「どんな職業にもなれるし、なっていい」坂本博之と河本準一は、子どもたちに夢を届ける
児童養護施設を訪問し、子どもたちとの交流や就労支援などを行う「こころの青空基金」プロジェクトで受賞した元プロボクサーの坂本博之さんはHEROs AWARD 2017の受賞者であり、20年以上活動を続けています。
そして、お笑いコンビ・次長課長の河本準一さんも児童養護施設の子どもたちの支援活動をする著名人のひとりです。自身の母親の「生活保護受給騒動」を契機に2012年から様々な社会貢献活動に取り組みはじめ、施設出身の子どものたちが抱えている課題について考えるようになったといいます。
今回は、生活環境に恵まれない子どもたちの支援を継続的に行なう二人の対談を実施。施設の子どもたちが直面している課題や望ましい支援のあり方が見えてきます。
児童養護施設の子どもたちに「夢」を届ける
坂本博之氏(以下、坂本):現役時代から、自分が育った福岡県の児童養護施設の子ども達を試合に招待する活動をしていました。
僕自身も児童養護施設で暮らしている時にボクシングに出会い、夢を見ることができたからプロボクサーになれたと思っています。なので、15年前に現役引退した時、ボクシングを通じて子供たちに夢を持ってもらえる活動をしたいと決意して、全国の児童養護施設をめぐるようになったのです。
河本準一氏(以下、河本):僕は、老人介護施設などを訪問する活動をしていて、その流れで保育園や幼稚園、児童養護施設にも行くようになりました。
実は、僕の小学校の頃の大親友が、児童養護施設出身だったんですよ。当時はまったく気づいてなくて、むしろそいつのところに遊びにいくと3時に絶対おやつが出てきて羨ましいなと思っていたぐらいです。自分の家でおやつが出ることなんてなかったですから。
それだけ、そいつは両親のことを話さなかったですし、泣き言も言わなかったので、僕らも分かりませんでしたね。後から聞くと虐待を受けていたらしいのですが、学校では一切そうした素振りを見せなかった。むしろ一番明るい人気者でした。
自分から事情を話すことができるようになったタイミングで教えてもらったのですが、当時は大人に恐怖心があり、学校の先生ですら怖いと感じていたそうです。
坂本:僕も同じだったのでわかります。やはり言えないですよね、当事者は。子ども心に、恥ずかしいと思ってしまうんですよ。
施設内はいいのですが、小学校に行けば周りは一般家庭から来ている子ばかりです。なので、僕は下校するときに、施設に帰っているのがバレるのが嫌で遠回りしていましたよ。
また、大人が怖いという気持ちも理解できます。僕は中学校のとき、席が前の方だったのですが、先生が黒板を消すときに黒板消しを振り上げる動作、その時の手の影、動きに「叩かれるんじゃないか」という恐怖心を感じていたぐらいです。周りからも「なんだ坂本、ビビリだな」と言われるような弱い少年でした。
河本:プロボクサーとして日本王者、東洋太平洋王者となり、日本中に注目されるような名勝負を繰り広げた坂本さんが、そんな少年だったというのは、なかなか想像できないですね。
坂本:周囲はよく「大変でしたね」と言ってくださるのですが、僕自身は必死でしたから。弟を守らないといけなかったですし、自分たちをこうした状況に追い込んだ大人に対する怒りもありました。
「俺は絶対に死なん」という気持ちだったんで、ボクシングの減量も「いつ食べられるかわからない状況や大人の暴力に怯えていた頃に比べれば、たいしたことない」と思って取り組むことができました。だから、今も子どもたちに「さかもっちゃんも、最初から今みたいな人間だったわけじゃないんだよ」という話をします。
外の世界と「つながる」ことで選択肢が広がる
河本:虐待を受けた子どもたちが一番信頼できるのは施設の先生なので、彼らに将来の夢を聞くと、高確率で「児童養護施設の先生」と書くそうです。この10年ほど、僕の地元・岡山の児童養護施設をめぐって、多くの子どもたちの話を実際に聞いてみても、半分ぐらいは「施設の先生になりたい」というんです。
「先生たちにお世話になったから、自分も子供達を導いてあげたい」と話すのを聞いていると、その気持ちは素晴らしいと思う反面、職業選択の自由が、かなり狭まってしまっているのではないか、とも思うんです。
施設の方からも施設外の大人とコミュニケーションを取る機会が少ないため、世の中にどのような職業があるのか子どもたちに伝わりにくいと聞きました。
坂本:そういう情報提供は、非常に重要ですね。
僕が「こころの青空基金」を立ち上げたのは、2000年の畑山隆則さんとの試合の時。その戦いの記者発表の場で、戦いについての意気込みではなく「子どもたちにパソコンを送りたい」という話をしたんですよ。
僕がテレビを通じてボクシングを知ったように、子どもたちがパソコンを使って通じて世界とつながって夢を見つけてほしいと思ったんです。実際に、そのパソコンで様々なことを調べて「大学に行きたい」と相談に来た子どももいます。
ただ、学力を上げるために塾に行きたいと思ってもお金がありません。そういう気持ちは僕も痛いほど分かりました。何故なら僕もジムの月謝が払えないという壁に当たったことがあるからです。
だから、一緒にツテをたどって無料の塾やボランティアで教えてくれる講師の人を探しました。最終的に、その子は僕がいた養護施設出身者として初めて4年制の大学に合格することができたんです。
河本:2000年代初頭に、そうした視点を持っていたのはすごいですね!
僕は、現在、様々な職業の人を施設に呼んで、子どもの前でプレゼンをしてもらう活動をしています。ネイルの先生やデニム工場の社長といった方々、吉本興業の僕のマネージャーにも話してもらいました。一番人気だったのはマネージャーで、みんな「ジャニーズに会うにはどうしたらいいの?」なんて聞いていました(笑)。
児童養護施設の子どもたちは、「様々な職業になっていいの?」という認識なんですよね。「芸人は河本さんだからなれたんでしょ?」と言われたりもするのですが、「いや、なれるよ。なっていいんだよ」「夢を持っていいんだよ」と言ってあげられる環境を作ることが重要だと思います。
児童養護施設は18歳になると退所しなければいけないので、急に社会に出ていく怖さともあるでしょう。なので、16歳ぐらいから、施設の中でも社会に出るための様々な準備ができるようにしてあげたい。
坂本:夢を持つことの重要性を伝えるのは、本当に大事だと思います。自分も経済的な事情によってジムに行けなかったので、ただ走ることから始めましたから。走るだけならお金はかからない。そうやって行動を起こすことで、真剣さが周りに伝わって応援してくれるようになるんです。
「自分には特に夢もないし、何をしていいかわからない。どうやって見つけるの?」という子どもたちには、「ヒントは人の集まるところに落ちている」と伝えています。そして、なんでもいいから夢を見つけたら思うだけじゃなくて、できる範囲で行動を起こす。すると、その真剣さが周りに伝わって応援してくれる。そうやって夢が叶っていくんだ、と。
あと、やっぱり諦めないで続けることですよね。僕もボクサーになって、新人王、日本王者、東洋太平洋王者、世界王者という目標に向かって頑張ってきました。最終的に世界王者になれなかったから失敗かと言ったら、そんなことはありません。目標に向かって努力する過程で、いろんな人に支えてもらったから今がある。だから、行動を起こして一生懸命やったことは失敗じゃないんです。
こういう話を子どもたちにすると、「なんだか疲れそうだな」と言われますね(笑)。だから、まず1週間、それも無理ならまず一瞬だけでも一生懸命やってみなさいと伝えています。ただ、その一瞬は数時間後にもくるし、次の日にも来る。そういう「一瞬懸命」を続けてみなさいというと、「それなら私でもできそうだな」と言ってくれる子どもが多いです。
河本:僕がもう一つ問題だと思うのは、いまだに施設出身者への就職差別があることです。現在の活動を始めた時に、児童養護施設の施設長から、面接で施設出身者であることを理由に落とされることがあるという話を聞きました。
当たり前のように両親がいる家庭で育った一部の企業の面接官の方には、施設出身者の子どものことまったく理解してもらえない。
「何かしでかすんじゃないですか」
「カッとなったら手を出すんじゃないですか」
そういった心ないセリフを言われたりするそうですが、「なぜ両親がいない」「施設出身」というだけで、そうした行動をすると思われなければいけないのでしょうか。そういう実態が現在でもあることを知ってほしいですし、変えていきたいと思いますね。
現場に足を運ぶことでわかる、当事者が発信しづらいニーズ
河本:先程、坂本さんから施設で暮らしていることは自分から言いづらいというお話がありましたが、同じように要望を外部に発信しづらい状況もあると思います。
僕が、子どもたちに、「ちゃんとご飯食べてるか」と聞いたところ、ある施設の子どもが「食べてるけど、メチャクチャ食べられるほど量があるわけじゃない」と率直に言ってくれたんです。なので、自分が大分と岡山で育てているお米を岡山・鳥取・山口の全ての施設に12トンほど寄贈する活動も始めています。
例えば、野球の道具をたくさん寄贈したとしても、グラウンドがない施設もありますし、人数が足りないといったケースもあります。ランドセルを寄贈されることも多いのですが、余ると送り返さなければならず、その費用を施設が負担することもあるそうです。様々な施設をめぐる中で多くの話を聞いた結果、「お米ならめちゃくちゃ食べます」という要望を聞くことができたので、やはり直接聞くことの重要性は感じますね。
坂本:ランドセルの話もそうですが、善意を受ける施設側から「それはもうあります」とはなかなか言いづらいですよね。
僕も施設の方から、こんな話を聞いたことがあります。タイガーマスク運動の影響なのか、施設の前にお寿司やお肉が置いてあったことがあったそうです。しかし、出どころがわからないと、安心して食べられません。なので、申し訳ないけれど全部処分させてもらったとのことでした。
せめて事前に施設に一本電話を入れるなどコミュニケーションをとってほしいですよね。別に豪華なものを望んでいる訳じゃないんですよ。それこそノートとか消しゴムといった消耗品は、保管の問題はありますけど、いくらあっても困りません。また、子どもですから汗もかきますし、マスクだって1日1枚というわけにはいかないでしょう。そういう消耗品のニーズなんかもあると思いますね。
河本:僕が話を聞く中でもマスクのニーズはとても高いと思いますね。なので、僕が岡山のデニムブランドに依頼して制作したマスクを送ったりもしています。アスリートが使うような通気性の良いもので、「TANMEN」という僕のギャグが入ったオリジナルものです。
「児童養護施設であれば必要なものは全国同じだろう」ではなくて、やはり地域や状況によってニーズにも違いがあるでしょう。「何かしてあげたい」という思いが強いのはとても素晴らしいことだと思います。ただ一方で、そうした思いが強くなりすぎるとエゴになって、本当のニーズとの乖離が出てきてしまう。なので、そこは事前にコミュニケーションを取ることでスムーズに話が進みやすくなると思いますね。
また、お米を送った施設の方々から手紙で感想をもらうことがあるのですが、その中に、「おかわりして3杯食べました。腹がパンパンになって逆に眠れなくなりました。そんなこと、はじめてだったけど嬉しかった」と書いてあるものがありました。
僕は、それを読んで涙が止まらなくなってしまって。お腹いっぱい食べるなんて、今の時代、当たり前のように思いがちです。その「当たり前」ができない人たちもたくさんいるということに気づかなければいけない。自分にとっての「当たり前」の意識のままでいると、彼らが本当に求めていることに気づけないですよね。
そういう手紙の中には、「野球でヒットを打てました。河本さんのお米のおかげです」なんて書いてあるものもあって、「お前、言い方が上手くなったな」と思いますよ。そういうところからも、子どもたちの成長が感じられるのが嬉しいですよね。
でも、そういった手紙も今は気軽にブログやSNSにアップしてはいけないんです。最近は、筆跡を元に本人を特定できる。その手法により虐待していた両親見つかってしまうというようなケースもあるそうです。顔や名前がNGなのは当然だと思っていましたが、筆跡もダメなのかと驚きましたし、こういう話も実際に訪れてみないとわからないですよね。
アスリートには「説得力」がある
坂本:僕は引退して15年経つので、活動を始めてすぐに出会った子どもたちは、もう大きくなっています。この前も小学6年生の時に出会った子がプロになって7戦6勝6KOの成績を収めていると聞いて、驚きました。その子は僕との出会いがボクシングを始めたきっかけだったというんです。小学生時代の写真もあって、
その子と再会したときの写真を、初めてあったときの写真を添えてInstagramにアップしたら、反響が凄かったです。
河本:やっぱり小さい頃に坂本さんと出会ったからですよね。そうじゃなければ、その人は「ボクサーになろう」という選択肢を持つことができなかったでしょうから。
坂本:僕は元々自分が好きでやったことですから、何か見返りを求めているわけではありません。
でも自分が歳をとった時に、僕が好きだった言葉を、次の世代が話しているところを聞けたらいいなと思うんです。それは「熱を持って接すれば、熱を持ってかえってくる」という言葉です。自分の熱が仲間や子どもたちに伝わって、プロボクサーとしてデビューしたことを伝えてくれた子どものように、いつか自分の元に帰ってくる。そういう状態を目指して、今も活動続けているのだと思います。
今もアスリートの方々がさまざまな活動をしていることは、僕も知っています。でも児童養護施設についてもっともっと知ってもらえたら、子どもたちにもっと夢を持ってもらうことができるんじゃないかなと思いますね。
河本:アスリートの方々に説得力があるのは、やはり「積み重ねがあって今がある」ということを職業として体現しているからですよね。例えば、プロ野球の世界でも、何にもしなくてはいきなりホームランを打つ人はいないですよね。必ず今までの積み重ねがある。
そういう方々の言葉には、メチャクチャ重みがありますし、特に子どもたちは素直だから、すごく響くと思いますよ。「プロボクサーだった、さかもっちゃんが一瞬からでも頑張ればいいと言ってくれてるんだから」と本気で思ってくれるのではないでしょうか。
実はお笑い芸人も一緒で、「明日いきなりテレビに出る」っていうのは無理なんですよ。だから、芸人になりたいという子どもがいたら、僕はまず「面白い面白くない関係なく30秒間一人で話し続けるゲームをしよう」という話からするようにしています。
そうすると、ほとんどは「えっーと…」となってしまって5秒と持ちません。でも、それだって失敗ではなくて経験値という宝物なんですよね。今は情報が多いので、どうしても「成功する方法」を追い求めてしまいがちです。でも、成功する方法を追い求めると、どうしても失敗を恐れてしまうんです。だから、それは違うよ、と。失敗じゃなくて経験なんだよ、と伝えるようにしていますね。
それぐらいお笑い芸人も大変なんですけど、アスリートの方々の話の方がわかりやすいですね。でもその分、お笑い芸人は失敗も後から笑いにできますから(笑)。
坂本:やっぱり、継続することは大事ですよね。最初は小さなことでもいいと思います。例えば、先輩である輪島功一さんは、公園のゴミ拾いの活動をしていました。輪島さんの活動を見た近所の人が、「みんなでやろう」とつながっていって、今でもその公園は綺麗です。
今は輪島さんも高齢なので、思いを受け継いだ人たちが公園を掃除しています。これはボクサーの力じゃありません。地域の力です。「社会貢献は成功している人たちがやるもの」というイメージを持っている人もいるかもしれませんが、こんなふうに隣にあるんですよ、社会貢献は。
河本:社会貢献というと偽善みたいに言われがちですし、僕も「お前はお笑い芸人だけやってりゃいいじゃん」といった辛辣な言葉をかけられたことがあります。
でも、やっぱりうまく社会の問題であったり、それを解決するための活動を伝えていこうと思っています。僕は芸人なんで、言い方が適切ではないかもしれませんが「面白おかしく」「楽しく」伝えていきたいですよね。