【第5回】“避妊”を教われない中学生
執筆:遠見才希子(えんみ・さきこ)筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医
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「AV はフィクションだからマネしちゃダメ」
私が大学1年生のときに参加したエイズに関する勉強会に、AV(アダルトビデオ)に出演する男性がゲストで登場した。
「AV は18歳以上の大人が対象。分別のある大人のための娯楽だからそれそのものは悪くない。でも、悪いのは環境だよね。18歳未満でもインターネットなどを通して簡単に観られるようになってしまった、今の環境が悪い」と彼は言った。
私は「確かにそのとおりかもしれない」と思ったが、「その環境をつくり出しているのは大人たちではないか。分別のない大人だっている。間違った情報を信じてしまったり、子どもを性の対象にする大人たちによって心や身体を傷つけられてしまう子もいる」と、憤りを感じたことを覚えている。
最近は、「AV はファンタジー。AV はフィクション。だから絶対にマネしちゃダメ」というフレーズを耳にすることがあるが、果たして「マネしちゃダメ」というだけでよいのだろうか。もはや、エッチな本を拾って友人たちと回し読みするような時代ではないし、小・中学生でも自分のスマホで手軽に性的な動画や画像を目にできる時代だ。実際、“エッチ”や“セックス”という言葉をインターネットで検索すると、おびただしい数の性的な動画や画像がヒットする。年齢不相応の性情報を子どもに与える、例えばAV など性的刺激になるものを観せることは、非接触性の性的虐待といわれているが、間接的にそのような状況が生じているといえるかもしれない。
AV などから得られる性情報と、学校や家庭の性教育から得られる性情報は、量的にも質的にもアンバランスだ。
性教育は教わらなくても自然に学ぶもの?
“避妊”を知らされてない、コンドームは見たことがない、けれど“中出し”という言葉や行為はアダルトサイトを見て知っている、という中学生がいる。「知識がないのにセックスする中学生が悪い」とか「ちゃんと性教育をしなかった保護者が悪い」と考える人がいるだろう。しかし、性の問題は個人の自己責任の問題とするのではなく、社会全体の問題として考えなければならない。
2005年、国会の答弁である性教育の教材が取り上げられた際、当時首相であった小泉純一郎氏は「これはちょっとひどいですね。(中略)性教育はわれわれの年代では教えてもらったことはありませんが、知らないうちに自然に一通りのことを覚えちゃうんですね」と発言した。その発言によって国会では笑いが起こった。これは今から15年以上前の話であるが、国会がこのような状況の日本で、一体どれだけの家庭で親が子どもと真面目に性の話をできているのだろうか。家庭での性教育は大切であるが、家庭環境や親子関係は人それぞれ異なるため、性教育を家庭だけの責任にするのは間違っている。やはり学校における性教育は重要な柱の一つである。
「中学校でコンドームのことくらい教えているだろう」と多くの人は思うかもしれない。確かに、中学校の保健体育の教科書にはコンドームについての記載がある。しかし、それは性感染症を予防するために使用するものであり、“避妊”のためにも使用するものであることは基本的に書かれていない。なぜなら、中学校の学習指導要領には、「受精・妊娠を取り扱うものとし、妊娠の経過は取り扱わないものとする」という、いわゆる“歯止め規定”が存在するからだ。“性交して妊娠するという経過”は取り扱わない、すなわち、「中学生に性交を教えてはならない」と解釈されることがあり、教科書に記載されていない“性交”や“避妊”について中学校の授業で積極的に扱うのは難しいと考える学校もあるという現状があるのだ。
一方、ユネスコが刊行する「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」という世界的な性教育の指針において、「コンドームや避妊具を正しく常に使用することは意図しない妊娠やHIV を含む性感染症を防ぐ」という内容は、9〜12歳の教育目標にあげられている。
私たち大人の責任
意図しない妊娠をしたときに、相談できる大人が身近にいる子もいれば、「親にだけは絶対に言えない」という子や、親に妊娠のことを相談したら「さっさと処分しないと…」と言われ、“処分”の二文字が悔しくて悲しかったという子もいる。困ったときに相談できる関係性が親子間で築けていることは理想的だが、それが難しいこともあるため、親以外の大人たちが身近にいる子どもたちにどうかかわっていくかは非常に重要である。
子どもたちが置かれている環境は、大人が想像する以上に刻一刻と変化している。この環境をつくり出した私たち大人は、今の時代を生きる子どものための性教育について考えていく責任がある。
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※本記事は、
『小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです。
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