『楽園』|#戦ゼロゾンビ企画参加作品
この企画に参加するために久しぶりに小説に挑戦しました。なんだかポップなイラストですし、楽しい企画のようです。ゾンビものとはいえ、明るく賑やかなものを書こうと思いました。本当です。
女子高生を主役にしてかるーいノリで行こう。長くても2,000字くらいで。
それがどうしたことでしょう。一応プロットみたいなものも書いたのに、全然思わぬものが出来てしまいました💦
折角なので投稿します。お時間があれば読んでいただければ供養になります。
作品注意事項
読み始めて後悔なさらないように、いくつか注意事項を書かせていただきます。
・長いです。2,000字なんて夢でした。20,000字あります。
・女子高生は登場しますが、暗いです。俗にいう鬱展開です。
・百合要素があります。
以上、ご理解の上お読みいただければ幸いです。
『楽園』
主な登場人物
柊 あずさ(ひいらぎ あずさ)
主人公。高校1年生。面倒見がよく友人も多い。真姫が唯一親友と呼べる親しい友人。真姫に友情以上の感情を持っているが恋心を悟られないようにしている。成績は上の下といったところ。体力は自信があるが、少々不器用なので球技などは苦手。頑固な一面もある。
新城 真姫(しんじょう まき)
あずさの親友 中学2年生のときに遠方の閑村から転校してきた。長い黒髪が印象的なクールビューティー。人付き合いには消極的。クラスでも浮いた存在だったが、あずさの面倒見のよさが幸いし、徐々に打ち解けてゆく。あずさの無二の親友となる。成績は中程度。運動神経は校内でもトップクラス。物語の核となる秘密を持っている。
独白
甘く、暖く、優しい、初めてのくちづけ。深く、官能的で、永遠にも感じる長いくちづけ。閉じた目から涙が流れるのはうれしいから?悲しいから?
壱章 出会い
その日も放課後は、真姫と一緒だった。別のクラスなのに休憩時間のたびに会いに行ったり来たりしていたから、授業中以外はずっと一緒だったことになる。しかし休憩時間は短すぎる。伸び伸びと真姫と過ごせる放課後や休日は、私にはこの上なく幸福な時間なのだ。
真姫も同じように思ってくれている。口には出さなくてもわかる。一緒にいるときの雰囲気、登校時の待ち合わせで私を見つけたときの真姫の表情。
「あずさー、会いたかったー」
通勤通学途中の人目もはばからず抱きついてくる真姫の笑顔は、私以外には見せたことがないと思う。
艶やかな長い黒髪と透き通るような肌、ほんのり紅い唇、切れ長でクールな目元に長い睫毛。真姫の美貌は高校入学当初から学校中の話題になるほどだった。
「おい、今年の新入生にすごい美人がいるってよ」
先輩とおぼしき男子生徒のそんな会話を何度耳にしただろう。入学間もない4月は、廊下を歩くだけで、何人もの生徒が振り返ったほどだ。
真姫が注目を集めると一緒にいる私も衆目にさらされることになる。
「真姫、また見られているよ」
あくまで注目されているのは真姫で、私ではない。それでも落ち着かなくて小声で真姫にささやく。その度に、
「大丈夫、大丈夫。私が守ってあげるから。」
よくわからない返答とともに、真姫は私の腕を取ったり手を繋いできたりしてくる。周囲の目を気にしつつ、私は真姫とのスキンシップに舞い上がり、頬を染めたものだ。
真姫は中学2年の2学期に転校してきた。かなり寂れた閑村から来たこと以上は話したがらなかった。何か嫌な思い出でもあるのかと、私もそれ以上は追求しなかった。今より幼さが残っていても、中2の真姫もかなりの美少女だった。クラスの誰もが真姫と親しい友人になりたがったが、真姫は周囲に対して線を引いて接していた。私も話してみたいと思いつつ、鮮やかにかわされるクラスメイトたちを見つつ諦めていた
それがどういうわけか、真姫の方から校内のこと、授業の進度のこと、各教科の先生の特徴などを私に尋ねてきた。それも普段のクールな印象とは全く異なる、申し訳なさそうな、それでいて勇気を出してやってきたような様子で話しかけてきたのだ。その必死な目をみては、私も素っ気なくはできない。学校のことだけでなく、町のことやお気に入りの公園やショッピングモールなど聞かれていないことまで、事細かく説明し、時には一緒に出かけもした。
そのうち、何となく一緒に行動することが自然になった。高校進学時も、どちらが誘うでもなく当然のように同じ高校を選んだ。どうして真姫が私に話しかけてきたのかは、今だにわからない。親しくなったあとで聞いてみたが、
「いいじゃない。だってあずさと一緒でこんなに幸せなんだもの。」
と眩いばかりの笑顔で、上手くかわされてしまった。
こんなに幸せなんだもの。真姫の言葉は私を有頂天にさせると同時に不安にもさせる。真姫は私のことを親友だと思ってくれている。それは疑う余地もない。でも、それ以上という可能性はないのだろうか?
なぜなら、私は真姫に恋しているのだから。
弐章 逃走
ショッピングモールで雑貨屋や洋品店をいくつか周り、歩き疲れた私たちはフードコートでお茶の時間を楽しむことにした。二人ともアイスティーのシロップ抜き。こんなところでも好みが合うことが、とても嬉しかった。
あの店の服がかわいかった、あの服はあずさに似合いそう、真姫は何でも似合いそうでいいな、などと女子高生らしい会話を楽しんでいたときである。私たちの間に割ってはいるように、二人の若い男が親しげに話しかけてきた。
「ねえ、彼女。俺たちとゲーセン行かない?」
「あ、ゲーセン苦手ならカラオケでもいいよ。」
あからさまに無視しても、男たちには引くつもりがないようだ。明らかに目当ては真姫だ。その真姫にきつく睨みつけられると、さすがに男たちも怯んだ。でも、彼らはあきらめない。ターゲットが私に向いてきた。私がうなづけば、真姫も着いて来ざるを得なくなる。将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、ということか。
男たちはしきりに私の容姿をほめつつ、遊びに誘おうとする。首に蛇のタトゥーを入れた男が私の肩を抱こうとしてきた。身をよじって振りほどく。真姫を誘うための餌にされるのはまっぴらだ。さすがに、勘忍袋の尾が切れようかというとき、
「行こう、あずさ!」
勢いよく立ち上がった真姫は、強引に私の腕を引っ張って早足で歩き出した。真姫の剣幕に男たちもようやく諦めたようだ。
「ちっ、ちょっと可愛いかと思って図に乗りやがって。性格ブスが!」
その捨てゼリフが男の遺言になるなんて、誰が想像しただろう。
早足でフードコートを立ち去る私たちの後方から、さっきの男たちの叫び声が聞こえた。真姫は素知らぬ様子で、さらに強く私の手を引いた。
男たちの断末魔の声にかぶさるように、女性の金切り声が響く。ざわざわした雰囲気、明らかに不穏な気配を感じる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、真姫。なんだか様子がおかしくない?」
怒り心頭の真姫には周囲の喧騒が全く耳に入ってなかったらしい。わたしの呼びかけで冷静さを取り戻した真姫と私は、フードコートで起きている惨劇に思わず立ち尽くした。
血だらけで倒れているナンパ男に、数人の男女がむしゃぶりついていた。男たちはとっくに事切れているように見える。悲劇はそれだけではなかった。広いフードコートのあちこちで、同様の惨劇が起きていた。
新たに若い女性が中年男性に襲いかかられ、押し倒された。女性は中年男性をバッグで殴ったり、足で蹴りつけたりする。しかし、中年男性は何の感情も見せずに蹴りだしたふくらはぎに喰いついた。男の口元から血液が溢れる。恐怖と痛みで絶叫する女性に、別の男や女が無表情のまま喰いつき、やがて女性は血だらけで噛みつかれるままになった。
恐怖に気が遠くなりかけた私を正気に戻したのは、真姫の必死の声だった。
「あずさ!あずさ!しっかりして。気をしっかり持って!」
私の目に光が戻ったことを確認すると、真姫は私の左手をしっかり握り、強い口調で宣言した。
「ここから逃げるわよ。絶対にわたしの手を離さないで。必ず一緒に逃げ切るのよ。」
私は、真姫の言葉にしっかりうなづき、力強く真姫の手を握り返した。そして、ふたりで一斉に駆け出した。
惨劇の舞台はフードコートだけではないようだ。広いショッピングモールのあちこちで叫び声が聞こえる。そして、私たち同様に必死で走っている人も大勢いた。
大きな通学バッグを持ち、手を繋いで走っている私たちの逃走速度は決して速いとはいえない。見るからに体力自慢そうな男性が後方から勢いよく走ってきて真姫の通学バッグを跳ね飛ばした。弾みで二人揃ってその場で転んでしまう。ぶつかった男性は、
「チンタラ走ってんじゃねぇ」
と怒鳴り、私たちは放って走り去った。
「真姫、大丈夫?」
先に立ち上がった私が真姫に手を差し出す。
「うん、ありがとう。あずさ。大丈夫。どこも痛くないよ。」
お互いの無事を確認し、手を繋いて再び走りだそうとしたときだ。私たちを跳ね飛ばし、はるか前方まで走っていったあの男が出会い頭に遭遇した女性に首元を喰い千切られていた。鮮血がほとばしり、うめき声をあげながらよろめく男性に、また別の女性が喰いついた。そして、今度は小学生くらいの男の子が噛み付いた。
順調に走っていたら襲われたのは自分たちかもしれない。今おかれている状況がいかに危険であるかを改めて理解した私たちは、急ぎながら、でも物陰に注意しつつ慎重に歩みを進めた。
襲ってくる人間と普通の人間には明らかな違いがある。その特徴に気づいたのは真姫だった。
まず無表情である。死人のように顔色が悪い。決して敏捷ではない。ふいをつかれなければ、十分走って逃げられる。ふらふらと歩き回りながら、自分たちに気づいていない人間、運悪く出会い頭に出会ってしまった人間が主なターゲット。走って追いかけたり、物陰を探したりといったことはしない。つまり知能、運動能力ともに高くはない。しかし、痛覚などの感覚もないようで殴っても蹴ってもダメージを与えられない。つまり、捕まってしまったら、かなり絶望的といえる。あと、見かけの特徴として、傷の見当たらないタイプと噛まれて血だらけのタイプがいる。
とにかく闇雲に動き回るのは危険だ。わたしたちは背中合わせで常に周囲を警戒しつつ、繋いだ手は離さないように慎重に出口を目指した。物陰に隠れてやりすごしたり、一か八かで側を走り抜けたりもした。
出口まであと数m。張り詰めっぱなしだった神経にわずかな緩みが出たのかもしれない。ショッピングカートの影に潜んでいた若い男が真姫につかみかかってきた。
「ダメー!」
咄嗟に教科書などでいっぱいの通学バッグを思いっきり振り回し、襲いかかってきた男の頭部を連続して殴りつけた。おそらく数Kgはあるバッグだ。それに遠心力が加わり、かなりのダメージが連続して男の頭部に加わったはずだ。
ベキッというにぶい音とともに男の頭に大きな凹みができた。殴っても蹴っても全く堪えた様子がなかったのに、さすがに頭が凹むとダメージになるらしい。男はフラフラと真姫から離れた。恐怖に身を竦ませている真姫の手をしっかり握り、
「もう大丈夫、行くよ」
と声をかける。
「ありがとうー、あずさ。愛してるー」
九死に一生を得て興奮しているのか、真姫は半泣きになりながら感謝の言葉を口に出した。
やっとショッピングモールを脱出した。出入り口は広い駐車場に面しているが、平日の夕方で注射している車も少ない。万一どこかに奴らがうろついていても、先に見つけるのは簡単だ。ショッピングモールの敷地を抜け、なるべく見通しのよい道を選びながら歩を進める。奴らの姿をみかけることはなかったが、いつもと比べて車も人もいやに少ない。
「私たちがショッピングモールにいる間に街でも騒ぎがあったのかもしれないわ。」
真姫が独り言のようにつぶやいた。私はといえば、もちろん警戒も怠らずに続けていたが、何かが頭の中でひっかかっていた。
「ありがとうー、あずさ、愛してるー」
真姫が勢いで口に出した「愛してる」の一言。それが私の愛と同じ意味ならどんなに嬉しいことだろう。私が真姫を愛しているように、真姫も想ってくれている可能性はあるのだろうか。ダメダメ。今はそんなことを考えているときじゃない。もっと別にひっかかるものがある。
考え事と警戒を続けながら、ようやく真姫の自宅のあるマンションまでたどり着いた。鍵と暗唱番号の入力が必要なので、奴らが入り込んでくる可能性は低い。各部屋の玄関にもモニターがついている。ここまでくればほぼ安全といってよいだろう。
マンション内もひっそりとしていたが、高級マンションということもあり、それはいつものことだ。エレベーターので10階まで上がり、ようやく真姫の自宅へ到着した。
家には誰もいなかったが、共働きと聞いているしいつものことだ。勝手知ったる親友の家。真姫の部屋のクッションに倒れ込んでようやく気を休めることができた。真姫は制服から部屋着に着替え、隣のクッションに倒れ込んだ。
「あずさがいてくれてよかったー。ひとりだったら絶対に逃げだせなかったと思う。」
私の手を握りながら、真姫がつぶやいた。
「それは私もだよ。真姫が冷静に奴らの特徴に気づいたから逃げやすくなったんだもん。」
気が緩んだせいか、うとうととしかけた時、頭にひっかかっていたものが何か閃いた。寝転んでくつろいでなんていられない。飛び起きて、蘇った恐怖を抑えるためにクッションを強く抱きしめた。
「どうしたの、あずさ。気分でも悪くなった?」
「ううん、私は大丈夫。それよりね、真姫。妙なことに気がついたの。冷静に聞いてくれる?」
真剣な口調に真姫も起き上がる。私と同じクッションを抱えた姿勢で向かいに座り、黙ってうなづく。
「出口で真姫に襲い掛かった男。あいつ、フードコートで私たちをナンパしてきた奴のひとりだよ。間違いない。首の蛇のタトゥーに見覚えがある。あいつ死んでなかったんだ。ううん、違う。一度死んだのに、生き返ったんだよ。今度は奴らの仲間として。」
頭に引っかかっていたことを一気に吐き出した。あまりの異常さに自分ひとりでは耐えられない。真姫に聞いてもらって、気持ちの負担を分け合いたい。
「そうだよ。ほら、映画とかゲームに出てくる怪物いるでしょ。あいつらの正体ってゾンビだったんだ。ゾンビは実在してたんだよ。」
私が見た事実とゾンビが実在するという推論を、真姫は黙って冷静に聞いていた。
きっと真姫も私と同じように動揺すると思っていた。そして、落ち着いたらこれからどうするべきかを相談しようと思っていた。でも、真姫は全くの予想外の言葉を口にした。
「そうか。あずさ、気がついちゃったんだ。」
寂しそうに真姫はつぶやいた。
参章 秘密
一瞬、真姫が何を言っているのかわからなかった。
「真姫知ってたの?だから特徴に詳しかったの?どうしてそんなこと知ってるの?」
思わず真姫に詰め寄り、質問責めにしてしまう。
詰め寄るする私をなだめるように、やわらかな香りが漂った。真姫が私の首に手を回し、やさしくハグしている。そして耳元で、穏やかにささやいた。
「あずさは私の一番大切な親友。かけがえのない大事な人。いろんな悩みも打ち明けてきたし、あずさのことを世界で一番頼りにしてる。あずさのことを誰よりも信じてる。」
真姫の声と言葉は、私に落ち着きを取り戻してくれた。制服ごしに感じる真姫の体温とやさしく香る真姫の匂いは、私を安心させてくれる。
「そんな大切なあずさにもひとつだけ、どうしても言えなかったことがあるの。でも、もう隠しておけない。」
真姫は私が一番心許せる人だ。真姫と一緒にいることは私の一番の喜び。安心しているのに、信じているのに、愛しているのに。真姫の言葉の先を聞くのが怖かった。
突然首筋に柔らかく暖かなものが触れた。真姫が私の首にキスしてくれてる。突然の行為の望外の喜びに戸惑っているうちに、真姫は私の身体から離れ元の場所に座り直した。
「あずさ、ミツバチの社会構造は知ってる?」
真姫が意外な質問をしてきた。意図が飲み込めずに黙っていると、真姫は淡々と講義でもするように、話を進めた。
「ミツバチの巣には1匹の女王蜂とわずかの雄蜂、そしてたくさんの働き蜂がいるの。女王蜂も生まれたときは普通の蜂と一緒。だけど、働き蜂たちが作る特別な食べ物で育つことで、特別な蜂になる。その食べ物はローヤルゼリー。聞いたことあるよね。」
健康食品としても販売されているローヤルゼリー。栄養価がとても高いと聞いたことがある。
「ローヤルゼリーで育った蜂は、やがて一人前の女王蜂になる。でもひとつの巣に女王は2匹いられない。そこで、新しい女王蜂は何十匹かの働き蜂や雄蜂を分けてもらって、巣から飛び立ち、新しい自分の巣を作るの。」
わたしは黙ってうなづく。そこまでは理解できる。それが今回のゾンビ騒動や真姫の秘密とどう繋がるのか。そこが全く検討がつかない。
「あずさ、私は本当にあなたを大切に思っている。あなたに嫌われることが一番怖いの。」
「何言ってるの真姫。私が真姫を嫌いになるわけない。私にとっても真姫は一番大切な人だよ。」
真姫の瞳を見つめ真剣に答える。そう、真姫を嫌いになんてなれるわけがない。それに私も真姫にひとつ秘密を持っている。真姫のことが好き。でも、女の子が女の子を好きになるなんて、受け入れられない人の方が多いはず。だから、せめて、今の二人の関係は絶対に壊したくない。何があっても真姫を嫌いにはならない。
強く想いを込めて、じっと真姫の瞳を見つめる。真姫も同じように真剣に私を見つめる。そして、ハッキリと秘密を告げた。
「ゾンビの女王。それが私の果たすべき役割なの。」
意味が飲み込めないでいると、真姫ははっきりと同じことを繰り返した。
「ゾンビの女王。それが私の果たすべき役割なの。」
「もし、私を怖いと思うなら、ひどい嘘つきだと思うなら、それもしょうがないと思う。それならこのままあずさの家まで送っていくわ。もし、途中で襲われるようなことがあっても命がけで守ってみせる。」
「私は絶対に、あずさには危害を加えるようなことはしない。親友として、女王の誇りを持って、それだけは約束する。だから、もう少し私の話を聞いて欲しい。」
信じたくなかった。悪夢のような怪物、ゾンビが実在すること。そして、無二の親友、密かに恋心を寄せる相手が怪物たちの女王だなんて。私は失恋と同時に親友も失ったのだろうか。
いや、違う。恋はもう叶わない。人間とゾンビの恋なんて物語でも聞いたことがない。でも、まだ真姫は私を親友といってくれた。異種族間に友情が成り立つのか?それは真姫と過ごした歳月が証明してくれている。私は真姫の親友。真姫は私の親友。親友が必死で頼んでいるのに断れるわけがない。
私は決意を固めた。どんな話でも最後まで聞こうと。そしてもし、真姫の役に立てることがあるなら、全力で協力すると。だって、私たちは親友なのだから。
「わかった。真姫の話、最後まで聞かせて。」
はっきりと意思を告げ、私は真姫の手を取った。私に拒否されることも覚悟していたのだろう。真姫の表情に驚きがそして安堵が浮かぶ。
「私は真姫の親友。親友の約束を、願いを断ったりしない。」
私の手を強く握り返し、そっと手を離した。
「ありがとう。少し長くなるかもしれない。楽な姿勢で聞いてね。」
言いつつ、真姫はクッションを抱き直した。私も真姫にならうようにリラックスできるようにクッションを置き直す。
「さっき、私は自分の役割をゾンビの女王って言ったよね。でも、正しくはまだ女王じゃないの。だから、今の私は町のゾンビ達に何の命令もできないし、逆に襲われる危険もあるの。」
「じゃあ、真姫がもし噛まれたら女王じゃない普通のゾンビになっちゃうの?」
「ううん、噛まれても怪我をするだけ。でも、何ヶ所もひどく噛まれたら出血多量とか、そんな原因で死んでしまうと思う。」
「さっきローヤルゼリーの話をしたよね。女王候補といっても元々は普通の人間なの。普通の食事の他に特別なものを食べ続けることで、女王になれる身体に変化していくの。」
ふと真姫の目に寂しそうな影が見えた気がした。
「私が転校前に住んでいた村には屍人伝説という言い伝えがあるの。夜になると死んだはずの人間が帰ってくる。でも、生前と同じなのは見かけだけ。蘇った屍人は人の肉を喰らいにくるっていう伝説。」
「伝説というには話が妙に具体的でね。どこそこの誰が屍人になったとか、襲われている様子を何人もの人が目撃していたりね。要はその人間の村にゾンビが潜み続けていたの。」
「だから、村人は夜間の外出は絶対にしなかった。そして、子供にも絶対日が暮れる前に帰ってくるように厳しく言いつけていた。でも、ある日どんぐり拾いに夢中になった私は山の奥に入り込んで迷子になってしまった。」
なるべく淡々と話そうとしているけど、真姫の目にはうっすら涙が浮かんでいた。ムリにはっきりと話そうとする声はかすかに震えている。
「真っ暗な山の中で、優しそうな女の人に出会ったの。屍人だったらどうしようと不安でしょうがなかったから、本当に安心してそのまま気を失ってしまった。目が覚めたときはその女性の家だった。他には若い男の人がいたわ。息子さんかと思ったら旦那さんと聞いて驚いたわ。」
「落ち着いたら、家に帰れると思っていた。でも女の人は私に告げたの。あなたは山で迷って死んだことになっている。今更家に帰っても屍人扱いされるだけだって。」
「もう両親に会えない、友達とも遊べない。悲しくて泣きだした私に女の人は言ったわ。寂しいでしょうけど、私たちがあなたの親代わりになってあげる。だから安心しなさいって。」
「幼い私は仕方なくその家で暮らすことになった。家は本当に山奥で外に出てもどっちが村か検討もつかなかった。それに私が外にでるときはいつも旦那さんが遠くで見張ってたから、村に帰るのは無理だった。」
「もうあずさには予想がついてきたんじゃない?その女性が村のゾンビの女王、旦那さんがゾンビの王だったの。山で迷子になった私は、ゾンビ女王の後継者として育てるためにさらわれたの。」
忘れよう、思い出さないようにしようとしていた真姫の幼いころの悲劇。なるべく冷静さを保ってはいたけど、ついに涙が止まらなくなった。私は真姫の頭を抱きかかえ、そっと撫でた。可哀そうな真姫。両親や友達から引き離され、どんなに寂しかったことだろう。衣食住の心配はないとはいえ、恐らく女王の家では心休まることはなかったろう。
一旦緩んだ真姫の心のたがはすぐには戻らなかった。私の胸の中で、真姫はついにポロポロと涙をこぼし始めた。
「軽はずみに山に入らなければ、母さんとも父さんとも離れずにすんだのに。ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。」
嗚咽をあげながら、真姫は幼い頃に別れた両親、友達、祖父母、学校の先生、その他たくさんの人に謝り続けた。私は真姫の頭を撫でながら、
「しょうがないよ、真姫は悪くない、誰も真姫を責めたりしない。大丈夫、今は私が一緒にいる。真姫の悲しみも寂しさも一緒に受け止めてあげる。」
慰めているつもりが、いつのまにか私も泣きだしていた。
真姫の家に着いた頃はまだ明るかったが、いつのまにか外はすっかり闇に包まれていた。薄暗い部屋の中で私たちは抱き合って泣き続けた。
1時間近く過ぎた頃、
「ごめんね。あずさ。もう大丈夫だから。」
真姫は気丈にも無理に笑顔を作った。
「ごめん、ちょっと顔洗ってくる。」
部屋の明かりをつけて、真姫は洗面所に向かった。きっと私もひどい顔のはずだ。あとで洗面所を使わせてもらおう。でもその前にしておきたいことがあった。
スマホを取り出し、ママのスマホにかける。帰りが遅いのを気にしていたのだろう。ママはすぐに電話に出てくれた。
「あずさ、よかった。無事なんだね。街では妙な事件が起きてるし、電話にも出ないしでどれだけ心配したことか。」
いくらでも話が止まらなそうなママの言葉を無理に遮って。ずっと真姫と一緒だったこと、真姫を一人にしておくのは心配だし、今から外にでるのは危険だから今日は泊まっていくと、素早く伝えて電話を切った。これで家はとりあえず大丈夫。
戻ってきた真姫に自分も顔を洗いたいと頼み、洗面所に向かった。案の定、私もひどい顔だった。真姫の悲しい生い立ちはわかった。でもこれから真姫はどうするつもりなのだろう。
まだいくつもわからないことが残っている。特別な食べ物だけでは女王になれないと、真姫は言った。他の条件はなんなのだろう。その食べ物とはどんなものなのだろう。低級ゾンビが人を襲う理由はなんだろう。
ひとつずつ真姫が説明してくれるだろう。真姫がゾンビの女王でも怖くない。真姫が望むなら命を差し出しても良い。私は真姫の苦しみ、運命にできる限り寄りそうつもりで部屋に戻った。
肆章 目的
部屋に戻ると、真姫が着替えを貸してくれた。
「あずさ、今日は泊まっていくでしょう。今からではいくらなんでも危険すぎるわ。」
「うん、そのつもり。家にも連絡したし。」
「えっ、いつのまに。相変わらずあずさちゃんは油断なりませんなぁ。」
「当然。神出鬼没のあずさとは私のことよ。」
決め台詞とともにふん反り返って見せる。その姿を見て、思わず吹き出す真姫。そして真姫の笑い声に合わせて私も笑った。
思い出したくない過去を話したことで、少しリラックスできたのかもしれない。顔を洗ってスッキリしたのもよい気分転換になったのだろう。
「あずさ、ちょっと待ってて。何か食べるもの用意してくるから。」
言い残して真姫は部屋を出た。
話の続きは気になる。だけど、今は真姫がなにを持ってきて暮れるかを楽しみにしていよう。部屋の隅に置いてあった、ティーン向けのファッション誌を眺めつつ時間をつぶす。
15分ほどして真姫が戻ってきた。サンドウィッチとカップスープ、真姫の手際のよさは、さすがだった。学校にもかわいい自作のお弁当を作って来ていた。母に甘えっぱなしの私ではこうはいかない。食後にはリンゴを剥いてくれた。真姫と二人の食事。惨劇の合間だけどできるだけ頭から追い払い、食事を楽しんだ。
真姫は話の続きをごく自然に始めた。リンゴを半分ずつ食べたあと、真姫はピルケースから錠剤のようなものを取り出した。確かお弁当のあとも飲んでいた。持病の予防薬だと聞いた記憶があり、気に留めるとこもなかった。
「ねえ、あずさ。これ見てくれる?」
真姫はピルケースから取り出したものを、お盆に置いた。楕円形でてんとう虫が丸まったような物体。真姫がそれを裏返すと小さく縮こまった虫の足のようなものが見えた。薬でなくて虫?真姫は虫を食べてたの?
昆虫食は注目されている分野だし、地方によっては特産品のこともある。真姫の故郷にも昆虫食の慣習があったのだろうか。それとも漢方薬か何かだろうか。しかし、真姫の説明は予想を全く超えたものだった。
「これが女王のための食事。1匹ずつ朝昼夜に食べるの。そしてこれがゾンビの本体。ゾンビ虫よ。」
いきなり始まった核心に迫る話に戸惑いつつも、何とかついていく。
「本体ってことは、このゾンビ虫が死体を操っていたの?」
「うん、正解。ゾンビが人間を襲うのは、肉を食べるためじゃないの。ゾンビ虫の卵を植え付けるのが目的。ぎょう虫とかサナダムシとか聞いたことがないかな?」
「それは知ってる。人の腸に寄生する生き物だったよね。」
「そう。ゾンビ虫もそれらと同じ。人間の体内で生きる寄生虫なの。人間の脳に住み着く寄生虫。サナダムシなんかよりよっぽどタチが悪いよね。」
「ゾンビが人に噛み付くのはゾンビ虫の卵を植え付けるため。1回噛まれたくらいで、死に至ることはないわ。ただ、かなり深く噛み付くし、確実に卵を植え付けるため、何度も噛み付くから、出血も多くなる。怪物に襲われる恐怖もあるから、死なないまでも大抵の人は気を失ってしまう。」
ゾンビが人を襲うところを目の当たりにしたのは、真姫も今日が初めてのはずだ。そうでないとショッピングモールでの狼狽ぶりの説明がつかない。逃走中の恐怖をできるだけ思い出したくないのだろう。そして、それは私も一緒だ。だからわざと淡々と感情を込めずに、教科書を読むように真姫の説明は続いた。
「体内に植え付けられた卵は、すぐに孵化して幼虫になる。何ヶ所も噛まれた場合、数匹の幼虫が生まれる。幼虫は血管を通って脳まで進んでいく。でも寄生できるのは1匹だけ。うまく脳までたどり着けない幼虫もいる。複数がたどり着いた場合は、お互いに喰い合って生き残った方が成虫になって寄生する。噛まれた時は生きていても、脳に寄生されたら生きてはいられない。寄生されたときから、その人間はゾンビ虫の操り人形になる。」
聞いていて気持ちが悪くなる。真姫も平静を装いながらも顔色が悪い。
「ゾンビ虫に牡牝の区別はない。宿主の人間が男性でも女性でも同じ。寄生されたら男女の区別なく同じゾンビになってしまう。牡牝別れていたら、牡のゾンビと牝のゾンビがそれぞれ噛み付く必要があるし、近い場所に噛みつかないとうまく受精できない。だから、単一性に進化したんだと思う。」
そこでひとつの疑問が浮かんだ。真姫はゾンビの女王候補だと言った。そしてさらわれた山小屋には、ゾンビの女王と王がいたと言った。その点を質問すると真姫はちょっと驚いたようだった。
「こんな異常な話の中で、質問を見つけるなんて。さすがはあずさ。いつだって冷静で、度胸があって、頭の回転も早い。私の自慢の親友だわ。」
「もうそんな当たり前のことはいいから。質問に答えて。」
なるべく空気が重くならないように、恐怖を思い出さないように、お互いに軽口をたたく。
「群れを統率するのは、女王の役目。テレパシーのような能力で自分の血統を持つゾンビを従わせることができるの。女王がひとりの人間に噛み付きゾンビ化させたとするね。そのゾンビが他の人をゾンビ化させ、また次の犠牲者が生まれる。こうやって多くのゾンビが生まれても、元を辿れば女王に行き着く。これがひとつの群れ。女王は群れのゾンビ全員に命令をすることができる。」
「ただ、女王の遺伝子だけで群れを分けていくと、新女王もその群れもだんだん弱くなるらしいの。そこでいつの頃からか、群れを作るときに新しい遺伝子を組み込めるように女王が進化した。ゾンビの王は新しい遺伝子を提供するための存在。遺伝子を取り込む過程で、王は人間からゾンビに変化する。ゾンビ虫に寄生されたわけでないから、そのまま生きてはいける。でも女王のようにゾンビを操る力はない。」
「私が里を離れたのは新しい遺伝子の提供者、つまり配偶者というか犠牲者を探すため。そしてつがいとなることが、女王になるための最後の条件なの。」
真姫の返答は明快だった。人間でも近親同士の婚姻は避ける。それは倫理的な理由もあるが、強い子孫を残すための知恵だ。下等なゾンビは単一生殖でも、女王が新しい遺伝子のゾンビを作り出すことで、群れの力を強化できるのだろう。
筋の通った明快な真姫の答えは、私の失恋を決定的なものにした。真姫がここにいるのは配偶者を、夫を探すため。同性である私の出る幕はない。
「えーっと、話を続けてもいいかな。」
私の落胆ぶりが真姫を不安にさせたようだ。ダメ、ダメ。最後まで話を聞いて、真姫の役にたつ。そう決めたのだから失恋くらいで気落ちしてはいられない。ちょっと、いやかなり辛いけど、親友のために私は明るく続きを促した。
私の様子の変わり様を訝しげな表情で見つめつつも、真姫も深呼吸をひとつ、続きを始めた。
「ゾンビ虫の役目について説明するね。ひとつは人間に寄生して仲間を増やすこと。そしてもうひとつ、女王の餌になること。これがゾンビ虫の役目。」
「人間に寄生したゾンビ虫は、宿主の身体から成長に必要な栄養を得るの。宿主の身体は死んでいるのだから、そのままでも当然腐敗してゆく。さらに血液や脳漿を餌にゾンビ虫は成長する。ゾンビ虫が内側から喰い荒らすことで、死体の腐敗は早くなる。ゾンビに不気味な姿のものが多いのは、このため。」
「宿主の身体が腐りきって使えなくなると、ゾンビ虫は昆虫のように飛び立って女王の元に戻り一生を終える。さっき見せたのはそうやって使命を終えたゾンビ虫。そしてこれが女王のための特別食。」
「これを食べ続けることで、徐々に体質が変化していく。ソンビ虫に寄生されなくても、人をゾンビ化する力、自分の生み出したゾンビを操る力がついてくる。ゾンビ虫に寄生されているんじゃないから、人間としての知性や体力もそのまま保たれる。むしろ、ゾンビ虫の影響で、普通の人間より身体面は強化され、老化も遅くなる。わたしをさらったゾンビの女王は見た目は40代くらいだったけど、100年以上生きていると言っていたわ。」
「ただし、ゾンビ虫を食べ続けることが条件。ゾンビ虫を食べなければ、人間のように生きていけるけど、徐々に記憶が失われ知能が低下してゆく。今の女王は若い男性を見初め関係をもった後、ゾンビ虫を食べさせなかった。だから人間の機能を保ったままゾンビになったけど記憶も失われ、幼児並みの知能になってしまった。ゾンビの王なんて呼ばれても、所詮は女王のペットに過ぎなかった。」
そこまで一気に話し終えた真姫は、またひとつ大きなため息をついた。
「これが、わたしの秘密とゾンビという怪物の正体と目的。」
「でも、真姫はまだ女王じゃないんでしょ?じゃあ、今日のゾンビ達は何の目的で来たの?今の女王が勢力を広げに来たの?」
「ううん、違うわ。人間として楽しんでいる私への警告だと思う。早く相手を見つけ女王になるようにという。だから、あのゾンビたちは長く町にいることはないと思う。早ければ明日、遅くても数日中には里に引き上げるはず。」
「だから、ちょっとだけ辛抱して、持ちこたえてくれたら町は元に戻る。あずさも今までと同じように学校に通える。」
徐々に真姫の声が小さくなっていった。町は元に戻る。けど、その中に自分はいられない。真姫の説明どおりなら、そういうことだ。真姫がこれまでの生活を諦めて女王にならなければ、また惨劇が襲ってくるだろう。それが予想できて、知らぬ顔で過ごせるほど真姫は自分中心の女の子ではない。いつも周囲の人を思いやる、優しい女の子だ。
伍章 告白
「真姫、ありがとう。辛い話をさせてしまって。いつもの明るい笑顔に甘えて、そんな苦しいことを一人で背負っていたことに気づけなくてごめん。一番の親友と自称していながら恥ずかしい。本当にごめんね。」
俯いた真姫の目からまた涙が落ちた。家族から離されて、女王ゾンビと記憶も知性も失った王ゾンビとの暮らしに楽しい瞬間なんてなかっただろう。自分を助けてくれた女性の真の目的を知ったとき、どんな気持ちだったのだろう。自分が将来。人間を餌として生きる怪物の女王になる運命なんて、容易く受け入れられるはずがない。
今日の惨劇のやり口からもゾンビ女王に情なんて微塵も感じられない。真姫に将来女王ゾンビになることを納得させるために、どんな手口を使ったのだろう。恫喝や暴力は当然のように行われただろう。村の人間の何人かを殺してみせるくらいの脅しもありえる。真姫の大切な人たち全員が、人質だと仄めかせば、真姫も首を縦に振らざるを得ないだろう。
真姫は黙って私の謝罪の言葉を聞いていた。そしてゆっくり首を振って、しっかりと答えた。
「あずさ、違うよ。今まで楽しく過ごせたのはあずさのおかげ。女王になるために、転校してきたとき、私は正直どうにでもなれって、やけっぱちの気持ちだった。だから、誰とも友達となろうとしなかった。嫌われ者になりきることができれば、ゾンビの女王になる気になるんじゃないかと思った。いじめられて人を憎む気持ちになれば、女王になる決心ができるとも思った。それでも女王になる気になれない時は、屋上から飛び降りて死ぬと決めていた。ゾンビ虫のせいで身体が強化されていても、頭から突っ込めば生き残れるはずがないから。」
「でも、みんな優しかった。私が冷たい態度をとっても、そっとしておいてくれた。かといって無視もされなかった。初めての移動教室のときや何かでグループ分けするときは、誰かがいつも私のことを気にしてくれた。」
転校時の真姫は、今とは正反対のツンケンした態度だった。ちょっとムッとしているクラスメイトもいた。だからといって真姫と対立しようとするクラスメイトはいなかった。それも巡り合わせというものかもしれない。
でもそれならなぜ、真姫は自殺を図らなかったのだろう。もちろん、死んで欲しいわけではない。意思が強く、他人思いの真姫だ。1度決心したことを易々と覆すとも思えない。
「あずさ。」
真姫は私の側に座り直した。
「隠し事は全部話したって言ったけど、本当はもうひとつあるんだ。」
これ以上の辛い運命を抱えているのだろうか。わたしは気持ちを引き締めて真姫に答える。
「遠慮しないで何でも言って。約束したでしょ。私は真姫の味方。できる限り力になる。」
真姫は少し安心したような表情を見せながら、でも緊張した様子でもう1度私を呼んだ。
「あずさ。」
「うん、ちゃんと聞いてる。なんでも遠慮しないで話して。」
よほど話しにくいことなのか、逡巡しながら少しずつ少しずつ勇気を絞り出しているようにみえた。わたしは真姫の手を取って、笑顔でうなづいてみせた。安心してほしい、信じてほしい、頼ってほしい。そんな気持ちを込めて真姫の顔を見つめた。
「あずさ。子供時代のほとんどゾンビ女王の元で過ごした私には、友達が一人もいなかった。女の子はもちろん、男の子は転校して、クラスに馴染むまで話しをしたこともなかった。ゾンビ女王を憎むことはあっても、離れた家族のことは心配だったけど、誰かを好きになったこと経験は全然なかった。」
真姫の言うことはよくわかる。過酷な生活を続けてきたのだ。好意や愛情なんて暖かな気持ちを感じることは一切なかっただろう。
そこから何を言おうとしているのか、話の展開の予想がつかなかった。だから、真姫が次に口にした言葉の意図が、一瞬理解できなかった。
「あずさ。あなたは私の一番の理解者。あなたを巻き込むのは、身を切るように辛い。でもわがままを承知の上で、あなたにお願いしたい。」
「あずさ。私と結婚してください。」
真剣な目でわたしの顔を見つめる真姫。決して冗談を言っているはずはない。でも、真姫と結婚?真姫はゾンビ王の候補を探すのじゃないの?
私は真姫のことが好き。でも今日の惨劇と真姫の告白を聞き、失恋したと思っていた。でも、いきなり結婚?しかも女の子同士で。それが、事件とどういう関わりがあるのだろう。真姫と両思いだったことは素直に嬉しい。結婚という一足飛びの申し込みは思い出づくりのためかもしれない。
大きく深呼吸して、真姫に尋ねる。
「真姫、わたしもあなたのことが大好き。心から愛してる。」
「でも、この事件とわたしとあなたの結婚がどう関係するのかがわからない。もし、思い出づくりのためで、その後自殺するとか、私の前から去ってどこかでゾンビの女王になるつもりなら、そんなのは絶対に許さない。私は最後まであなたの力になる。絶対に真姫をひとりにしない。」
「あずさ、ありがとう。私は誰の愛も知らないで育った。一目惚れだったんだよ。初めからあなたのことが気になって仕方がなかった。だからあずさが私が孤立しないように、さりげなくいろんな人に声をかけていたことにも気がついた。」
「あずさは優しくて、細かなことにも気がついて、誰とでも公平に接することができる人。ゾンビの女王は、人間なんて餌以外の価値はない身勝手な生き物だと、私に言い続けてきた。でも、それは全部嘘だった。目の前に、こんなに他人のことを気づかえる人がいる。」
「あずさと親しくなりたい。あずさのような人になりたい。だから思い切って、あなたに話しかけたの。不器用で、今思い出すとすごく恥ずかしい。でもいつも嫌な顔ひとつせず、私の相手をしてくれた。あずさを見習うように心がけたら、クラスのみんなとも仲良くなれた。あずさが私に素晴らしい青春をくれたの。あずさはかけがえのない恩人。そして私が愛するただ一人の人。」
目に涙を浮かべながらも、はっきりとした口調で真姫は思いの丈をわたしにぶつけてくれた。そんな風にみてくれてたんだ。ずっと両思いだったんだ。うれしさで私の目頭も熱くなる。
私たちは抱き合ってお互いのぬくもりを確かめ合った。大好きな真姫が腕の中にいる。大好きな真姫に抱きしめられている。わずかな時間、私たちは幸せを分かち合った。
そっと真姫が離れた。そしてもう1度、今度はより具体的に私に願いを告げた。
「愛してます。あずさ。どうか私と結婚してゾンビの王になってください。」
陸章 女王
「今の女王は若い男と関係をもったって、それはその、そういうことをしたっていうことだよね。私たちは女同士だよ。そういうことってできないんじゃないの?」
ゾンビの王になって欲しいという願いにも驚いたけど、そもそも可能なのかどうかが先に気になった。そしてもうひとつ。結局真姫は女王となり、人間の敵になると決めたのだろうか。
「女王が王を必要とする目的は、新しい遺伝子を取り入れること。人間のカップルのように子供をつくるわけではないから、性別は関係ないの。あずさの遺伝子情報を、分けてもらうことで私は女王になれる。そして、女王はゾンビ虫なしで人をゾンビ化できる。だから、あずさも今の知性、記憶を維持したままゾンビの能力を得ることができる。」
「遺伝子情報を分けるってどういうこと。具体的に何をすればいいの。」
「簡単なことよ。相手の身体が作り出したものを食べるか、飲むかするだけ。例えば、血液を飲むとかでもいい。でも、舐める程度じゃダメ。ある程度の量が必要だから。だから私はあずさと唾液を交換したい。簡単にいえば飽きるほどキスがしたい。」
真姫とのキス。それも濃厚なキス。それで私と真姫の結婚が成立する。ただし、ゾンビの王と女王として。例えゾンビになっても真姫と結婚できるなら後悔はない。
「わかった。真姫のプロポーズを受けるわ。私は真姫と結婚する。」
瞬間、真姫の目に喜びの色が浮かぶ。
「結婚してあずさがゾンビの王になったら、あずさもゾンビ虫を食べなくちゃいけない。そうしないと、今の王のように記憶と知能を失ってしまうからね。気持ち悪いけどサプリだと思って噛まずの飲むのがコツよ。」
「女王になっても、配下のゾンビが増えないと十分なゾンビ虫が確保できないから、その間の分として余分に用意してあるの。二人で食べても数ヶ月は大丈夫。でもそれがなくなっても、私はゾンビ虫を育てるつもりはない。」
ゾンビ虫を育てない?ゾンビ虫は女王になるための餌であると同時に、記憶や知能を維持するために必要だと真姫は言った。
「ゾンビ虫を育てないってことは、もうゾンビ虫を食べないってこと?これから先、私たちは体の大きな幼児として生きていくっていうこと?」
真姫は何かを企んでる。幼児化して女王の運命も人の責任も放棄するような無責任なことを考えるなんて絶対にしない。幼児化するつもりなのかと質問しながら、私は別の答えを期待していた。
「ゾンビ虫のある数ヶ月のうちにやりたいことが、ううんやらなくてはならないことがあるの。新たな女王と王として力を貸して欲しいの。」
さっきまで泣いていた真姫だが、今はもう泣いていない。それどころか、強い決意を持ったはっきりした口調で、私へ決意を告げている。
「真姫教えてくれる?そのやらなくてはならないことを。実を言えばちょっと予想はついてる。でも、ハッキリ真姫の口から決意を聞きたい。」
「ふふっ、勘のよさもあずさらしい。それとも、前から一心同体だったのかな。」
大事な話の前に冗談をはさむのは真姫の癖だ。そしてそれに付き合うのも私の癖だ。
「もう、私たち婚約したんでしょ。一心同体だからに決まってるじゃない。」
「そうだよね。婚約者かー。いい響きだなー。奥さんとか妻っていうよりロマンチックな雰囲気がするよね。」
真姫の脱線が止まらなくなってきた。ここはビシッとしめなくては。婚約者として。
「もう、真姫。脱線もほどほどに。やらなくてはいけないことがあるんだよね。」
夢見る乙女になりかけてた真姫の表情が引き締まる。
「ごめん、あずさ。喜んでいる場合じゃなかったね。私がやらなくてはならないことは…」
真姫が言いかけたところで、右手で軽く口を塞いだ。勢いを削がれて呆気にとられる真姫に提案する。
「待って真姫。私もゾンビの王になったらやらなくてはならないと思っていることがある。それはきっと真姫と同じのはず。だからせーのっで一緒に言おう。」
「わかった。もう王の自覚が芽生えてたか。嬉しいよ。あずさ。じゃあ、言うよ。せーのっ!」
『ゾンビの女王を倒す!!』
二人の声がきれいに揃った。人間の力では下級ゾンビの1、2体ならまだしも女王相手では勝ち目はない。だけど、同じ女王の力を持つ真姫と私が力を合わせれば不可能じゃない。向こうも王がいるが、幼児並みの知能ならきっと何とかなる。若い男のゾンビだ。力では敵わないが、うまくだまし討ちできる可能性もある。
女王ゾンビは特に戦闘経験があるわけでもないだろう。中年女性とスポーツ万能の真姫と体力十分の私が揃えばこちらが有利なはず。
向こうもまさか反逆されるとは思っていないだろう。ゾンビ虫が持つ間に計画を練り、格闘術や武器の扱いの練習をすれば、それだけ勝ち目が増える。
ただその後は私たちは記憶を失い、知能も失ってしまう。ううん、女王を倒したら記憶がしっかりしているうちに真姫と心中なんてのもいいかもしれない。
私も家族を裏切ることになる。でも、多くの人間を将来に渡って救うことができるのだ。それも真姫と一緒に。
自分の将来がこんなに急展開するなんて思わなかったなあ。真姫と同じ大学に進むのだと思っていた。遠方の大学を選んで二人で一緒の部屋を借りることを夢見たこともあった。真姫への恋が実るとは思っていなかったから、きっと生涯独身だろうなと想像していた。真姫はきれいな花嫁になるだろう。結婚してもたまに一緒に旅行とかできないかな。
そんな夢は本当に夢に終わってしまう。でも、絶対に叶わないと思った真姫への恋が実った。そして、もうすぐ王と女王として結婚する。ただちょっと予想外なのはゾンビとしてというところかな。
いろいろなことが頭の中を駆け回る。ふと真姫が不安そうな顔で私の顔を覗き込んでいることに気づいた。
「あずさ、大丈夫。やっぱり嫌になっちゃった?」
「ううん、そんなわけないじゃない。ごめん、ちょっといろんなことがあったから疲れたのかな。」
「そうだよね。私もなんだか疲れちゃったかな。そろそろ寝る支度しようか。あずさのお布団用意するから先にシャワー行っていいよ。」
「うん、ありがとう。」
シャワーを浴び、1日の疲れを落とす。考えてみれば大逃走劇で汗びっしょりだった。
「着替え置いとくねー。私の下着だけどまだ未使用だから使って」
「ありがとうー。甘えるね。」
用意してくれた下着をつけ、真姫のパジャマを借りる。
「じゃあ、私もシャワー行ってくるね。先に寝ててもいいよ。」
入れ替わりで真姫がお風呂場へ向かう。部屋には真姫のベッドの横に布団が敷かれていた。
せっかく温まったことだし、お言葉に甘えて布団に潜り込む。すぐ眠くなるかと思ったが、不思議と目が冴えてしまった。
「あれ、まだ起きてた?」
真姫がシャワーから戻ってきた。ほんのりボディーソープの香りがする。
「明日から忙しくなるわ。計画練ったり、身体も鍛え直さなきゃ。あと、油断させるために、女王に相手を見つけた。近いうちに女王の資格を得るって連絡するわ。少し時間差をつけておいた方が向こうも警戒が緩むと思うし。」
「そうだね。私も王としてしっかり真姫を守らなくちゃ。」
「そうだよー。頼りにしてるからね。あずさ。じゃあ、灯り消すね。おやすみ。大好きなあずさ。」
「おやすみ、愛する真姫。」
部屋が暗くなっても一旦冴えた頭は睡眠モードに切り替わってくれない。
「うーん」寝返りをうつとき思わず声が出てしまった。真姫が起きなければいいけど。なるべく静かにじっと睡魔の訪れを待つ。
そのときベッドから真姫がもぞもぞ動く気配がした。真姫も眠れないのかな。と思った次の瞬間。真姫はベッドから滑り降り、私の布団に潜り込んできた。ふわっと香る真姫の匂いにドキドキする。
「ど、どうしたの真姫。さみしいの?」
動揺しつつ尋ねると真姫は両手で私の頰をやさしくはさんだ。真剣な声で真姫が告げる。
「大事なことを忘れてた。」
「何、遠慮しないで言って。あ、電気つけようか。」
私の返事に真姫はひとこと。
「私たちの結婚式。」
真姫の唇が私の口を塞ぐ。
甘く、暖く、優しい、初めてのくちづけ。深く、官能的で、永遠にも感じる長いくちづけ。閉じた目から涙が流れる。大切な真姫。愛する真姫。
絶対に希望を叶えてみせる。決意を新たにしつつ、私たちは何度もくちづけを交わした。
漆章 終幕
「ああ、七海さん。例の患者さんたちの様子はどうですか?何か思い出した様子とかないですか?」
白衣の中年医師が、すれちがった年配の女性看護師に話しかけた。
「変わりなしというところですね。三国先生。健康面はいたって問題ありません。ただ記憶が失われていて、家族や学校の先生こともわからないこと、知能指数が5歳児レベルに低下している、問題はこの2点だけです。」
七海と呼ばれた看護師はテキパキと質問に答える。経験豊富な彼女は、後輩看護師からの信頼も厚い。対応の難しい患者を任されることも少なくない。
三国医師が重ねて尋ねる。
「同じ高校の生徒でしたよね。」
「ええ、私立S学園高校の1年生です。その二人がどういうわけで、N県の山小屋火災の現場に倒れていたのか、ご家族も担任の先生方も全く検討がつかないみたいです。食事、トイレなど日常生活がちゃんとできるだけでもよかったです。」
七海看護師が答える。
「了解、ありがとう。医学的にも原因不明の脳機能障害か。やけどがきれいに治っだけでも恩の字ですね。あとは落ち着いたところで知的障害者施設かグループホームか、行政担当者と相談ですね。」
「そうですね。ただ…。」
「ただ…、なんです?」
「二人とも離れたがらないんです。一人だけ検査に連れて行こうとすると、揃って泣き出す始末で。幸い二人一緒なら聞き分けもよいので、一人だけ検査する場合でも視界に入っていればおとなしくしてくれます。」
七海看護師は心配そうに続ける。
「施設やグループホームが二人一緒に受け入れてくれればいいんですけど。」
「そうだなぁ。診断書に要注意事項として記入しておくよ。情緒安定のために揃って行動させることが必要だって。」
「お願いします。三国先生。本当に仲良しでお互いを信頼しきっているんです。その様子はまるで天使が遊んでいるような愛らしさなんです。その二人を離すなんてとてもかわいそうで…。本当によろしくお願いします。」
一礼して、七海看護師は立ち去った。
「それにしてもよくわからない事件だなぁ。」
三国医師は白衣のポケットから新聞記事の切り抜きを取り出した。よほど気にかかっているのか、どうしても処分できずに持ち歩いている。
「少女二人奇跡の生還」切り抜き記事の見出しだ。
近隣住民も立ち入らない山中から、火のようなものが見えると119番通報。消防車の立ち入りが不可能なため、消防へりを数機導入し消火活動を行う。付近への延焼は防いだが、山小屋は全焼。警察、消防は山道を切り開き、火災発生の三日後に現場に到着。焼け跡からは中年女性と若い男性と思われる遺体、多数の白骨、そして全身にやけどを負った少女二名を発見。女性と男性の遺体には刃物で切ったり刺されたような傷跡、鈍器で殴られたような傷跡が多数見られた。やけどを負った少女たちには、獣に噛まれたような傷やいくつもの打撲痕が確認された。一時は少女たちも絶望的と思われたが、ドクターヘリによる緊急対応が功を奏し、一命を取りとめた。
ざっと記事に目を通した三国医師は、窓から外を眺めた。先ほど七海看護師と話した少女たちの、リハビリの様子が目に入ったからだ。
ひどい全身やけどによる皮膚のつっぱりや療養中の筋力低下でリハビリテーションが必要と判断し、治療計画を立案したのは三国医師である。その三国医師の予想をはるかに上回る回復力で、彼女たちのやけどは完治した。それもほとんど跡を残さず。リハビリテーションも本来は数週間後から開始する予定だった。しかし、今の様子を見ているとそれもほとんど不要に見える。
少女たちは付き添いの看護師の呼びかけにも応じず、自由に二人で追いかけっこを楽しんでいた。
「彼女たちは何者なんだ?」
思わずつぶやかずにはいられない。
奇妙な事件の生き残り。常人なら絶望的なレベルのやけどからの早期回復。しかも重傷のまま3日も焼け跡に倒れていたのに、だ。そのまま息を引き取っても不思議でない。いや、むしろ生きていることが異常なレベルだ。そして、リハビリテーションを必要としないほどの回復力と運動能力。
記憶を失った、幼児のように無邪気な二人の美少女。一見微笑ましく見える二人の笑顔が、三国医師には解剖実習で見た死体のように思えた。
了
大変お時間を頂戴いただき、お読みいただいたこと感謝します。スキ、フォロー、コメントなどいただければ、ゾンビに噛まれても蘇ります。
本質的に内向的で自分勝手なわたしですが、世の中には奇人もいるものだなぁーと面白がってもらえると、ちょっとうれしい。 お布施(サポート)遠慮しません。必ずや明日への活力につなげてみせます!