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【第8回】新型コロナウイルスの影響で増加するSNS による性被害

執筆:遠見才希子(えんみ・さきこ)筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医

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世界中の子どもたちが晒される性被害のリスク

 もし、あなたがいま小中高生だとして、長期間休校中で外出自粛のために自宅に一人でいたら、何をするだろうか?
 新型コロナウイルスの影響による外出自粛や休校要請によって、世界中の子どもたちがSNS を介した性被害の危険に晒されている。ユニセフ(国際連合児童基金)は、新型コロナウイルス危機下において、かつてないほどインターネットの利用時間が増加しており、すべての子どもがネット上で自分を守るための知識、スキル、リソースをもっているわけではなく、インターネットを介した性的搾取やグルーミング(性的虐待目的で子どもに近づいて信頼を得ようとすること)のリスクに晒されることを指摘している。

SNS アプリやゲームアプリによる性被害の増加

 日本では、SNS に起因する被害児童は年々増加しており、2018(平成30)年には1,811人の被害が報告されている 1)。
 しかし、この数は氷山の一角にすぎない。性被害にあっても警察に届け出られない人は多く、被害を自覚できないケースや、被害といえないと判断されてしまうケースもあるだろう。さらにSNS のアプリだけでなく、オンラインゲームのアプリにもゲームに参加する人たちで通話ができる機能があるため、子どもと大人がつながり、性犯罪や誘拐事件に発展するケースが頻発していることも看過できない。
 ある中学校で性教育の講演後に私の元へ女子生徒のグループがやってきたので、SNS で困ったことはないか聞いてみると、「LINE で一緒にオナニーしてほしいって知らない大人からメッセージくることなんてたくさんあるよ。勝手に性器の写真とか送ってくるから、即ブロックしてる」という生徒がいた。この発言をきっかけに、次々に「私もそういうことあった!」「出会い厨(恋愛や性的な行為を目的にSNS を利用する人の俗称)が多すぎる」「勃起した大人からいきなりビデオ通話が来て気持ち悪かった」などの声があがり、その場にいた7人中5人にSNS で性的な写真や動画が送られてきた経験があった。
 SNS による性被害は、インターネットで知り合った人によるものだけに限らない。「彼氏にオナニーしたいから下着姿の写真を送るようにいわれ送ったら、友だちのLINE グループに転送されてしまった」「同級生から射精した精液の写真が送られてきた」など、友人や恋人の間でも生じている。また、友だちと恋愛トークをするなかで、恋人とのキスやセックスの写真や動画を送り合っているという生徒もいた。

私たちの時代では考えられなかったこと

インターネットで知り合った人に裸や下着姿の写真を送信させられる「自画撮り被害」は、中学生の被害者が多い 2)。
 ある学校の校長は、自画撮り被害の生徒について「裸の写真を送るなんて私たちの時代からしたら考えられないですよ。そんなことはしちゃダメだって指導したのにまたやってしまうんだから理解できない」と話していた。保護者からは、「親がしっかりフィルタリングをかければ被害は防げるのではないか」「学校でSNS の使い方をきちんと教えれば被害は防げるのではないか」という意見をもらったことがある。
 警察庁のSNS に起因する被害児童の現状についての調査 1) によると、Twitter による被害が最多である。被害児童の約5割は学校でSNS に関する指導を「こまめに受けていた」または「時々受けていた」と回答している。フィルタリング利用の有無が判明した被害児童のうち、約9割は被害時にフィルタリングを利用していなかった。保護者の約8割は「契約当初からフィルタリングを利用していなかった」と回答し、その理由は「特に理由はない」「子どもを信用しているから」「子どもに反対されたから」などがあがっている。
 フィルタリングやネットリテラシー教育、自画撮り被害やリベンジポルノ被害についての知識はもちろん大切だが、それだけでSNS のトラブルを回避できるわけではない。劇的に変化し続けるSNS やインターネットの世界についていけていない大人は、私も含め、多いだろう。「忙しくてフィルタリングをかけられていない」「設定がよくわからない」「いつの間にか子どもにロックをかけられてしまい解除の仕方がわからない」という保護者の声も聞いている。子どもたちが置かれている環境に関心をもち、ネットリテラシーを学び、子どもとSNS の使い方について話し合う、そのようなことができる時間的・精神的余裕が大人にあることがまず必要なのだと思う。

レイプされたのはアプリを使った自分のせい

 ただ子どもたちに「SNS は危険だから使っちゃダメ」と禁止をすることは、逆に危険につながるおそれもある。
 ある女の子が自分の体験を話してくれた。中高生限定アプリで知り合った自称大学生の男性に恋愛感情を抱き、初めて自宅へ行ったら大学生ではなく30代の男性が現れた。自分は性行為をしたくなかったが、そのまま無理やり性行為をされた。そして、性感染症に感染した。親にはそのことを絶対に言えないから、治療費をもらうために、自分のことをレイプしたその男性にまた会いに行くという。私は彼女に、相手がしたことは性暴力であり許されない行為であることを伝え、親に絶対に言えない理由を尋ねると、「SNS は危ないから絶対にアプリをダウンロードするなって親から言われて、フィルタリングもかけられていたんです。そのフィルタリングを勝手に解除してアプリをダウンロードしちゃった私がいけないんです。私の責任なんです。フィルタリングを解除したことが親にバレたら絶対に怒られるから言えないんです」と話した。レイプの被害にあっても、なお、そう話す彼女を目の前にして、私は胸が苦しくなった。

コロナ時代だからこそ安心して相談できる居場所を

 SNS による性被害を大人たちは、現代の子どもの自己責任と考えてよいのだろうか? もしくは被害にあった子どもの保護者の監督責任だと片づけてよいのだろうか?
 新型コロナウイルスの影響によってSNS による性被害の増加だけではなく、意図せぬ妊娠の増加など、性に関するさまざまな問題が今後表出してくるだろう。「休校中なのにセックスした自分が悪かった」「レイプされたのは外出自粛中に外出した自分のせいだ」。例えば、こんな風に子どもたちが自己責任だと思い詰めて、誰にも相談することができなくなってしまうのが一番の問題だと思う。性に関する問題が生じたら、その背景に何があるのかを考えなければならない。“ステイホーム”といっても自宅が安全な居場所でない、居場所のない子どもたちもいる。そして、性に関する問題は、どんなに気をつけても回避できない場合がある。だからこそ、自己責任として片づけるのではなく、何か問題が起こったときに子どもが心を閉ざさずに安心して大人に話せる関係性を普段から築いておくこと、何か相談されたときの受け皿を大人たちが備えておくこと、そして、子どもにとっても大人にとっても、性のことを安心して相談し合える居場所が必要である。

【文献】
1) 警察庁生活安全局少年課:平成30年におけるSNS に起因する被
害児童の現状.
https://www8.cao.go.jp/youth/kankyou/internet_torikumi/
kentokai/41/pdf/s4-b.pdf
(2020年6月1日最終アクセス)
2) 警察庁生活安全局青年課:児童ポルノ事犯の「自画撮り被害」が
増加しています.
https://www.npa.go.jp/safetylife/syonen/no_cp/newsrelease/
selfy.pdf
(2020年6月1日最終アクセス)
※2022年9月20日時点でPage Not Found、上記リンクはInternetArchiveのWayback Machineで保存されたバージョンへのリンクです。

似顔絵:大弓千賀子

【著者プロフィール】遠見才希子/ えんみさきこ:筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医。1984年生まれ。神奈川県出身。2011年聖マリアンナ医科大学医学部医学科卒業。大学時代より全国700カ所以上の中学校や高校で性教育の講演活動を行う。正しい知識を説明するだけでなく、自分や友人の経験談をまじえて語るスタイルが“ 心に響く” とテレビ、全国紙でも話題に。2011〜2017年 亀田総合病院(千葉県)、2017年〜湘南藤沢徳洲会病院(神奈川県)などで勤務。現在、大学院生として性暴力や人工妊娠中絶に関する調査研究を行う。DVD 教材『自分と相手を大切にするって?えんみちゃんからのメッセージ』(日本家族計画協会)、単行本『ひとりじゃない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)発売中。

※本記事は、へるす出版月刊誌『小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです。

2022年10月号 特集:麻酔下で手術や検査・処置を受ける子どもの看護;部署や職種を越えた切れ目のないケア
2022年9月号 特集:18トリソミーの子どもと家族の「生きる」をチームで支える
2022年8月号 特集:COVID-19の経験とともに;変化する人材養成のかたち
2021年7月臨時増刊号 特集:重症心身障がい児(者)のリハビリテーションと看護

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