アルコール聖獣

聖獣KIRIN

 盆休みを間近に控えた、とある夏の夜。
 うだるような暑さのデパート屋上。

 『三丸デパート納涼ビアガーデン2019』
 
 ネクタイを頭に巻いたサラリーマンがジョッキをぶつけてゲラゲラと笑い、頭バーコードの部長が焼き鳥を30本平らげ、足を大きく開いたOLが唐揚げに勝手にレモンをかけ、酒の神バッカスはすでに生ビール20ガロンを胃に収めていた。

 「キャーッ!」突然の悲鳴!
 声の方向に一斉に振り向いた酔客たちが目にしたのは、ハゲヅラにババシャツ、腹巻にモモヒキといったスタイルの中年男性が一升瓶を振り回し、手当たり次第に人々を襲っている姿だった!

 「日本人なら日本酒を飲め―ぃ!」
 バゴッ!店員を激しく殴打! 

 「おめぇらドイツ人かうぉーい!」
 バゴッ!止めに入った2m130㎏の屈強な元将棋部を殴打!

 「つまみなんて塩だけでいいだろぉーがぁー!」
 バゴッ!低空タックルを仕掛けた2m45㎏の元レスリング部を殴打!

 皆蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う!
 このまま楽しいビアガーデンは惨劇の舞台になってしまうのか!
 だがそのときだ!

 ガラゴロピシャーーーーン!!!

 雲一つない星空から屋上の避雷針に向け落雷!

 「キャーーーーーッ!!」

 更に悲鳴!混乱!

 避雷針の周囲に立ち込めた煙が夜風によって晴れると、そこには1匹の獣が佇んでいたのである。

 おおまかなシルエットは牡鹿のそれに似た四足歩行。ただし体高5m。
 龍の頭部、馬の蹄、牛の尾を持ち、漆黒の体は鱗に覆われ、至る所から生える黄金の体毛がたなびいている。
 
 もし中国のオールド・エンペラーがこの光景を目にしたならば、「吉兆じゃ」「瑞兆である」などと言って無闇矢鱈と宮殿を建て、重税で民草を苦しめた挙句叛乱を起こされ国が滅んだであろう!
 これこそが伝説の聖獣KIRINである。

 KIRINは混乱の中なお一升瓶を振り回し暴虐を奮う日本酒押し付け中年を視界に捉えると一気に跳躍、その眼前に轟音と共に着地した。
 衝撃で割れるアスファルト!振動で揺れるビル!
 だが呼気1リットルにつき0.25㎏のアルコールを含んだ酒乱日本酒おじさんは動じない!

 「なんだぁこのデカブツ野郎ぉ~ここの警備員かぁ~!?」
 振り上げた一升瓶をKIRINの首元に叩きつける!
 
 パキャーーーーン!

 割れる一升瓶! KIRINに打撃による効果認められず!
 聖獣の鱗はダイヤモンドより硬いマグナムスチールの2000倍の硬度を誇るのだ!

 「んなろーッ!」
 今度は割れた部分を利用しての刺突攻撃だ!
 
 パキャーーーーーン!
 
 通じず!一升瓶は粉々に!
 聖獣の鱗はダイヤモンドより硬いマグナムスチールの約1900倍の硬度を誇るのだ!
 
 「うおらーッ!」
 日本酒おじさんは恐れを知らない!
 一般成人男性の1.02倍の硬度を誇る拳で殴り掛かる!
 
 グシャァ!
 「ぬわーーーーっ!」
 拳が砕け骨が露出!
 聖獣の鱗はダイヤモンドより硬い一般成人男性の拳も通じないというマグナムスチールに匹敵する硬度を誇るのだ!

 よろめいた日本酒おじさんに対し、KIRINは前脚を大きく振りかぶってストンピング攻撃!
 「ぎょわーっ!」
 右前脚が顔面直撃!転倒!
 「ばわーっ!」
 左前脚の追撃!腹部を痛烈に踏みつける!

 とどめの両足踏みつけが襲い掛かる!
 しかし日本酒おじさんも歴戦の強者である。
 ブレイクダンスじみて頭を支点に高速回転跳躍し死地を脱出!
 腹巻に忍ばせていた柳葉包丁を取り出した!

 「キャーーーーッ!」
 月明かりに光る刃物を目にした客たちからの悲鳴!さっさと逃げろ! 

 いかに聖獣の鱗といえども、柳葉包丁による一撃を受けては致命傷になりかねない!

 「おららららぁぁぁぁッ!」
 中年突進!
 しかしKIRINは一切動じず、龍の顎を開くとそこから放水車めいて琥珀色液体を噴射した!

 「ぐわわあああああああ!」
 凄まじい勢いで放出される液体の圧力に前進を阻まれる日本酒押し付け中年! 
 一体この琥珀色の液体の正体は!?

 これこそがKIRINの必殺技。


麦から最初に搾り出される一番搾り麦汁だけを贅沢に使用することで、雑味がなく上品な味わいとなったKIRIN一番搾り

である!

 聖獣の顎がさらに大きく開き、一番搾りストリームの勢いがアップ!
 日本酒押し付けおじさんも踏ん張り切れず、後方へと押し流されていく!
 ついには屋上フェンスを突き破った!
 
 KIRINはそのまま空を見上げるように頭部を大きく傾けた。
 「うわあああああああああ!!」
 星空へと撃ち出された日本酒押し付け中年おじさんはこうして星となった。
 人類の営みを銀河の彼方からいつまでも、いつまでも見守ってくれていることだろう。

 KIRINは満月に向かって一声、甲高く嘶くと、突き破られたフェンスから夜空に大きく身を躍らせ、やがて見えなくなった。

 いつの日かまた、ワイン押し付けソムリエおじさんや焼酎おしつけ芋芋おじさんが現れたとき、聖獣はきっと来てくれるに違いない。

 人々はKIRINの去っていった方を向いて、一斉に杯を掲げた。


「乾杯!」
 


【おわり】



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