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自己紹介④|最終回|長野移住&夫婦で同時に脱サラ起業。 私の履歴書《移住・起業編》

 この記事をお読み頂きありがとうございます。
 長谷川嵩(はせがわ たかし)と申します。

 前回のnote記事では、自己紹介シリーズの第3弾として、東京でのサラリーマン生活について触れました。広告業界での下積みから始まり、音楽業界への転職を経て全国のコンサート会場を駆け巡り、再び広告業界で働くまでの道のりを振り返りました。

 今回は、順調に積み上げてきたキャリアを捨てて、長野への移住を決意した後の経緯、そして起業に至るまでの「私の履歴書《移住・起業編》」についてお話しします。


移住準備の開始

移住を決めた後は、全てのプライベートな時間を移住準備に注ぎました。そしてとにかく目標に向けて急ピッチで動くことを意識していました。

考え方

 移住先を決めるにあたって、私は単に両親が地元にいる、あるいは昔からの友人が多いといった理由だけでUターン移住をすることは考えませんでした。私が移住先を決める際に最も重視したのは、自分自身が納得できる選択をすることでした。これが私と妻の人生において最も重要なことだと考えていました。

ふるさと回帰フェアの会場風景

全国の移住先調査

 最初に取り組んだのは移住先の選定です。私が行ったことは、有楽町にあるふるさと回帰センターへの訪問、東京国際フォーラムで開催された移住促進のイベントであるふるさと回帰フェアへの参加、長野県のアンテナショップ銀座NAGANOへの訪問などでした。最終的には、長野県蓼科への移住が最良の選択と確信するに至り、私が育った村ではなく、その隣町への移住を決めました。

意見の違いも乗り越えて

 幸いにも、妻と私の間では価値観の違いがあっても、相談し、話し合い、理解し合うことで共通の目標に向かって進む関係を築けていました。そのため、今回も激しい議論を重ねながら、最終的には双方が納得の上で移住先を決定することができました。


移住に向けた転職活動

就職氷河期の経験が活かされた

 大学新卒の時、私は就職氷河期の最後の世代とされていました。当時、私はマスコミ志望で、大げさでなく60社ほどにエントリーシートを送ったことを覚えています。
 その経験を活かし、今回の移住に伴う転職活動でも"とことんやってやろう!"と決意しました。転職エージェントにはどんどん声をかけ、気になる企業には直接電話をして履歴書を送り、面接を行ってもらいました。
 結果的には地元の広告会社を含む複数社から内定をもらい、就職先を選べる状況を作り出すことができました。

我が家の保護猫


東京の会社を退職

 内定が複数取れ、転職活動に納得できたタイミングで退職の意向を会社に伝えました。先輩方からは理解を得られ、大きなトラブルもなく、スムーズに引き継ぎと退職が進みました。飛ぶ鳥跡を濁さず、心地よく新しいステージへと進むことができました。

有休消化期間に、新婚旅行と移住

 妻も私と同時に東京の職場を退職しました。しかし、彼女は当面は専業主婦として過ごすことを選び、新たな転職先を探すことはありませんでした。
 そこで、次のミッションは有給休暇の期間を含めた2ヶ月間で完全に移住を終えること、そして忙しさから後回しになっていた新婚旅行に行くこととなりました。
 結果としては無事に新婚旅行を楽しんだ後、無事に引っ越しを済ませ、長野県への移住を完了することができました。

我が家の保護猫


長野での転職

 私が選んだ転職先は、飲食店や美容サロンなどの店舗プロデュースから施工までを一貫して手がける一級建築事務所でした。
 その当時の社長から、「もし奥さんが仕事を探してるなら、ウチで一緒に働いてはどうか」というありがたい提案を頂戴し、結果として妻も私と同じ会社で働くことになりました。

 この辺、結構驚かれる方もいるかもしれませんが、夫婦で同じ会社に転職し、働いていたということです。ちなみにこの会社にはそのような夫婦の前例がいくつかあり、珍しいことではなかったようです。

 転職先の会社では、東京で培った経験を活かす形で業務うことができました。新規開拓営業とプロジェクト管理が主な業務でしたが、採用活動や人事評価システムの導入、顧客管理や工程管理システムの導入に向けた社内調整、社内イベントの企画運営、広報、映像制作、軽作業スタッフの手配管理、オウンドメディアの立ち上げ等、かなり幅広い業務を担当しました。

仕事への意識の変化

 会社で働く過程で様々なことがあり、仕事に向かう意識の変化がありました。

"全ての責任を自分が背負い、自由に判断できる立場になりたい。
そうすれば、私自身が納得するまで仕事をして、
クライアントに対して自信を持ってサービスを提供できるはずだ。"

という思いが日々強くなり、起業への道を進む決意が固まっていきました。もちろん、起業へと進む多くの理由や思いがあったのですが、もしそれらを絞るとすれば、これが最も重要なものでしょう。
 この思いに至る背景をここで詳細に語ることは難しいです。一言で表現すると「自己決定」、つまり自分の意志で最終的に起業への道を選んだという事実が最も大切だと思います。

この頃、愛犬も家族に加わりました(子犬時代)

夫婦で励む自己投資

 一度決めたらすぐに行動する私は、次なるチャレンジにワクワクが止まらない状態になりました。オンラインビジネススクールに通ったり経営に関する書籍や動画を見たり、先輩方に相談に東京まで行ったりと、自己投資を重ねていました。
 その頃、妻も家に帰るとひたすらパソコンに向かって学んでいました。地方への転職で収入が減り、生活は厳しいものでしたが、有料の教材を買い集め、オンラインスクールで学ぶなどして、クリエイティブ関連の知識を血眼になり身につけていました。

 私たちは仕事以外の時間を全て起業の準備に費やし、決意を形にするために全力で走りづつけていました。


長野で会社を退職 

 最低限の準備と決意が固まり、私たちは勤めていた会社に退職を申し出ました。有給休暇を消化した後、退職という形になりました。住宅ローンの返済が始まったばかりの中で、夫婦での同時脱サラは大きなリスクでしたが、根拠のない自信やる気が不安を上回りました

使い古したノートパソコン1台とボロボロの机で起業


法人設立へ

 会社の具体的な設立フローなどはまた別の機会にご紹介するとして、退職と同時に法人登記が完了し、新たなスタートを切ることになりました。
 今年で4期目を迎えます、色々とありましたし、これからも色々とあるでしょう…。でも、毎日の仕事が楽しく、そしてやりがいに満ちクライアント様のありがとうの数だけ私は幸せになれています。

愛犬との朝散歩コース

感謝の心を忘れずに

 現在も会社が安定して経営できているのは、私たちを育ててくれた家族、先輩、そして何より仕事をご発注くださるクライアント様のおかげです。常にこの感謝の気持ちを忘れずに、起業直後の熱意と同じ熱量で、これからも邁進していきたいと思っています。

最後に

 長くなってしまいました自己紹介にお付き合いいただき、ありがとうございました。これからも、移住や転職・起業、広告ビジネスなどについて発信して参考になる情報を提供できればと思います。

これからもよろしくお願いします!!

妻との仕事風景@オフィスにて


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