【第6回】正しい知識を生かすためには
執筆:遠見才希子(えんみ・さきこ)筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医
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“ 正しい知識” だけでは足りない
「正しい知識と命の大切さを伝えてください」「正しい知識をもって責任ある行動を取りましょう」「正しい知識があなたの身体を守ります」
性教育において、とにかく“正しい知識”という言葉が多用されている。もちろん正しい知識はとても大切である。でも、正しい知識をもつことと、その知識を自分の人生において生かせるかどうかは別問題である。そして、正しい知識をもっていても、防ぎきれないことや失敗することがあるということ、正しい知識を得る機会は何度も何度も必要であることを、私は性教育の現場で実感している。
対等なコミュニケーションがとれる関係性
ある高校で性教育の講演が終わった後、保健室に一人の女子高生がかけこんできた。
「ピル(経口避妊薬)を飲めば妊娠しないからゴム(コンドーム)なしでエッチできるって彼氏に言われて、ピルを飲むようになった。そしたら、クラミジアに感染してしまって…今日の話を聞いてHIV にも感染してるんじゃないかって不安になった…」
彼女は泣きながら話してくれた。
「ゴムないほうが気持ちいいって言われたから、今さらゴムつけてって言えない。私、ふられちゃうかもしれないもん…」
経口避妊薬(低用量ピル)は、女性が毎日1錠ずつ内服する薬で、排卵を抑える働きなどによってコンドームよりも高い避妊効果がある。女性が主体的に選択できる効果の高い避妊法の一つである。しかし、性感染症の予防はできないためコンドームを併用する二重の防御(Dual protection)が勧められている。彼女は性教育の講演を通して、さまざまな性感染症があることを知り、HIV の検査を受けたいと思ったそうである。しかし、彼氏にはそのことも、コンドームをつけてほしいことも言えないという。この2人は対等なコミュニケーションがとれる関係性なのだろうか。避妊や性感染症を予防することに協力しないことを含め、自分が望んでいない形での性的な行為は性暴力につながる。
より安全で満足できるセックスをするためには、避妊や性感染症予防などの知識をもつことは去ることながら、お互いの気持ちを話し合える対等なコミュニケーションがとれることが大切である。
わかりやすい言葉で伝える
正しい知識について説明するときには、対象者にわかりやすい言葉を使う必要がある。以前、私は講演で「腟外射精で妊娠することがある。避妊法として捉えないほうがいい」と中高生に説明していた。講演後に、高校生から「腟外射精ってなに?」と聞かれ、射精する前にペニスを腟から抜いて腟の外で射精することだと伝えた。するとその高校生は「あー! 外出しのことか! それで妊娠しないと思ってたから、聞けてよかった」と言った。
医学用語ではないアダルト用語のようなものを口にすることに抵抗はあったが、限られた時間でわかりやすく伝えるためにはいたしかたないと考え、それ以降は「腟外射精“外出し”でも妊娠することがある。外出しすれば妊娠しないというのはウソ」と伝えるようになった。
また、前号で触れたとおり、中学校の教科書には「避妊」という言葉や避妊法については書かれていないため、「避妊」というだけでは伝わらない可能性がある。避妊という言葉を出すときには、「セックスは妊娠したいときだけにするとは限らない。妊娠したくないときには、妊娠を避ける方法をとる、つまり避妊する必要がある」と伝える。
正しい知識の定着を阻むもの
ある高校で一番前の席に座って、とても熱心にメモを取りながら私の講演を聞いていた女子高生がいた。講演後にその彼女からこんな質問をもらった。「私、一年前から付き合ってる25歳の社会人の彼氏がいて、エッチのときは毎回中出し(腟内射精)してるんですけど、ビデでよく洗って流せば大丈夫って彼氏に言われてて。一度も妊娠したことないし、それでいいんですよね?」。避妊についての説明も熱心に聞いていた彼女の姿を思い出し、それでも伝わっていなかったのかと、私は頭をガーンと殴られたような気持ちになった。
講演のなかで腟外射精の件には触れていたが「“中出し”してもよく洗えば妊娠しないというのはウソ」とまで具体的には話していなかった。私は彼女に、その方法は避妊ではなく、妊娠する可能性が十分あることや、仮に妊娠したくて排卵のタイミングに合わせてセックスしても1回の排卵で妊娠する確率は一般的に20〜30%くらいといわれており、すぐに妊娠する人もいれば、期間がかかる人もいることなどを説明した。彼女は「それ、本当ですか!? 彼氏は大丈夫って言ってたのに…」と、説明を受け入れるのに少し時間がかかった。
その様子を見て私が気づかされたのは、彼女にとってその彼氏は、いちばん身近な“信頼する大人”だったのかもしれないということである。自分の信頼する大人から間違った知識を植えつけられていたら、初対面で一度しか会わない存在の人からいくら正しい知識を説明されても、すぐに知識は修正されないのかもしれない。
ある学校の先生から、「遠見さんの講演を聞いて『感動した! 今日から自分を大切にする!』と言っていたのに、1年後に思いがけない妊娠をしてしまった子がいます」という報告を受けたことがある。「自分を大切にしたい」と心に決めても、どうしてもそうできないことがあるかもしれない。性教育の講演をたった1回受けたからといって、行動はそう簡単に変わるものではない。人はなかなか変われない。
子どもたちの周りにはさまざまな人や情報があふれている。セックスに至るには、さまざまな要素が複合的に絡み合う。だからこそ、正しい知識を定着させられて、コミュニケーションや性について考えられる機会が、学校でも社会のなかでも、何度も何度も必要である。
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※本記事は、へるす出版月刊誌『小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです。
★2022年5月号 総特集:動く重症心身障害児(者)への看護ケア
★2022年4月号 特集:発熱をもう一度考える
★2022年3月号 特集:食物アレルギーのある子どものケア;食事を通して成長・発達のプロセスを支援しよう
★2021年7月臨時増刊号 特集:重症心身障がい児(者)のリハビリテーションと看護
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