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複雑さってなんだろう

私の専門は複雑系という分野になるのですが、この用語は実に多くのことを含意していて曖昧です。よく人工知能(AI)というのを避けて機械学習という用語を使う人がいますが、これは人工知能という言葉に同じような曖昧さがあるからだと思います。複雑系もAIも、『重要そうなんだけどまだその実態が掴めていないので、関連事項を全部ひっくるめた語』という使い方をされているように思います。だから語の指示する輪郭はぼやけていて動的です。

外向きの専門分野

何で博士号をとったかを説明するときに、『フラクタル・ベイスンにおける幾何学的構造の複雑さと、系の終状態予測の難しさとの定量的関係性の研究』ではなんのことやらわからない。かといってフラクタルは、ベイスンは、系とは、カオスとはってやってると時間がかかる。(時間があればもちろん噛み砕いて説明できます。それが求められていれば。)

そこで一気にとんで複雑系といってしまう。そうすると誤魔化せるので便利なんです。(意外と複雑系という用語は浸透しているみたいです。)

フクザツな性質

でも、改めて複雑系とはなんだろうと考えたとき、その輪郭をつかむのはけっこう難しい。私の経験からは以下のような対象を研究する分野を総称している気がします。

(多くの)構成要素が複雑な相互作用をしている。

いきなり複雑なという言葉を使ってしまいますが、これは非線形という意味です。入力に比例した出力しか出てこない相互作用を線形といいますが、非線形はそれ以外のすべてです。たとえば遠いときはひきつけられ、近いときは反発する、というのも立派な非線形相互作用です。

全体としてのふるまいが抽出できる。

蟻の大群や、鳥、魚の群れのように、全体がなんらかの規則性をもって運動しているとき、構成要素の集団がマクロなふるまいをしているといいます。

そしてそのマクロなふるまいが、系のパラメータの変化によって非連続的にシフトする。

パラメータというのは温度であったり相互作用の強さであったり、構成要素の個性であったり、いろいろですが、とにかく対象としている系(複雑系)の性質を記述するような変数があるとき、これを変化させたらマクロなふるまいがどう応答するかに我々は興味がある。あるパラメータの値では一ヶ所に固まっていた構成要素が、ある閾値を超えると二つに分裂する、なんていうのが非連続的変化です。細胞分裂とかもそうですね。

カオスである。

カオスというのは微少な誤差が非常な速さで拡大していく性質をいいます。カオスを最初に発見したといわれるポアンカレは『科学と方法』で以下のように述べています。

我々が自然の法則と、最初の瞬間における宇宙の状態とを、正確に知っていたならば、その後の瞬間における同じ宇宙の状態を正確に予言できるはずである。しかしながら、たとえ自然の法則にもはや秘密がなくなったとしても、我々は最初の状態をただ近似的に知りうるに過ぎない。もし、それによってその後の状態を同じ近似の度をもって予見しうるならば、我々にとってはこれで十分なのであって、このときその現象は予見された、その現象は法則に支配される、という言葉を用いる。しかしながら、いつもかくなるとはかぎらない。最初の状態における小さな差異が、最後の現象において非常に大きな差異を生ずることもあり得よう。また、最初における小さな誤差が、のちに莫大な誤差となって現れるでもあろう。かくて予言は不可能となって、ここに偶然現象が得られるのである。(一部漢字を改めた。)

偶然というセクションでこれを論じているのもおもしろい。観測者が不可避的にもちこむ誤差が無視できないと言っています。物理は研究が進むにつれて、観測者と観測対象が切り離せなくなっていますね。これは日常経験からはあたりまえで意識すらしないことなのですが、科学的に扱おうとすると、どうしてもシンプルなことから始めなくてはいけない。それでも扱う対象が広がるにつれ、分けても分からない事象とぶつかる。それが複雑系ということなのかな。

さて、カオスな系は想像もつかない複雑なふるまいをします。それは単に予測がつかないだけでなく、系のふるまいにカオスに特徴的な構造をもたらします。それがたとえばフラクタル構造だったり、分岐構造だったりする。

驚き = 創発 = 複雑

驚きは創造の源である。

by イリヤ・プリゴジン。

うえのような細かい性質は置いておいて、率直にどういうとき私は複雑だと感じるのか。それは

構成要素同士のかかわり合いの仕方の単純さからは事前に予想できないような、変化に富むマクロなふるまいが出てくる

ときなんだと思います。

だからホタルの明滅の同期などのマクロな現象をみたら、単純な振動子からなる集団を作って、適当な相互作用を仮定し、計算機で走らせるか理論的に解析してみる。すると実際の同期現象に定性的に似通ったふるまいがみられる。じゃあもう少し同期が起こる条件なんかを精査してみよう、といった感じで、

現象→モデル構築→モデル解析→結果の普遍性考察

を繰り返すのです。ただしモデルに関しては現実との乖離を前提にしたうえで議論する必要があります。それに関しては以下のnoteも参考にしてください。

昨日ふとネットで検索したら、すごい良質な記事が出てきました。

このなかで複雑系研究者の佐山さんは、複雑系とはなにか、その性質、人間社会の諸問題にどう応用できるかを述べています。特に本文中で紹介されている、ご自分が編集に参加されている以下のサイトが優れています。

シミュレーションを眺めるだけでも楽しい。さらにカオスの周辺を学びたい方は、ちょっとコアですが、動画が豊富な以下のサイトをおすすめします。

さらに一般向けの著書としては、メラニー・ミッチェルの

またスティーブン・ストロガッツの

ちょっと詳しく学びたい人には蔵本先生の

があります。一般むけで他に良書をご存知の方いましたら、ぜひ教えてください。

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