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「自分の体を大切にしてほしい」Woman’s waysが女子中高生へ伝えたこと

女子アスリートが安心して競技を続けるための、正しい知識や経験を発信する活動を行う一般社団法人「Woman’s ways」が横浜女学院中学・高等学校で講演会を開催しました。

「月経を通じて自分の体と向き合う」ことをテーマに、「Woman’s ways」代表の潮田玲子さんをはじめとした、競技の第一線を走り続けてきた元アスリートらが自身の経験を語り、思春期の真っ只中にいる女子生徒たちに「自分の体を正しく知ることの大切さ」を伝えました。今回は、講義の一部を抜粋してお届けします。

<動画はこちら>

<登壇者紹介>

潮田玲子さん
元バドミントン日本代表。オグシオの愛称で親しまれ、北京五輪5位入賞を果たすなど日本のバドミントン界の強化に貢献。2011年に引退後はバドミントン解説などの普及活動に努め、2014年より日本バドミントン協会広報委員会に参画。一般社団法人Woman’s waysを立ち上げ、女子アスリートを取り巻く課題の解決を目指し、自分の体と正しく向き合うための情報発信を続けている。二児の母。

杉山愛さん
元プロテニス選手。15歳で日本人初の世界ジュニアランキング 1位に輝く。グランドスラムでの3度の優勝。オリンピック4回連続出場。 WTAツアー最高世界ランク シングルス8位 ダブルス1位など輝かしい戦績を残す。2009年の引退後、コメンテーターや解説など多方面で活躍。二児の母。

中川真依さん
元飛び込み競技日本代表。中学3年で世界ジュニア選手権に出場。高校1、2年と インターハイ、国体を2年連続で制覇。また高校2年から日本選手権の女子高飛び込みで2連覇を達成。日本選手権では通算5回の優勝を飾ることとなる。2度のオリンピック出場を経験し、2017年に現役を引退。

登坂絵莉さん
元レスリング日本代表。小学3年生からレスリングを始め、 中学3年生で全国中学生選手権で優勝を果たす。 2010年、2011年の全国高校女子選手権で2連覇を達成。 2012年-2015年の全日本選手権で4連覇、2013年-2015年の世界選手権で3連覇の記録を打ち立てる。 2016年のリオデジャネイロオリンピックでは悲願の金メダルに輝いた。 2020年に入籍し、2021年第一子となる男児を出産。2022年に現役を引退。

須永美歌子さん
日本体育大学児童スポーツ教育学部教授、博士(医学)。 日本オリンピック委員会強化スタッフ(医・科学スタッフ)、日本陸上競技連盟科学委員、日本体力医学会理事、日本トレーニング科学会会長。

月経を正しく知ることが最初の一歩

潮田 皆さんこんにちは。今日のこの時間が自分自身の体と向き合うきっかけづくりになったらいいなと思っています。自分の体ってどうなっているんだろうと考えることで、明日からより自分の体を大切にできるようになれば嬉しいです。

私たちはアスリート時代、大会に向けてコンディションを整えていくという経験を繰り返してきました。ですが、不思議なことに女性ならではの「生理」によるコンディションの波については、本当に知識不足でした。

現役時代を振り返ったとき、ここにいる全員が「もっと自分の体を大切にしていれば」と後悔の思いを持っています。だから若い世代の皆さんにはそう感じてほしくないと思い、このような団体を立ち上げました。

今日、皆さんに考えてもらいたいことは3つです。
まずは月経周期のこと。二つめは、体が不調な場合の症状を知ること。お腹が痛いのか、イライラするのか、やる気が出ないのか。人によってさまざまだと思うので、自分はどうなんだろうと振り返ってもらいたいです。最後に、生理について他者にどのように伝えるか。こうした内容を今日はみんなとディスカッションしていきたいと思います。

登坂 私は現役時代、1年半無月経の時期があり、婦人科を受診しました。血液検査をした結果、異常はなかったのですが、オリンピックが終わって実家に帰った日に生理が来たんです。私の場合はストレスだったのだと思うんですが、そうした気持ちが影響することもあるんですよね」

中川 私は逆に月に2、3回来ることもありました。経血の量はあまり多くはなかったのですが、病院に行った方がいいのか悩み、結局行かなかったんですよね。今思えばちゃんと受診すればよかったと思いますが、やっぱり10代の頃って産婦人科に行くハードルって高いんじゃないかなと思うんです。先生、どうですか?

須永 私が働く大学の学生に聞いても、やはりそう考える人は多いようです。でも、これからいろいろなことにチャレンジしていくベースに健康があると考えると、恥ずかしいという気持ちよりも、将来のために産婦人科にいくという選択をしてほしい。たとえばお母さんや友人が通っていたとこを聞いてみたりして、探してみるのもいいと思いますし、養護教諭の先生が近くの病院を紹介するというのも安心だと思います。

女性ホルモンの増減が、コンディションに影響

須永 これは月経周期とホルモン量の変動を示したグラフです。女性ホルモンと男性ホルモンを見比べてもらうと、男性ホルモンは1ヶ月間ほぼ変動しないのに対し、女性ホルモンは波が大きいのがわかります。この波が、心や体の調子に影響を与えることが研究でわかっています。

女性アスリートを対象に、月経中や月経前に心や体の調子が変化するかを質問したところ、オリンピックに出場したり、国の強化指定選手になるレベルの選手の90%がコンディションに変化があると回答しています。

杉山 私は特に生理前にはイライラしたり、お腹が重くなったり、腰がダルくなったりしていました。実際の競技のパフォーマンスとしては、生理の初日から二日めにあたってしまうと、動きが遅くなることも多かったですね。逆に、生理の終盤からは調子が上がってくるので、その時期に大会が重なるといい成績が出ることもありました。それも全て女性アスリートであるが故のことなので、調子が悪くても生理のせいと受け止めてその中でベストを尽くすのが大切だと思います。

コンディション調整とピルの服用

須永 日本体育大学の生徒にいつ調子が悪くなるかのアンケートを取ったところ、一番多いのは月経中、二番目が月経前でした。男性の指導者の方では、月経中に調子が悪くなることはなんとなくわかっている人も多いかと思いますが、ここにも個人差があることを理解していただきたいです。

症状として多く聞かれる腹痛の理由の一つは、プロスタグランジンというホルモンです。これは子宮内膜を外に排出するために、子宮を収縮させるホルモンなのですが、これが出過ぎると腹痛を感じます。

もしくは、子宮になにかできものがあり、それが原因で腹痛が起きているケースもあります。薬を飲んでも痛みが治らないようなときには、婦人科を受診してみてほしいです。

また、生理前のコンディション変化は、“月経前症候群”、いわゆるPMSと呼ばれるものがあります。これは生理が始まる3日前から10日前に症状が出るもので、生理が始まると治るケース。たとえば胸やお腹が張る、体重が増える、精神的にネガティブな状態になる。これも女性ホルモンの増減によって、神経細胞に影響を与えるからです。

体重の変化の正体は水分です。1-2kgくらい変動する人が多いですね。これも時が経てば元の体重に戻ることを知っていれば、焦ることはないかなと思います。

中川 私の場合はPMSでイライラしたり、食欲が増えたり甘いものが食べたくなっていました。PMSだから仕方ないと思って我慢していましたが、2008年の北京オリンピックの決勝前に、感じたことのない生理痛に襲われました。痛み止めを飲んでなんとか決勝には出場したのですが、もう二度と同じ経験をしたくないと思い、2012年のロンドン大会に向けてはピルを処方してもらいました。

しかしそのピルが体に合わず、ずっとPMSのような症状が続くことになったんです。体はむくみ、筋力はどんどん落ちていく。飛び込み競技では、一回の飛び込みで体に1トンの衝撃がかかります。その衝撃に耐えきれない体になってしまい、首を捻挫したり肩が回らなくなったり、腹筋を肉離れしたり。そんな状態でオリンピックの数ヶ月前を迎えてしまいました。

なんとか試合にはコンディションを間に合わせましたが、もっと知識があればピルの種類を変えてもらうことも相談できたのかなと。

須永 ピルは避妊のときに使うものだと思う方が多いかもしれないのですが、中川さんのようにPMSや経血量が多い人の治療に用いることもあります。ピルは女性ホルモンを人工的に配合されたもので、女性ホルモンの波を抑えることで体調の変化を抑制してくれます。薬局では買えず、婦人科で処方してもらう必要があるのですが、最近はオンラインでも処方してもらえるようになりました。

ただ、中川さんのように副作用が出る方もいて、気持ちが悪くなったり、体重が増えたり、不正出血が続いてしまうこともあります。もし体に合わない場合には、もう一度婦人科に行って症状を伝え、処方し直してもらう必要があります。

ですので、選手であればオフシーズンに。学生であれば、受験直前など大事なイベントの直前ではないタイミングで試してみることをお勧めします。

登坂 私は試合に生理が重なるとナプキンを替えにいくことも負担になるので、生理周期の調整を目的にピルを飲んでいました。レスリングは体重に階級があるので、あまり体重の変動を起こしたくないということを先生に伝えたうえで、超低容量ピルを処方してもらっていました。私の場合は体に合うピルに出会えたので、本当に助けられたなと感じています。

生理を他者に伝えるスキルが、自分を守る

潮田 悩みを一人で抱え込んだり我慢したりすることのないように、どのように生理のことを周囲に伝えるかも重要です。これについては杉山さんのケースが非常に参考になるので、伺ってみましょう。

杉山 生理の痛みや辛さは自分の感覚なので、人と共有することが難しいと思います。私がおすすめするのは、体調を1-10まででスケーリングする方法です。実は生理ではなく、妊娠中のつわりの辛さを夫に伝えるときに使っていました。すごく元気な時は1、辛くて動けないときは8、のように数字で伝えると、相手にもわかりやすく、“2なら、今日は少しお茶しに行こうか”とか、数字が10に近づくと、“もう今日は家で休んでいよう”のように、提案がしやすいようです。たとえば学校の先生やコーチにも、客観的な数字で伝えてみることでコミュニケーションがとりやすくなるのではないかなと思います。

潮田 ありがとうございます。一方、指導者側の気持ちとしては、聞きたくても聞けないという状況もあるのかもしれません。須永先生からアドバイスはありますか?

須永 男性指導者が生理について話すのがセクハラになるのではないかと悩む方も多いようです。ですが指導者が男性だろうが女性だろうが、選手に調子がいい状態で試合に臨めるように何かしてあげたいという気持ちを伝えることがまず大切なのではないかなと思います。

たとえば“調子悪そうだね、どうしたの?”っていう声がけであれば、それが生理なのかどうなのかは別にしても、自分のことを気にかけてくれることは伝わって安心できますよね。コンディションを整えるうえで、女性にとっては月経も大切な要素であるということを、指導の一環として伝えることも大切です。


我慢だけはしない。常に体を最優先したチョイスを

杉山 自分の体のこと、気持ちのことを知ることで、相手のことを知ることにもつながっていきます。今日のように自分の体と向き合うことをこれからも続けてほしい。そしてちょっとでもおかしいなと思うことがあったら、すぐに婦人科に行ってみてほしいです。

登坂 自分の体のことを伝える勇気をもってほしいなと思います。そして、知識を得ることで選択肢は増えるので、いろんなことを経験したうえで自分に合うチョイスができるようになってほしいです。

潮田 一番伝えたいのは、生理の痛みや、気持ちの浮き沈みを、当たり前だからといって我慢するのではなく、自分の体を大切にしてほしいということです。今日は短い時間でしたが、ありがとうございました。