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【読みもの】シーナさんへのあこがれ

話は少々トートツではあるけれど、椎名誠さんである。僕が小説を読み始めたきっかけは、シーナさんの本、「わしらは怪しい探検隊」だった。

たしか中学一年生くらいだったと思う。誰かに勧められた記憶もないから書店で自分で選んだのだろう。なぜ「アドバード」でも「岳物語」でもなく「怪しい探検隊」だったのか。当時の自分に聞いてみたいくらいだが、おそらくはあの印象的なカバーイラスト(沢野ひとし・画)と「怪しい」という言葉に文字通りなにか怪しげな魅力を感じたのだと思う。これがとても面白かった。大人って自由!大人ってワイルド!大人ってかっこいい!と単純かつ純粋時代の僕は感動してしまった。

それ以来、椎名誠の本を一冊ずつ読んでは「まだまだ先は長い」などと全巻制覇を企んでいた。SF小説も私小説も、エッセイもなにを読んでも面白いし(だってファンだから)サイン会に行ったこともある。あれは「からいはうまい」という本だったな。

大人になって趣味の幅、興味の対象がぐんと増えるといつしか「椎名誠を!」という理由で書店に走ることも少なくなっていた。音楽も始めてしまったし。
僕があらためて興味を持ち直したのは《ぼくがいま、死について思うこと》という本だった。67歳の椎名誠は真剣に「死」というものに向き合っていた。出会ったころは「仲間と共に離れ島に突撃して焚き火を囲んで酒を飲み、ケンカに筋トレ、文章書いたらまた旅へ」というような男の憧憬そのものだったシーナさんも確実に年をとっていたのだ。人生の終幕を見つめて赤裸々に綴られる文章の「モード」は僕にとって鮮烈だった。

いつかいなくなってしまう。それは僕も同じだ。僕が生きているうちに、好きな人の本をたくさん読んでおかなければならないと思った。それからまたシーナさんの本を集め出した。

最近はエッセイを続けざまに読んでいる。通称「赤マントシリーズ」。シリアスモードは控えめでほとんどがオラオラ型、つまり従来通りの安心できる椎名誠が全開だ。大人になった僕があらためて、椎名誠のここが好きだ!というポイントがわかった。ここがすごい!と感心する部分でもあるのだが、それは《痛快に怒る》ところなのだ。

「あっこれはマズイ、くるぞくるぞ」と思っていると突然わななき、咆哮が上がる。それは社会常識やメディアに向けた叫びであったり、政治への怒り、若者への憤り、昨日食べたうどんへの恨みなど、何が引き金になるかはわからない。
すごいなと思うのは強烈に怒るのだが、あとを引くようなイヤな怒気ではないことだ。よく言ってくれた!と胸がスッとするような、爽快さすら感じてしまうのである。

ちかごろ流行りの料理の名人だか達人だかしらないが、わしのつくる料理だから旨いのだ、なんていう顔をしてふんぞりかえっている勘違いの馬鹿たちがつくる作品的料理とちがって、屋台で食べるものにはどこか人生の味がある。

とんがらしの誘惑「雪国東京」より

訪れた新潟で招待された小料理屋がいい店だったという話だったはずが、ものの弾みで怒りだすとこの言いようである。しかし行間に爽やかな風を感じないだろうか。

十四、五のろくに人生も生きてないようなガキが、なにが「キレル」だ! と思うのである。ガキゆえに幼稚な思考しかできなくてまともな状況判断や対応ができない、というだけの話じゃないか。

とんがらしの誘惑「パンツのあるなし」より

当時世間を騒がせた「ノーパンしゃぶしゃぶ」に始まり、軽快に時事をぶった斬っていく回の最後の最後にこれだ。しかしシーナさんの若者に対する愛情なんてのは誰もが知るところであって、先を読み進めるとこれはいわゆるマスメディアの煽りに対する怒りだということがわかるのだった。

当時はカートのようなものはなく、キャディはあの重いバッグを抱えてずっとくっついて歩き回る、というスタイルだった。だから若い人が自分のおふくろぐらいの歳の人にあんな重いもの運ばせてよく遊べるな、といまだに苛ついた気分でそれを見てしまうのだ。

くじらの朝がえり「露天風呂の女」より

宮古島滞在の顛末を語った回の冒頭で怒っている。リゾートホテルで見かけたゴルフの人々への思いだが、これは椎名誠の人柄がいろんな意味でよくわかると思う。人一倍頑固なのは間違いないが、そこに「優しみ」がある気がする。

人間は四六時中たのしく楽観的に、いつでも笑顔で幸せです!とはいかないものだ。ムッとしたりイライラしたりしない人はいない。
それを文章にすると不思議なもので、イライラは読んだ人に伝播してしまう。つとめて客観的に明るく書こうとしても、文字の背後にどんより漂ってしまう何かがある。

シーナさんがズバンッ!と怒るとき、そんな負の言霊を感じないのである。むしろ、南の島と青空!みたいな痛快さがある。そんなところが好きなんだよなあ憧れるなあと思いつつ、今日も赤マントを読んでいる。

(この文章、思いっきり椎名誠さんに引っ張られてますね。)

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