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延世大の野外劇場を吹き抜けるJeJuの風

東アジア諸国の映像コンテンツを視聴していると小さな発見がある。ふと見かけた短い映像には、学園祭のステージでアーティストと観客が一つになる光景が映し出されていた。この一体感はどこからやってきたのかと興味が湧いて、映像の背景を探ってみることにした。

AKARAKA(アカラカ)

その映像は、延世大学校の公式チャンネルにあった。

ヨンセイの5月の学園祭はAKARAKAという愛称で呼ばれ、野外劇場ではアーティストがコンサートを開く。

2017年のAKARAKAのゲストは、歌手のIU(アイユー)だった。


一陣の風

アンコールに応えて歌われたのは、次の曲であった。

Artist: IU
Song: Through the night
今宵、我が想いを蛍の灯に載せて、彼の人の窓の傍へ飛ばそう。
(3:52 風が吹き抜ける)

野外劇場に心地良い風がそよそよと吹きわたる。

「なんて心地良い時間、、、」と、アーティストが呟く。

一陣の風が吹き、土煙が舞いあがる。

ハンドフォン(スマホ)をペンライトにして手を振るオーディエンス。

同じ風に吹かれながら、ステージと観客が一体化した瞬間であった。


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島へ飛ぶ

アンコールの1曲を歌い終えた歌手は、これから済州島へ急いで戻らなくちゃと言い残して、足早にステージを去る。

このアーティストがいつも済州島からソウルへ通って歌手生活を送っているのではない。だが、この日は本当に済州島から日帰りでやってきた。

このとき、IUはある番組の企画で、済州島の民宿で従業員として働くという2週間の体験型番組を収録中であった。


民泊番組

それは、ケーブルテレビおよび衛星放送向けに番組を供給するJTBC(中央東洋放送)が制作した「ヒョリの民泊」という番組であった。

いわゆるK-Popと呼ばれる時代が到来する以前、2000年代初頭に活躍したアーティストに、イヒョリという人物がいる。彼女はパートナーと済州島に移住し、5匹の犬と3匹の猫に囲まれて暮らしていた。(注1)

この広い家を架空の民宿に見立てて、一般の応募者から選ばれた人が、客として泊まるという番組である。

民宿の従業員という設定のジウンは、珍島犬のクアナと仲良しになる。地上波の番組にはあまり見られないであろうゆったりとした時間が流れる。

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KBS/MBC/SBS

テレビ局のJTBCと聞くと、そんなテレビ局があったかなと怪訝に思うかもしれない。それまで韓国の地上波テレビ局といえば、韓国放送公社(KBS)、文化放送(MBC)、ソウル放送(SBS)の3局であった。

これにKBS教育を源流とする韓国教育放送公社(EBS)を加えると4局になる。KBS1とKBS2を2つのチャンネルとして数えると、合計で5つの地上波チャンネルが提供されている。

このうち、純粋な民間放送といえるのはSBS1局だけであった。(注2)


新聞系テレビ4局

地上波局によるコンテンツの寡占に風穴を開けたのが、2011年に開局した新聞系4局であった。これらは専門特化ではなく、「総合編成チャンネル」として幅広い分野の番組コンテンツを提供する。

その一つが、JTBCである。(注3)

日経電子版の記事検索でJTBC関連のニュースを探すと、新聞系テレビとして独自の報道を行っていることに気が付く。取材報道を得意とするのは間違いないが、それに特化したチャンネルではない。


JTBCの編成

JTBCの番組表を見ると、従来の地上波とは異なる個性を出そうとしながらも、音楽やスポーツなど特定の分野に専門特化するのではなく総合的な番組編成を志向しているように見てとれる。

「ヒョリの民泊」を制作したプロヂューサーは、これまで地上波であまり取り上げられなかったような、農村・漁村・離島・山間などを舞台とした生活体験型の番組を数々制作してきた。


火山湖のほとりで

華やかな地上波に比べて、総合編成チャンネルには落ち着いた雰囲気が漂う。「ヒョリの民泊」のオーナー役であるイヒョリは、かつて地上波の音楽番組を席捲したグループの中心メンバーであった。(注4)

「ヒョリの民泊」の一場面で、ソウルから戻ったI.U.ことジウンを連れ立ち、イヒョリは済州島の火山湖へと向かう。

カルデラ湖のほとりで風に吹かれながら、ヨガのインストラクターでもあるイヒョリは、風と一つになって舞いを披露する。


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自由に舞うイヒョリは、かつて地上波で忙しく活躍した時代のことを懐かしく想う。その姿を眺めるジウンは、いつか引退したときの自分の姿に思いを馳せる。

カルデラ湖をとりまく山の端に立ち、新旧二人のアーティストの想いが交差する。


延世大の野外劇場

さて、話題を学園祭の舞台へと戻そう。YVACの映像コンテンツは、地上波テレビ局が制作した番組ではない。総合編成チャンネルが制作したものでもない。大学が自主制作した映像コンテンツである。

そこには地上波に求められる予定調和もなければ、総合編成チャンネルならではの演出もない。いわゆるテレビ番組に特有の影響を少しも受けていない。

そんな舞台に風が吹き抜け、アーティストと観客が一体となる。

IUことジウンがチェジュ島から持って来たのは、ゆったりと吹き抜ける島の風だった。


島の2人と一匹

イヒョリとジウンという新旧二人のアーティストの出会いから生まれたひとつの舞台に、次世代の映像コンテンツのヒントが隠されているような気がした。

そこには、クアナとの触れ合いがあったことも忘れてはならない。


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[補論と脚注]

注1   イヒョリがパートナーのサンスンと最初のデートで見た映画は、1970年代から1980年代の音楽文化を背景に当時の社会を描いた『Sunny』であった。

注2   以前に延世大学を訪問した際に、スタジオ設備を案内してくれた知り合いの教授は、公社ではない地上波テレビ局の番組審議委員を務めていた。大学のスタジオ設備は、University of Air と呼べるものが運営できるレベルを目指しているようであった。

注3    JTBCの社屋は京畿道の一山(イルサン)にある。地図で見ると、近くにBitmaruという個性的な形をした建物が見つかる。Bitmaruは大小複数のスタジオと編集機器・送信機器などの完全な放送設備を備えているが、放送局ではない。通信と放送の融合の観点から、制作と送信の水平分離を実践するために設置された、放送支援センターである。個人であっても、申請が通れば施設を利用して、放送局と同じ環境でコンテンツを制作することができる。筆者は、韓国のコンテンツ制作を推進していた省庁横断的な組織の担当者に案内してもらい、お披露目前のBitmaruを見学したことがある。案内してくれた方は、前職は地上波の事件記者だったとあって、4輪駆動の自家用車を走らせて、ソウル郊外の一山まで連れて行ってくれた。そんな彼女は、Bitmaruのニューススタジオのキャスターブースに座ると、カメラと視線をあわせてスタジオの使い心地を確かめていた。続いて案内された大スタジオは、運動会の収録ができる規模であった。さらに、編集機器は利用者の個性にあわせられるよう、世界の主要な放送機器メーカーの製品をそろえていた。カタログによれば特大車を含む複数台の中継車を保有しており、まさしく放送局と同等の環境でコンテンツの制作と送信が可能であった。訪問当時、建物は竣工していたが、設備が過剰ではないかという批判もあって、国内のメディアに対するお披露目式も先延ばしになっていた。

注4   イヒョリが出演した広告作品として、2005年に上海で収録したサムスン社のエニコール携帯を対象とした、国際合同CMがある。収録の様子は映画でも取り上げられ、イヒョリは本人役として出演した。

補注1 韓国の話題であるが、文中の写真は日本で撮影したアーカイブから取り出した。なお、文中の敬称を略した。

補注2

冒頭の映像を作成したのは、YVAC (Yonsei Video Arts Creator) という大学公認の制作集団である。学園祭や対外試合での映像記録や、講義コンテンツを制作する。公式チャンネルを開くと、活動を紹介する映像が再生される。

YVAC
Yonsei Video Arts Creator
(Language: Korean)

補注3 

IUがアカラカで歌った楽曲の映像がもう一つ公開されている。

Artist: IU
Song: Friday
How is this Friday? I want to tell the clock to run faster.
(1:57  合唱がはじまる) 

2013年に発表された楽曲である。月曜日、火曜日、と指折りに週末を待ちわびる歌詞に、早くもオーディエンスとの一体感が生まれている。事前に全員で練習したかのような大合唱が響く。

Photo by H.Okada in Japan


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