥っていたのだ。
動くものが描けなくなっていた。
花や草、木や山など動かないものは描くことが出来るのだが動くものがどうしても描けなかった。それがゆっくり動く雲だとしても動きのあるものがどうしても捉えることが出来なかった。そして、生き物も描くことが出来ない状態だった。
「なんでなんだろう?」と言葉に出しながら脳裏ではある人物の顔が思い浮かんでいた……母の顔が……。
少女は少しの間、考えることを止めてただただ空を眺めていた。
「………………………………………………………………………………………!」
空を眺めていた少女があるものに気が付く。そして声に出す。
「星だ!」
空の遠い遠い場所に小さな星を見つけたのだ。こんな時間に見れるなんて珍しいと思いながらぼんやりとそのままその星を眺めていた。
「………………………………………………………………………………………?」
はじめは目の錯覚かなと少女は勘違いをしていた。「星が小刻みに揺れている、少しずつ大きくなっている?」と‼
しかし、ものの数秒も立たないうちにそれが勘違いではないことに気が付いた‼そして慌てて体を起こして画材が入った箱を手に取りその場から走り出す‼
走り出す直前に少女は星の正体をしっかりと目にしていた。
少女はその生き物を見たことがなかったがその生き物がそれであることはすぐに分かった。
他にそんな生物は存在しないからだ……。
それは星ではなかった。
それは……ドラゴン。
慌ててその場から逃げ出す少女。首だけ回して空から落ちてくるドラゴンを確認しようとしたその瞬間‼
まさに、空から落ちてきたドラゴンが地面にぶつかる瞬間だった。
ドゴーン‼‼‼
爆音とともに少女の視界は黒一色に染められた!
読んでいただいてありがとうございます。面白い作品を作ってお返ししていきたいと考えています。それまで応援していただけると嬉しいです。