戸平川絶対防衛線 DAY1-3
水門付近に配置された民間業者や市職員はさまざまな手段で遡上の阻止を試みたが、まったくといってよいほど効果が見られなかった。
いや、正確には効果を挙げることが不可能だったと言うべきだろう。
水門上で火炎放射器を構えたまま死んでいる市職員。
その胸部中心にはダツが半分ほど突き刺さっている。
水門脇の両岸から散弾銃を発砲していた2人の委託業者は足首をアンボイナ貝に抉られショック死していた。
海中に機雷を設置しようとしたダイバー4名は全員キロネックスの触腕に巻かれた状態で、まるで機雷のように海面を漂うだけだ。
ドローンからの映像に凍り付いたままの市議会議場。
「もう、のんべんだらりとビデオ鑑賞してる場合じゃねぇだろ、なぁ大将?」
やおら立ち上がり片足を机にかけて議長席、すなわちそこに座る市長へと呼びかけたのは、短く刈り上げた金髪、全身を覆う迷彩服、顔の左半分は鋼鉄製の人工皮膚に覆われた偉丈夫、カナダの傭兵サイボーグ、ツンドラマンである。
「黙りなさい人殺し集団め!」
その後方、【LOVE&PEACE】と刺繍の入ったセーターを着て、山高帽を被った50歳くらいの女性がこの大男に口を挟んだ。
「あぁん?なんだいマドモアゼル?ティータイムならまだだぜ」
ツンドラマンの嫌味にも動じることなく女性は言葉を続ける。
その両手には【アニマルライツ】【動物にも憲法9条を!】と書かれたプラカード!もちろん議場には持ち込み禁止!
「1日目は平和的解決を試みるための交渉を我々に一任してくださる約束です!私たちはそれを条件に貴方に一票を投じたんですよ!貴重な国民の権利である投票をですね......」
捲し立てる!
「いや......でもしかし、もはや平和的とか言ってる状況では......」
ド正論だ!
「市長ともあろうお方が公約を破るんですか!」
だが取り付く島がない!
「わ......わかりました。それでは貴方たちに鮭との交渉を一任しますので......ただし何かあった場合は市の責任ではなく......」
「私たちは鮭と話し合い通じ合うのです!何か起こるはずもありません!」
女性がすくっと立ち上がると、その後ろ、ヘルメットとタオルで顔を隠した数十名の集団も一瞬遅れて立ち上がり
「平和なサップーロ市をつくろう!」
「やさしさのあふれる世の中にしよう!」
とシュプレヒコールを上げながら一列縦隊になって議場を出て行った。
ツンドラマンは冷ややかな視線を向けたままで彼女らを見送り、議場の隅に山と積まれた弁当に手を伸ばす。
しばし悩んだのち【海鮮親子丼】を手に取って自身の席へと引き返し、いまだライフルの手入れを続ける日隈に対し語りかけた。
「なぁ死人のおっちゃんよ。賭けねぇか?何人帰ってくるか。勝った方が明日の弁当2つだ」
賭博行為!議場だけでなくそこらへんでも禁止だ!
でも弁当くらいは賭け事に当たらずOKなのだ!
「興味はない」
日隈はライフルから視線を移さず、素っ気なく答える。
「なんでぇ、つまんねー爺さn......」
「儂も貴様も0人では賭けにならん」
同様の素っ気なさで日隈はツンドラマンの愚痴を遮った。
「......」
一瞬の沈黙の後、ツンドラマンは「そりゃあ、ダメだわな」と笑いながら、上手く割れなかった割り箸を見て、もう一度笑った。
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日が西の海に消えようとしている。
戸平川の下流は水陸を問わず一面の死体。
鮭ではない。人間のものだ。
真っ赤に染まった水面に、山高帽が浮いていた。
【DAY2-1に続く】
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