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【第1回】意図しない妊娠を避ける最後の手段❝緊急避妊薬❞(前編)

執筆:遠見才希子(えんみ・さきこ)筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医

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 私が「えんみちゃん」というニックネームで、おもに中学校や高校で性教育の講演を行うようになって、今年で15年目になる。おもに養護教諭の先生方の口コミによって活動は広がり、これまで全国700カ所以上をめぐり、講演後は、時間の許す限り保健室などに残り、生徒たちから生の声を聴いている。そこで、どれだけ多くの生徒たちが、望んだ形ではないセックスをしたり、性や身体のことで悩んでいるかをひしひしと感じている。

緊急避妊薬は早く飲むほど効果が高い

 緊急避妊(emergency contraception;EC)とは、避妊が行われなかったセックスや、避妊が十分でなかったセックスの後に、緊急的に高い確率で妊娠を避ける方法だ。セックス後なるべく早く、72時間以内に内服する「緊急避妊薬(モーニングアフターピル)」(通称:アフターピル)と、セックス後120時間以内に子宮の中に留置する「子宮内避妊具(銅付加IUD)」がある。子宮内避妊具は産婦人科での診察と内診台での処置が必要であり、自費で約30,000〜70,000円程度を要する。
 緊急避妊薬は、基本的には内診不要で問診のみで提供でき、日本では医師の対面診療またはオンライン診療と処方箋が必要だ。2011年に発売された緊急避妊専用薬であるノルレボ®錠は、従来の「ヤッペ法」という中用量ピルを代用する方法とは異なり、安全性が高く、悪心や嘔吐などの副作用が少なく、妊娠阻止率が高い。当初、自由診療のため診察費などと合わせ約15,000 〜25,000円程度が相場であった。2019年に待望の後発薬(ジェネリック薬)が発売されたが、それでも依然、約6,000〜20,000円程度という高額を要する。性暴力被害の場合は、警察やワンストップ支援センターに届出や連絡をすることで緊急避妊の費用が公費負担で無料になることがある。
 緊急避妊薬の効果は100%ではなく、あくまで緊急的に使用するものであり、日常的な避妊法として使用できるものではない。また、内服すれば避妊効果が続くというものではない。「これを飲めば避妊しないでセックスできる」というのは間違いだ。しかし、緊急避妊薬を知っているか知らないかで、また、それにアクセスできるかできないかで人生が大きく変わることがある。緊急避妊薬は意図しない妊娠を防ぐ最後の手段なのだ。緊急避妊薬は排卵を抑える効果がメインのため、セックス後、早く飲むほど効果は高い。妊娠阻止率は約84%であるが、セックスから72時間以内ならいつでも同じ効果があるというわけではない。セックスから24時間以内だと妊娠阻止率は95%と高いが、24〜48時間以内だと85%、48〜72時間以内だと58%に低下する。ちなみに海外では、セックスから120時間以内の内服で妊娠阻止率が約95%という新たな緊急避妊薬(Ulipristal acetate)も使用されているが、日本では認可されていない。

緊急避妊薬の入手にハードルは必要か?

 「緊急避妊薬が高価で病院を受診しなければもらえないのは当然だ」「安価で手に入れやすくなったら悪用されるのではないか」「性教育や日ごろの避妊法の指導のほうが大切だ」と考える人はいるだろう。しかし、緊急避妊薬が必要となることは決して珍しいことではない。コンドームが破れた、外れた、腟内に残ったというトラブル、低用量ピルの飲み忘れ、また、ちゃんと避妊できなかった、性暴力被害にあった、という出来事はどんなに気をつけていても誰にでも起こり得るかもしれない。だからこそ、緊急避妊薬は手に入れづらい特別な薬ではなく、もっと安く、簡単にアクセスできる薬でなくてはならないと思う。
 日本では、緊急避妊薬の入手にあたって、心理的ハードルだけでなく、物理的ハードル(診療と処方箋が必要、高額)がある。「性暴力被害にあって頭が真っ白で、緊急避妊薬のことは知っていたけれど受診する気力がなく72時間が過ぎてしまった」「学校や仕事を休めず、受診までに時間がかかってしまい72時間を過ぎ、妊娠してしまった」「高額なので諦めた」という女性の声は後を絶たない。
 実際、日本では入手のハードルの高さからかSNS やフリマアプリなどを介して安全性の担保できない薬が安価に流通し、逮捕者が出るなどの社会的な問題が生じている。

海外では薬局で安価に買うことができる

 一方、海外では76カ国で処方箋なしに薬局で薬剤師の関与の下、緊急避妊薬を購入することができ(Behind The Pharmacy Counter;BPC)、19カ国で薬局などで直接購入することができる(Over The Counter;OTC)。私は以前タイに行ったとき、街中のドラッグストアで緊急避妊薬が250円で販売されていて驚いたのだが、これは発展途上国だけの光景ではない。日本を除く主要先進7カ国(G7)については、アメリカ、イギリス、フランス、カナダはOTC、イタリア、ドイツはBPC で、約800〜2,000円、高くても5,000円程度で緊急避妊薬を薬局で購入することができる。
 WHO(世界保健機関)は、「意図しない妊娠のリスクを抱えたすべての女性に緊急避妊にアクセスする権利があり、緊急避妊の複数の手段は、国内のあらゆる家族計画プログラムに常に含まれてなくてはならない」と勧告している。
 避妊や家族計画は女性や子どもの健康管理に不可欠であり、意図しない妊娠を防ぐことは、児童虐待死(とくに生まれた当日に亡くなる生後0歳児死亡)の減少につながるといわれている。緊急避妊薬へのアクセスは重要な社会問題であるにもかかわらず、なぜ日本は世界のスタンダードとかけ離れた状況なのだろう?
 この問題をみなさんと一緒に考えていきたい。

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似顔絵:大弓千賀子
【著者プロフィール】遠見才希子/ えんみさきこ:筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医。1984年生まれ。神奈川県出身。2011年聖マリアンナ医科大学医学部医学科卒業。大学時代より全国700カ所以上の中学校や高校で性教育の講演活動を行う。正しい知識を説明するだけでなく、自分や友人の経験談をまじえて語るスタイルが“ 心に響く” とテレビ、全国紙でも話題に。2011〜2017年 亀田総合病院(千葉県)、2017年〜湘南藤沢徳洲会病院(神奈川県)などで勤務。現在、大学院生として性暴力や人工妊娠中絶に関する調査研究を行う。DVD 教材『自分と相手を大切にするって?えんみちゃんからのメッセージ』(日本家族計画協会)、単行本『ひとりじゃない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『だいじ だいじ どーこだ?』(大泉書店)発売中。

※本記事は、
小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです。

へるす出版月刊誌『小児看護

2021年8月号 特集:小児看護とICT;遠隔で行う看護実践と教育
2021年7月号 特集:子どもの排尿・排便
2021年6月号 特集:病気をもつ子どものピアサポート
2021年7月臨時増刊号 特集:重症心身障がい児(者)のリハビリテーションと看護

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