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【第4回】「寂しい」からセックスする若者たち

執筆:遠見才希子(えんみ・さきこ)筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医

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「性」を考える場

 私が性教育を始めたきっかけは、大学入学後に、エイズの予防啓発などを行う医療系学生NGO 団体のイベントにたまたま参加したことだった。
 コンドームの正しい使い方や性感染症のことを仲間と一緒に学びながら、セックスをする前に知らなければいけないことや考えなければいけないことはたくさんあるはずなのに、それらを知る機会は学校でも家庭でもほとんどなかったということに気づかされた。「もっと気軽にまじめに楽しく性を考える場」は、もっと早くから必要だったのではないか。こんな気持ちに気づいた私は、正しい知識を説明するだけでなく、自分や友人の経験談をまじえて本音で語るスタイルで、性教育の活動を始めた。

性教育は「人権尊重」をベースに

 性教育の活動を通して出会った中高生のなかには、寂しさを埋めるために自分の居場所や存在意義を求めたり、「自分を大切にできないセックスをしている」と打ち明けてくれた子たちもいた。妊娠、中絶、DV、性感染症などに至るにはさまざまな背景や葛藤があることを知った。私は、彼らたちとの出会いを通して、妊娠して中絶するためなど、何かあって初めて産婦人科に来る人を病院で待つだけではなくて、社会にも出ていって、性のことを伝え続ける産婦人科医になることを志した。
 そして、学校での性教育の外部講師を続けながら、実際に産婦人科医になった私が気づかされたのは、日本には、性教育においても、医療現場においても、「性と生殖に関する健康と権利(Sexual Reproductive Health & Rights; SRHR)」が守られていない、世界のスタンダードからかけ離れたさまざまな問題が山積しているということだ。
 SRHRとは、性や子どもを産むことにかかわることすべてにおいて、身体的にも精神的にも社会的にも良好な状態であり、自分の意思が尊重され、自分の身体のことを自分で決められることである。他人の権利を尊重しつつ、安全で満足できる性生活をもてる、子どもを産むかどうか、産むとすれば、いつ何人産むかを決定する自由がある、適切な情報とサービスを受ける権利は誰もがもっている。これは1994年の国際人口開発会議で宣言されたものである。
 性教育を考えるうえでも非常に重要であり、ユネスコが刊行する『国際セクシュアリティ教育ガイダンス』という世界的な性教育の指針においても「人権尊重」がベースにある。世界的には、性の多様性やジェンダー平等への理解を深めつつ、避妊、性感染症、性暴力、情報リテラシーといった問題を体系的に5歳ころから繰り返し学ぶ「包括的性教育」が推奨されている。

「性はすべての人が当事者」自己責任ではなく社会の問題

 一方、日本では、性の問題がタブー視され、さらに人権や性暴力に対する認識も低く、「避妊してくれないセックスに応じたのが悪い」「レイプされた側にも落ち度がある」などと自己責任論として片付けてしまう風潮はないだろうか。性の問題から目を背け、適切な情報を伝えてこなかった大人たちや社会に問題はなかったと言い切れるだろうか。
 性の問題は、思春期の若者だけでなく、小さな子どもから高齢の大人まで、すべての人が当事者である。そして、個人の問題としてだけなく、社会全体の問題として考える必要がある。私自身、学校でも家庭でも性教育をほとんど受けずに大人になってしまった一人であるが、中高生たちの生の声を聴くたびに、性教育の伝え方を反省したり、大人としての責任を感じたりしている。また、子どもが生まれ、親になり、子どもに対する虐待や性暴力などのニュースを耳にするたびに危機感と恐怖を感じ、実際、どのように幼少期から性教育を行えば加害も被害も防ぐことができるのかを模索している。子どもたちの健やかな未来のためには、まずは、大人たちが、今の子どもたちが置かれている状況に関心をもち、性教育を学び直す必要があると感じている。

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似顔絵:大弓千賀子
【著者プロフィール】遠見才希子/ えんみさきこ:筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医。1984年生まれ。神奈川県出身。2011年聖マリアンナ医科大学医学部医学科卒業。大学時代より全国700カ所以上の中学校や高校で性教育の講演活動を行う。正しい知識を説明するだけでなく、自分や友人の経験談をまじえて語るスタイルが“ 心に響く” とテレビ、全国紙でも話題に。2011〜2017年 亀田総合病院(千葉県)、2017年〜湘南藤沢徳洲会病院(神奈川県)などで勤務。現在、大学院生として性暴力や人工妊娠中絶に関する調査研究を行う。DVD 教材『自分と相手を大切にするって?えんみちゃんからのメッセージ』(日本家族計画協会)、単行本『ひとりじゃない』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『だいじ だいじ どーこだ?』(大泉書店)発売中。


※本記事は、
へるす出版月刊誌『小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです。

★2021年10月号 特集:移植医療でしか治療選択のない子どもと家族へのケア;「つなぐ」医療で「いのち」を支えるために
★2021年9月号 特集:糖尿病のある子どもの看護;小児糖尿病看護の新しいかたち
★2021年8月号 特集:小児看護とICT;遠隔で行う看護実践と教育
★2021年7月臨時増刊号 特集:重症心身障がい児(者)のリハビリテーションと看護

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