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【第3回】意図しない妊娠を避ける最後の手段“ 緊急避妊薬”(後編)

執筆:遠見才希子(えんみ・さきこ)筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医

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安易な緊急避妊? 医療者にジャッジする役割はない

 「性暴力にあった方たちというのは本当に緊急性が高いので、今すぐにでも何らかの対応を取らなければいけないと思うのですけれども、そうではない方たちには…」
 これは、昨年の厚生労働省のオンライン診療に関する検討会での医師の発言だ。この後、性暴力被害の緊急避妊はよいけれど、それ以外は安易に手に入れやすくしてはならない、というような議論が続いた。
 前回触れたとおり、性暴力の被害を相談できないケースは多く、海外のように「性的同意のない性行為は性暴力」という認識が一般的に乏しい日本では、被害を認識できないケースもある。表面的な理由や態度で安易かどうかジャッジすることなんてできない。私たち医療者は、その人の人生のごく一部しか見られないし知りえないのだから、その人をジャッジして薬へのアクセスを差別する役割なんてない。どんな人にも世界標準の安全な方法で薬を提供し、健康を守ることが役割なのだ。当然ながら、医療は罰ではない。しかし、困ったときに必要なタイムリミットのある薬が手に入りにくいという日本の現状は、罰ゲームさながらといえるかもしれない。

激務の夜間救急…「緊急避妊なら待たせといて!」

 「医療者によるジャッジはあってはならない」というのは、私自身の戒めでもある。今では、緊急避妊薬を手に入れづらくしている社会に問題があると理解し、受診した人には「ここまでたどり着いてくれてよかった。こんなに高くて入手しづらい状況でごめんなさい」という気持ちで診療にあたっているが、以前は違った。当時、私は駆け出しの産婦人科医として激務の日々を送っていた。ある日の当直、分娩や救急対応に一晩中駆け回り一睡もできずに日が昇った早朝、「緊急避妊の方が救急外来にいらしてます。あと2時間で通常の外来が始まるので、待っててもらいますか」と看護師から電話が入った。疲労困憊だった私は、「緊急避妊!? それなら待っててもらってください」と電話を切った。しかし、2時間後の外来に彼女の姿はなかった。もしかしたら、仕事や学校を急遽遅刻することができなかったのかもしれない。もしかしたら、性暴力被害にあって勇気を振り絞って来たのに、診てもらえなくて傷ついたのかもしれない。そのせいで緊急避妊薬をあきらめてしまったかもしれない…。
 悪いのは緊急避妊薬が必要になった人ではなく、時間と高額な費用を捻出して受診しなければならないというシステムだ。

新型コロナの今こそ日本が変わるとき

 新型コロナウイルス感染症対策に伴う外出自粛や長期休校の影響で子どもたちの生活は一変し、若年層の妊娠に関する不安の相談が増加したと報道されている。「コロナで休校になって恋人と過ごす時間が増えてセックスをした」「外出自粛で自宅にいる時間が増えて家庭内での性虐待が酷くなった」「コロナでバイトができなくなりパパ活をした」という中高生の声や、「休校が明けたら、妊娠した生徒や性のトラブルにあった生徒が多く出たのでどうしても性教育講演会を行いたい」という教員の声が私の元にも届いている。
 世界中が新型コロナウイルス感染症の危機にさらされ、早い段階でWHO(世界保健機関)は「OTC 化(薬局販売)の検討を含め、緊急避妊へのアクセスを確実にすること」を世界各国に提言した。FIGO(国際産婦人科連合)は「避妊と家族計画は、新型コロナウイルス感染症の危機下であっても健康管理に不可欠なものであり、それらのサービスへアクセスすることは基本的な人権である」と声明を発表した。さらに、世界59カ国が賛同する「新型コロナウイルス感染症危機下においてセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツ(性と生殖に関する健康と権利)を擁護し、ジェンダーに基づいた対策の促進を求める」共同プレス声明に、日本も賛同した。世界中が劇的に変化する今こそ、日本もアクションを起こすべきときがきたのだ。

「緊急避妊を薬局でプロジェクト」に大きな反響

 日本のセクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス&ライツに付随する問題は山積しているが、まずは、緊急避妊薬へのアクセスを世界標準にすることが突破口となると考えている。そこで私は、仲間とともに2020年7月、「緊急避妊薬の薬局での入手を実現する市民プロジェクト」を立ち上げ、25の市民活動団体に賛同いただいた要望書と、緊急避妊薬へのアクセス改善を求める67,000人の署名を厚生労働省に提出した。
 要望書には、緊急避妊薬が適切に使用されるための性教育の充実や、現行の診療体制の強化、検討会に女性や、女性の背景や心境を理解した民間の人を入れること(昨年の検討会は構成員12人中、女性は1人であった)、医師の処方箋の必要なく緊急避妊薬を薬局で購入できるようにすることを盛り込んだ。この動きに対し、日本産婦人科医会の副会長が「日本では若い女性に対する性教育、避妊も含めてちゃんと教育してあげられる場があまりにも少ない」「“じゃあ次も使えばいいや”という安易な考えに流れてしまうことを心配している」と発言したことがNHK のニュースで取り上げられ、大きな反響を呼んだ。

緊急避妊薬で人生が変わったという女子高生

 緊急避妊薬を求める女性は安易な気持ちなのだろうか? 緊急避妊薬が必要となる理由はさまざまだが、女性たちはみな、不安や焦りを抱えながら「妊娠をどうにか防ぎたい」「早く緊急避妊薬を手に入れたい」という気持ちでいるのではないか。
 緊急避妊薬を処方する場が説教になっていないだろうか? 大切なのは説教ではなく、適切な情報提供をして、選択肢から女性が自己決定できるようにすることだ。緊急避妊薬を飲んだ翌日から低用量ピルを内服して継続的に避妊する選択肢はもちろんあるが、すべての人がそれを望むわけではない。無自覚なパターナリズムが人を傷つけることもある。
 緊急避妊薬が話題になり、Twitter には多くの投稿があった。ある女子高生のツイートが目にとまった。
 「私はこの薬に出会えたから妊娠せずに学生を続けられています。でも出会えたのは、偶然が重なったから…手に入ることが偶然なんかじゃいけないはずなのに。緊急避妊薬は女性にとって避妊の最後の砦です。どうか誰の手にも平等に届く薬であってください」
 どうかこの声を大切にする社会であってほしい。彼女の声を聞いた私たち大人は何をすべきだろうか。

緊急避妊薬のスイッチOTC化議論再開が決定

 2020年12月、政府は第5次男女共同参画基本計画において、緊急避妊薬を処方箋なしで薬局で取り扱うことを検討することを明記した。パブリックコメントで緊急避妊薬へのアクセス改善を求める若者の声が多く届けられたことがきっかけになった。
2021年5月、緊急避妊薬の薬局での入手を実現するプロジェクトは、厚生労働省に緊急避妊薬のスイッチOTC化の要望申請を行い、今年度、議論が再開することが決定した。科学的根拠に基づき、権利の枠組みのなかで緊急避妊薬のスイッチOTC化が日本でも実現することを期待する。
次回は、“「寂しい」からセックスする若者たち”についてお話しする。

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似顔絵:大弓千賀子
【著者プロフィール】遠見才希子/ えんみさきこ:筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医。1984年生まれ。神奈川県出身。2011年聖マリアンナ医科大学医学部医学科卒業。大学時代より全国700カ所以上の中学校や高校で性教育の講演活動を行う。正しい知識を説明するだけでなく、自分や友人の経験談をまじえて語るスタイルが“ 心に響く” とテレビ、全国紙でも話題に。2011〜2017年 亀田総合病院(千葉県)、2017年〜湘南藤沢徳洲会病院(神奈川県)などで勤務。現在、大学院生として性暴力や人工妊娠中絶に関する調査研究を行う。DVD 教材『自分と相手を大切にするって?えんみちゃんからのメッセージ』(日本家族計画協会)、単行本『ひとりじゃない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)発売中。

※本記事は、
『小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです。

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