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【第2回】意図しない妊娠を避ける最後の手段“緊急避妊薬”(中編)

執筆:遠見才希子(えんみ・さきこ)筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医

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緊急避妊薬購入のハードルを「下げる」海外

 もし恋人とのセックスでコンドームが破れてしまったら? もし低用量ピルの飲み忘れにセックスのあとに気づいたら? もし知人からレイプされてしまったら?
 そんなとき、意図しない妊娠を防ぐ最後の手段となるのが緊急避妊薬(通称:アフターピル)だ。緊急避妊薬が必要となる人は、特別な人というわけではない。100%の避妊法は存在しないため、どれだけ正しい知識をもって気をつけていたとしても、避妊の失敗や性暴力被害など万が一の事態は誰にでも起こり得る。緊急避妊薬の妊娠阻止率は、セックスから24時間以内の内服であれば95%、24〜48時間は85%、48〜72時間は58%である。タイムリミットがあり、かつ早く飲むほど効果が高いという特性があることから、入手にあたっての障壁は可能なかぎりなくし、迅速にアクセスできるようにする、というのが世界のスタンダードな考え方だ。
 緊急避妊薬は、WHO(世界保健機関)の「必須医薬品」に指定されている。これは、人口の大部分のヘルスケア上のニーズを満たすものであり、個人やコミュニティが入手できる価格であるべき薬のことだ。つまり、特別な薬ではなく、安く、簡単にアクセスできる薬でなくてはならないのだ。WHO やFIGO(国際産婦人科連合)は、思春期を含むすべての女性が安全に使用できる薬であり、医学的管理下におく必要はなく、薬局カウンターでの販売が可能としている。実際、海外では約90カ国において緊急避妊薬を薬局で数百〜数千円で購入できる。なかには無料配布している国や、学校の保健室や自動販売機で入手できる国もある。

緊急避妊薬購入のハードルを「上げる」日本

 一方、日本において緊急避妊薬は医師の診療と処方箋が必要であり、保険適用はなく自費で約6,000円〜20,000円と高額を要する。産婦人科以外(救急科、内科、家庭診療科、最近では自由診療を行う美容クリニックなど)でも処方されているが、実際は産婦人科の院内在庫による処方が大部分を占める。
 なぜ日本では高額なのだろうか? 2011年、製薬会社は「医師の意見や開発期間を考慮した」と会見した。医師から「悪用を避けるため」という意見があったといわれている。悪用を避けるためにハードルを上げたにもかかわらず、現実にはSNS に「アフターピル1,500円で売ります」という書き込みが頻発し、安全性の担保できない薬が売買されたり、フリマアプリを通じて外国製の緊急避妊薬を無許可販売した男性が逮捕されるという社会問題にまで発展してしまった。
 なぜ、このような裏のルートで緊急避妊薬を求めてしまう人がいるのか? これは費用的ハードルの問題だけではない。診療に対する抵抗感という心理的ハードルや、「病院が遠い」「学校や仕事を急に休めない」などの物理的ハードルもあるだろう。緊急避妊薬を知っていても、これらのハードルを越えられず入手をあきらめてしまう人も存在する。病院やクリニックよりも身近な薬局で緊急避妊薬が安く手に入る国では、こんな問題は生じないだろう。ハードルを上げたことが日本の今の状況を生み出したと考えられる。

「若い女性は知識がない」「悪用するかもしれない」

 このような現状を打破しようと、2017年に緊急避妊薬のスイッチOTC(薬局販売)に関する議論が厚生労働省で行われた。日本産科婦人科学会や日本産婦人科医会などの専門家団体は、「緊急避妊の成否を女性が判断することが困難」「性教育が遅れている」「悪用や濫用の懸念」などを理由に反対し、パブリックコメントでは9割以上が賛成だったにもかかわらず、緊急避妊薬のスイッチOTC は否決された。そして、2019年に厚生労働省で開催された緊急避妊薬のオンライン診療に関する検討会では、「緊急避妊の成否は、高度の内分泌の知識を持った人間(つまり産婦人科専門医)にしか判断できない」「若い女性は知識がない」「若い女性が悪用するかもしれない」「(緊急避妊薬のオンライン診療の対象を)性被害者だけに絞ってはどうか」というような、耳を疑う発言が飛び交った。結果として、緊急避妊薬のオンライン診療は厳しい要件付きで認められた(現在は、新型コロナウイルス感染症の影響によって、特例的時限的取り扱いが行われている)。
 私はこれらの専門家の発言に大きな疑問をもっている。まず、緊急避妊が成功したかどうかは、月経が来ること、または、性交渉から約3週間後に市販妊娠検査薬により、陰性を確認することでわかる(薬の作用により不正出血を生じることがあるので月経での判断が難しい可能性があるため、市販妊娠検査薬で確認することが確実である)。月経が7日以上遅れる場合や、妊娠検査薬で陽性が出た場合などは、産婦人科を受診する。性教育の問題と、緊急避妊薬へのアクセスの問題は別問題として考え、両輪で推進すべきである。「性教育が先だ」と言いながらも、それをどのように推進し評価するかという議論はなかった。性教育の充実を待つ間にも、緊急避妊薬が必要となる人をどのように救うのか? 性教育の不足から必要となる人のことは見過ごすのか? 大きな疑問を感じている。

性教育が不足しているのは誰?

 そして皮肉ながらも、専門家による議論のなかで「若い女性は知識がない」と女性だけの問題に矮小化するような発言や、「性暴力被害に対象を絞る」というような発言が出たことこそが、日本の性教育の不足を如実に表しているだろう。
 「性被害にあっても、それが被害だとはすぐに認識できなかった」「性暴力にあったら、なぜ産婦人科に行かなければいけないのかわからなかった」「緊急避妊薬をもらいに行ったとき、医師から『ちゃんと避妊しなさい』と説教された」。これは、私がかかわった性暴力被害当事者の言葉だ。内閣府の調査1) によると、約6割の女性は性被害のことを誰にも相談しておらず、警察に相談した女性はわずか2.8%だ。性交から72時間以内というタイムリミットの間に性暴力を認識し、警察や医療機関で打ち明けられる人はごくわずかなのだ。
 緊急避妊薬が必要となった理由や、その理由を医師に打ち明けられたかどうかによって、薬の提供を差別することは甚大な人権侵害であり、深刻な二次被害(セカンドレイプ)である。そのことに気づかずに議論を進める検討会を直接、一般傍聴していた私は、「緊急避妊薬が必要となる女性の背景や心境が理解されていないのではないか?」という大きな憤りを感じ、ある行動に移した。

【文 献】
1) 内閣府男女共同参画局:男女共同参画白書(平成30年度版)
(2020年8月1日最終アクセス)

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似顔絵:大弓千賀子
【著者プロフィール】遠見才希子/ えんみさきこ:筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医。1984年生まれ。神奈川県出身。2011年聖マリアンナ医科大学医学部医学科卒業。大学時代より全国700カ所以上の中学校や高校で性教育の講演活動を行う。正しい知識を説明するだけでなく、自分や友人の経験談をまじえて語るスタイルが“ 心に響く” とテレビ、全国紙でも話題に。2011〜2017年 亀田総合病院(千葉県)、2017年〜湘南藤沢徳洲会病院(神奈川県)などで勤務。現在、大学院生として性暴力や人工妊娠中絶に関する調査研究を行う。DVD 教材『自分と相手を大切にするって?えんみちゃんからのメッセージ』(日本家族計画協会)、単行本『ひとりじゃない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)発売中。

※本記事は、
『小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです。

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