見出し画像

戸平川絶対防衛線 DAY1-2

前 回

 「大変です!たった今遡上が確認されました!」

 エゾ・ランドの州都サップーロ。
 市議会場に設けられた対策本部へと届けられた報告は、その場の全員を驚愕せしめた。

 「誤報じゃないのか!? 海洋学者の予想より1週間も早い!」
 「エビデンスは取れているのか?」
 市議が次々と報告者に問いかける。

 「は...はい。河口で観測班が記録しております。こちらを...」
 議場に駆け込んできた職員は作業服の胸ポケットからUSBメモリを取り出すと議場中央のノートPCに接続する。

 「ウイルス対策とか大丈夫なのかね!?」
 「個人情報の保護は!?」
 「情報媒体の搬送はもっと厳重に!警備員は!?」
 また市議が騒ぎ立てる!

 ドスッ! ドスドスドスッ!!
 突如飛来した長さ50㎝ほどのモリ・ジャベリンが市議たちの机上に立てられた名札を次々と破砕!
 「ひいいいぃっ!」
 立ちどころに失禁!沈黙!

 全員の目が発射先に集まる。
 右手の指先をまっすぐ伸ばした構えを解かぬまま、議員たちを睨みつけるのはカナダの傭兵サイボーグ、ツンドラマンだ。
 その指は全て小型のモリ・ジャベリン発射装置に改造されている。

 「ピーピーギャアギャアうるせえぞお偉方。今は状況の確認が最優先だ。次邪魔したら喉笛をブチ抜くぞ」
「「「ハイワカリマシタ!」」」

 議場中央の大型モニターに映し出されたのは戸平川河口の水門。
 来るべき遡上に備え、そのコンクリートは厚さ2mを誇る!
 どんな海洋生物であれ、この水門を破るのは不可能であった。

 そう、水門を”破る”のは不可能だったのである。


 
 陸側からのドローンカメラが大きく旋回し、海側からの視点に移る。
 水門手前の水面が僅かに蠢いたかと思うと、入道雲のように高く高く盛り上がっていく。
 
 「なんだあれは?」
 「この距離ではよく見えないな」
 まだ列席者たちは何が起こっているのかを理解できないでいる。
 
 「拡大とかできんのならやってみてくんねえか」

  ライフルをいじる手を止めた日隈が静かに職員に告げた。
 「あっ、はい!」
  画面がズームし、水門前の様子が明らかになった。

 「嘘だろ...」
 「こりゃあ俺らの手に余るビズじゃねえか、アニキ」
 「隈さん、こりゃあ...」

 歴戦の猛者であるマタギ連中や傭兵たちも狼狽の色を見せる。
 高く盛り上がっていたのは無数の魚の群れ。
 鰯、鯵、鰤、鰹に鮪、ありとあらゆる魚が大きな一つの群れとなり、水門前に土手ならぬ魚手を築き上げていたのだ。

 その上を跳ね上がっていくのは────1匹の鮭。
 土手の頂上にたどり着くと、高く大きく前方へジャンプ。
 水門を乗り越え落下、河口側の水面に波紋が広がる。
 
 それが合図であったかのように、海側の水面からは次々と鮭が出現、たちまちのうちに土手を埋め尽くす勢いと化す。

 ボタッ! ボタボトボタッ!!!

 堤防を乗り越えた濁流のように「川」へと雪崩れ込む鮭100万匹の群れ。
 その全てが真っ直ぐに上流、すなわちサップーロ市中央部を目指しているのだ!

 「馬鹿な...信じられん」
 「こんなことがあっていいのか」
 
 環境団体や市議たちのほとんどは余りの光景に声も出せない有様だ。
 
 「100万匹が遡上するって時点でマトモじゃねえだろ」
 「違ぇねえ」
 ツンドラマンの声に傭兵団が笑い声を上げる。

 日隈はモニターから目を離そうとしなかった。
 不思議な高揚感が彼を包み込んでいた。

【DAY1-3へ続く】

 
  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?