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熱海旅行記

人生初のひとり旅に選んだのは熱海、2泊3日の小旅行だった。何冊かの本とフィルムカメラを持って、スーツケースをひとり引きずる。この旅行記にフィルムの写真と一緒に思い出を綴っておく。

1日目

土曜の午後、横浜駅から東海道線に乗り、熱海駅まで電車に揺られる。前日会社の同期と飲んでいたこともあり、心地よい睡魔に襲われた。1時間と少し経つと、そこは東海道線終点の熱海駅。眠たいままの体を起こし、ホームへ降り立つ。

泊まる宿しか決まっていない今回の小旅行、きっかけはひとつのクラウドファンディングだった。
ひみつの本屋という鍵付きの本屋のオープン、というのはそれだけで本と本屋好きの私の心をくすぐるもので、気づいた頃にはホテルロマンス座カドの宿泊チケット付きのものをリターンに選び、支援してしまっていた。

熱海駅に降り立つ頃には16時半過ぎ。駅はこれから観光を楽しむ人たちの活気に溢れている。早速宿へ向かおうとGoogleマップを開いた。

歩いて15分ほどで着くことを確認し、商店街を突っ切る。あまりにも複雑な道順だとGoogleマップを開きっぱなし、スマホを持ちっぱなしにしなければいけないのだけれど、道なりに進めばよいことがわかり、スマホをポケットにしまう。片手の手首にはフィルムカメラをぶらさげ、もう片方の手でスーツケースをゴロゴロ。

初めて見る景色、街のにおい、観光客の流れ。小旅行の始まりだ。

ロマンス座カドのチェックインはゲストハウスマルヤで。それまでの道のりで行きたいお店もたくさん見つかり、すっかり晩ごはんに何を食べようか困り果ててしまった。いったんそのことは忘れようとチェックインしていると、スタッフさんがお手製のパンフレットを見せながら「今日のご予定とか決まってますか?」と話しかけてきてくれた。
「晩ごはんを食べようと思ってるんですけど、おすすめありますか?お酒はあんまり飲めなくて」と答えると、いくつかごはん屋さんを紹介してくれて、さらにおすすめの温泉まで。

熱海のこと大好きなんだろうな〜と思えるスタッフさんとのやりとりで、またおすすめスポットを聞こうと心に決めたのだった。

さっそく荷物を置きに、ロマンス座カドへ。隣には映画館、ロマンス座があり、熱海銀座ど真ん中。でも路地裏にひっそり構えているので、言われないとそこにあることに気づかないくらい。

202号室はレトロな作業机があるお部屋で、本を読むのにも執筆するのにももってこいなお部屋。

どこもかしこもかわいいのと、何より落ち着く。すっかり部屋も宿も気に入り、滞在が楽しみになった。

スタッフさんがおすすめしてくれたお店をシモンズ製のベッドの上で寝転びながらもう一度復習し、行くお店を決定。

1日目の夜ごはんに選んだのは、餃子濱よし。レモンサワーと、Bセットの中華そばと餃子、杏仁豆腐をペロリ。

羽つき餃子 濱よし
0557-81-0048
https://goo.gl/maps/oC6egr7EHujycATz6

餃子は皮が薄くてパリパリでおいしい……。隣のカップルは餃子15ヶを頼んでいて、その手があったかと一本取られた。

わたしが食事をしている間にもたくさんの人がお店のドアを開く。人気店なんだな。

レモンサワー1杯で気分を良くした私はしっかり眠くなり、宿へ戻ってゴロン。ひとりだと誰にも気を遣わずにゴロゴロできるのが最高。誰かのお腹が減ってる、とか、気分が悪い、とかを気にしなくて良いのがこんなに自由なのかと思うと、ひとり小旅行にこれをきっかけにハマる未来しか見えない。

温泉も行こうと思ったけれど、明日の夜にすることにして、宿のシャワーを浴びて寝ようとベッドの上でゴロゴロ。明かりも消していよいよ寝るぞという頃に、夜の1時くらいだったか、バタバタとカップルが大きな足音を立てて帰ってきて、くそどうでもいい痴話喧嘩を始めた。知らんけど彼女の食べたかった何かを彼氏が何も言わずに食べきってしまったらしい。熱海プリンだろうか。だったら私も食べたい。待てよ、違う違う。こんな時間にホテルで喧嘩するなんて小学生か。100歩譲って喧嘩はいいよ。こんな真夜中にすなよ…。ロマンス座カドは建物自体は多分かなり古くて、足音もドアの音もかなり響く。普通のビジネスホテルに泊まってる感覚で人と話していたら丸聞こえになる。あ〜どうでもいい〜と声に出しながら耳を塞ぐために音楽を聴く。今回の滞在で落ち度があったとしたら、土曜の真夜中に始まった痴話喧嘩、これ以外にない。

2日目

結局、3時くらいまで寝られなかったけれども、なんとか寝つけ、熱海の朝がやってきた。202号室は窓が大きく、遮光カーテンを開くと、途端に部屋は明るくなる。日照時間を人生で意識したことはなかったけれど、こんな太陽の光を浴びて生きられたらだいぶ健やかに生きられるだろうなと思った。私は青森の田舎出身でそこそこ日照時間が短い地域で育っていて、鬱屈とした天気も多かったので、それだけの理由で「熱海に住みたいな」と軽率に思った。

今日の朝ごはんはホテルで取ると決めていた。着替えて化粧をして、ゲストハウスマルヤの前にある干物屋さんでサバのみりん漬の干物を購入。それをゲストハウスマルヤのグリルでみんな仲良く順繰り焼くというイベント。干物を焼いたことがなかったので勝手がわからなかったのだけれど、常連さんが目安の分数を教えてくれて、ひと安心。

ごはんとお味噌汁をスタッフさんに盛ってもらい、「いただきます」。

シンプルで優しい、温かい朝ごはんだった。魚を普段食べることがほぼない一人暮らしの身なので、とても貴重な一食だった。

それではさっそく今回の小旅行の目的、ひみつの本屋へ。部屋の机の引き出しにあった鍵を持って、1Fの鍵のついた本屋へ向かう。大きな南京錠に鍵を差し、右にぐるっとひと回し。ガチャリと南京錠があけられ、いざ中に入る。

不思議な音楽、愛とこだわりの詰まったアンティークのインテリア、そして本。愛しかないこの本屋が熱海に誕生したことで、これからどんな人がどんな本と出会うのだろう。そんなことを考えながら、わたしも今日一日を共にする3冊を選ぶ。

3冊じゃ足りないなと思いながら何とか選んで、海までてくてく。ベンチに腰掛け、太陽の光を浴びながら読書をした。最高の気分だった。私はこれをやるために熱海まできたと言っても過言ではないし、なんなら私の人生に必要な時間だと心から思ったので、絶対に早いうちに海の見える街で暮らそうと固く決心をした。

この日の海は荒れていて、少し風が強く、寒かった。2冊を読みきったうちに少し体が冷えてきて、宿に戻って一度休憩をすることにした。

ひとり旅は本当に何をするにも自由で、なんなら私は熱海まで来て本を読んでいるのだからほぼ予定なんてものはなくて、それでも誰にも怒られない、なんて最高な時間なのだろうと思った。

すこしうたた寝をして、次はどこで本を読もうか考え、色々迷った結果、一番近くの喫茶店パインツリーに行くことにした。

純喫茶パインツリー
0557-81-6032
https://goo.gl/maps/QVKmiLdyEP3DvVVe6

プリンアラモードと、ホットのカフェオレを注文。プリンは甘くて、周りの缶詰のフルーツの味がなんだかとても懐かしかった。

レトロでかわいい喫茶店の店内には大きく「長時間の滞在はご遠慮ください」と書かれており、ゆっくり本を読むのは難しそうということで早々に退散した。

うーんどうしよう、お腹もいっぱいだしなあ、ということで再び宿に戻ってベッドにごろん。Boleroを本格的に読み始める。表紙で選んだのになんでこんなにスイスイ読めちゃうのだろう…と不思議に思いながら読み終わると、著者が吉田篤弘さんのお子さんだと知った。なるほど、これは遺伝子か。すごい…と思いながら、読んだ小説を反芻した。

誰かの抱えきれない想いが作品となってこの世に誕生して、その作品を通していろんな人の人生が交錯する、そんなお話しだった。

私は今回熱海でずっと考えていることがあった。私はどこでどうやって生きていきたいのか。何をして、誰を喜ばせて生きていきたいのか。ずっとやりたいことなんてなかった私が、最近ようやくそれのかけらを見つけた。でも、そのかけらに手を伸ばすには今の環境が大事で大切で、どうしようもなくて、挑戦しない理由をたくさん見つけてしまいそうになる。でも、私の心は私が思った以上に着実に新しい挑戦へ向かっていて、この旅の間もずっとそのことばかりを考えていた。

ああ、もう私、次に行きたいんだな。

熱海に2泊3日の小旅行で、本を読んで、日光を浴びて、おいしいものを食べて、自分ひとりだけで考えてみて、やっと、自分のことがわかってくる。普段は色々な人の要求に飲み込まれて、私の想いがどこかに行ってしまいそうになるけれど、今日は違う。

やっと、やっと、気持ちの整理をつけられた気がした。

Boleroを読み終えてもゴロゴロしていたが、突然温泉へ行こうと思い立つ。宿のスタッフさんが教えてくれた夢いろはへ。

熱海温泉ホテル 夢いろは
0557-82-1151
https://goo.gl/maps/ZgE8jvsFMdjR1ERNA

レトロでかわいい熱海はお散歩が楽しい。道をずんずん進むとあっという間に温泉に到着。靴を脱いでと言われたり、靴を履いてと言われたり、すこし混乱した受付を完了させ、いざお風呂。

ちなみに温泉のことはあまり調べなかった私が悪いのだけれど、お風呂は2種類しかなくて、露天風呂もなかったのが残念。45分くらい堪能したので1,290円分楽しんだということにしておこう。

温泉から上がって少し涼んでから、今度は今日の晩ごはんのお店、雨風食堂(あまからしょくどう)へ。

雨風食堂
0557-83-4003
https://goo.gl/maps/f74V8wV6dweLMcz78

お店に着いたのは17時過ぎ。

「いらっしゃいませ。寒いからこっちの端の席ね。」
と言われ、誰もいない店内でひとりカウンターに座る。

夫婦で営んでいるお店のようで、お料理を作る担当とホール担当に分かれていた。カウンターでふたりの声がよく聞こえる位置にいたはずだけれど、聞こえてくるのは女性の声ばかりで、なるほどこれが阿吽の呼吸というやつかしら、と思ったのだった。

お魚は朝も食べたしなと思って、唐揚げ定食を頼んだ。その注文も私の年頃らしいのか、すこし嬉しそうなお母さんが可愛かった。

唐揚げ定食が出てきて、サービスで2品追加されて、ひとり食べていると、途端に涙が出てきた。なんの涙か自分では全然わからなくて、お店の人にバレないようにそっと涙を拭うのが大変だった。

ずっとこうやって誰かに損得なく優しくされるのはいつぶりだろうか。そして何より優しさをちゃんと受け入れられる、受け止められる状態でいられるのはいつぶりだろうか。

東京で仕事をしながら生活をすると、容易に生活のすべてが仕事になる。仕事をしていると、数字とか目に見えない成長とかに躍起になる。それを追いかけてる方が Work Hard している感じがして、何も考えないでいるとそんな私ばかりになってしまう。そうすると、人の温かみとか、なんでもない時間とか、交流とか、どんどん蔑ろにしてしまって、荒んだ自分になる。

そんなことに気づかせてくれた唐揚げ定食だった。食べ終わる頃合いに「これ、デザートにね。」とみかんを1切れ。

私はこういう生活がいずれはしたいなと思った。お店を開くとかそういう話ではなくて、自分が他者にしてあげられることを何の見返りもなく届けて、目の前の人を幸せにする、笑顔にする。そんなシンプルなことに何よりも魅力を覚えたのだ。

ひとしきり涙を拭いて、「ごちそうさまでした」とお店を出る。また熱海に来た時には、もっと身体も心も健康な状態で、ここにこようと決意しながら、宿へ戻る。

3日目

9時半ごろに宿をチェックアウトする。また絶対に来たいし、次はゲストハウスマルヤの方にも泊まってみたい。今日もグリルで干物を焼く宿泊客を横目に捉えながら、鍵を返却した。

近くの食堂で朝ごはんを食べ、食べきれずに残してしまった罪悪感がある状態でも、海は今日も綺麗だった。私は近いうちに海の見える街に必ず引っ越してきてしまうだろうなと今日も思った。

3日目は風も穏やかで、海辺での読書日和だった。この季節のためだけに毎年熱海に長期滞在したいと思うくらいに。

1冊本を読み終え、スーツケースをごろごろ引きずり、向かった先はプリン亭。朝焼きプリン、ものすごくおいしかったのでプリン好きはぜひ。

プリン亭
https://goo.gl/maps/EdNivPDtDZPkruaK7

かなりやわやわの生地で甘め。カラメルが苦くて良いバランスになっている。上にかかっている砂糖?がアクセントになっていて、本当にすばらしいプリンだった。食べれてよかった。

私が入った時には客は私ひとりだったが、本を読んでいるとどんどん席が埋まっていく。ついには満席になってしまったのでそそくさ退散。店内に流れる、ちょっとボリューム大きめの古い音楽も、お手製の看板も、キュートで愛らしい。マスターかオーナーと呼びたくなるような男性に「ごちそうさまでした」といってお店を出る。

プリン亭のプリンも食べられたことだし、そろそろ現実に戻るか、と熱海駅へ向かう。こんなにも帰りたくない旅行は初めてだ。帰りたくないってこういう感情を指すのね…と一つ学んだ。

月曜日なのですこし人は少ないけれど、やっぱり観光地の活気があるなあ。名残惜しいと思いながらでも東海道線に乗ってしまえば、あとはもう電車に揺られるだけで、現実に戻れる。その一方で電車に乗ればこんなに心が豊かになれるということでもあるわけで、それを知れただけでも小旅行の収穫だった。

まとめ

熱海は段差が少ない街だった。というか、ほぼない。街全体がスーツケースを持って移動する人のためかのようだった。住んでいる人は温かくて優しくて、天気は良くて、素敵な本屋と宿がある、最高の海辺の街。

今回行きたかったけど行けなかった場所が山ほどあるので、また定期的に熱海にお邪魔しようと思う。

次はどんな料理を食べたら突然泣くのだろうか。今から気になって仕方がない。

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