【第11回】医療者こそ知っておきたい性暴力・性的虐待の現実
執筆:遠見才希子(えんみ・さきこ)筑波大学大学院ヒューマン・ケア科学専攻社会精神保健学分野/産婦人科専門医
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性暴力とは
私が講演会で出会う目の前にいる数百人の中高生たちには、一人ひとりがさまざまな家庭環境で育ち、それぞれの経験がある。なかには性教育がきっかけになってフラッシュバックを起こす子もいるかもしれない。集団で性教育を行うときには、性暴力の被害や加害を経験した子がいるかもしれないという前提で、中立的な言葉遣いや価値観を押しつけないように配慮しなければならない。打ち明けられる性暴力被害は氷山の一角だ。
性暴力被害を打ち明けてくれる中高生に出会うたび、私はずっと何もできない自分に憤りを感じていた。この問題にいつか腰をすえて向き合いたいと思い、私は大学院の研究テーマを性暴力にした。その後、性暴力当事者の方からさまざまな話を聞き、いかに日本社会で多くの性暴力が「なかったこと」にされているかを痛感した。
国連は、性暴力を「身体の統合性と性的自己決定を侵害する行為」と定義し、性的同意がない、対等な関係性でない、強要された性的行為のすべて(レイプ、強制わいせつ、性的虐待、DV、セクシュアルハラスメント、痴漢、性的搾取など)は性暴力であり、諸外国では同意なきセックスはレイプと認識される。しかし、日本では刑法上、レイプには暴行脅迫要件があり、激しい暴行や刃物を突き付けられるなどの脅迫が立証されなければ「セックスに同意していた」とみなされてしまうのだ。そして、その性交同意年齢
は日本では13歳と定められている(海外では性交同意年齢は15〜18歳という国が多いといわれている)。すなわち、13歳の子がレイプされたとき、恐怖でフリーズして激しく抵抗しなかった場合、セックスに同意していたとみなされ、性犯罪として扱われない可能性があるのだ。一方で13歳までに十分な性教育は行われているとはいえず、被害を認識できないこともある。
二次被害(セカンドレイプ)を与えないために
さらに「あなたにも落ち度があった」と被害者が責められてしまう二次被害(セカンドレイプ)や「必死に抵抗すればレイプされない」「自宅に行ったらセックスしていいサイン」など、レイプ神話と呼ばれる誤った社会通念の影響もあり、被害を打ち明けられないケースは多い。やっとの思いで医療機関を受診したにもかかわらず、「なんでもっと早く受診しなかったの」「もっとひどい被害の人もいる」「これくらいですんでよかった」「大丈夫そうだね」「早く忘れたほうがいい」といった医療者の発言で傷つけられてしまう被害者もいる。こういった言葉が深刻な二次被害を与える可能性を医療者は知っておかなければならない。
“ 常に加害者になり得る” 意識をもつこと
「産婦人科の女性医師であっても、トレーニングを受けていなければ性的虐待の対応は困難」「専門的診察はケアになるが、非専門的診察はトラウマになり、二次被害が生じる」。医療機関向け虐待対応啓発プログラムに参加した私は冒頭にこの言葉を聞き、ハッとさせられた。
例えば、医療機関で性的虐待を疑うべきものとして、性器・肛門外傷、腟内異物、性感染症、胎児の父不詳の妊娠、そして「子どもからの開示」があげられるが、被害を打ち明けた子どもが「やっぱりそんなことはなかった」と言ったとしても、すぐに「ウソをつかれていた」と思ってはいけない。なぜなら、被害開示には5段階のプロセス(否認→ためらいがち→積極的→撤回→再度肯定)があるからだ。産婦人科医であってもこのように性暴力について系統だって実践的に学べる機会はなかった。その後、さまざまな性暴力に関する研修を受講し、性暴力についてもっと知りたいと思った私は、地方裁判所に通い、毎日3,4件ほどある性犯罪の裁判を傍聴した。診断書の有無で量刑が変わることは知っていたが、裁判の過程を見ることで、全治数日の傷であっても刑期は年単位で異なり、大きな影響をもつことを鳥肌がたつほどリアルに感じ、改めてきめ細やかな診察が重要であることを痛感した。
性の問題では誰もが被害者にも加害者にも、当事者になるかもしれない。性暴力は多くの医療者が、当事者の声を大切にして学び続けなければならない問題だ。
「性的同意」というコミュニケーション
性的なことをする場合、自分も相手も同意している必要がある。「Yes Means Yes」といってお互いに明確な意思表示が大切だといわれている。しかし、日本では飲食物に睡眠薬など(いわゆるレイプドラッグ)を混入し、意識を失わせ同意がとれない状況での性犯罪も起こっている。また、性犯罪といった認識はなくても、「嫌よ嫌よも好きのうち」「暗黙の了解」といった習慣によって性的同意のないセックスは身近に存在するだろう。「相手に嫌われたくないから、本当はしたくないけどセックスしてる」「セックスを断ると気まずくなるから仕方なくしている」と打ち明けてくれた高校生もいる。
性的同意は言葉で「YES」「NO」を確認するだけではなく、性的な行為によってどんなことが起こりうるかを知っていることが前提であり、自分と相手が対等なコミュニケーションがとれる関係性でYES、NO の意思表示ができなければ同意は成立しない。この認識を多くの人に伝えることで、性暴力加害を減らし、性暴力を許さない社会につなげたい。
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※本記事は、へるす出版月刊誌『小児看護』の連載記事を一部加筆・修正し、再掲したものです。
★2023年3月号 特集:子ども・家族と目指す;痛みの緩和
★2023年2月号 特集:おなかが痛い,気持ちわるい:子どもの腹部疾患
★2023年1月号 特集:サブスペシャリティを極める学修;小児看護の実践力を高めるために
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