#7 もう一度、受け入れ態勢を整える
~ここまでのあらすじ~
家族経営の町工場。社長が70歳を迎えても後継者が決まらない問題には
一人息子の存在があった。5年勤めて突然消えた息子が宙ぶらりんになって前に進むことができない。まず息子に後を継ぐつもりがあるのかないのか、はっきりさせようと話をするとそれ以前に「障壁」があったことがわかり、「私」は「姉」とともに息子の復帰への道筋を模索し始める。
姉「そんなことが…。そう言われると思う節がありすぎるよ。」
私「うん。社長の息子はASDで間違いないと思うんだ。そこを理解しないで
一緒に働いていたからいろいろな齟齬が生まれて、喧嘩別れみたいに
なっちゃったんだと思うんだよね。」
姉「全然わからなかった。」
私「仕方ないよ。頭脳は問題ないし一人前の口をきくから、はたからみれば
やることもしないで生意気な人間としか見えないし、あれは無理これは
できないと何をそんなにこだわっているのかも理解しようがない。」
姉「本当に理解できなかったもん。病気ってことなのかな?」
私「病気というより強すぎる個性があるってこと。ファジー機能がついて
いないって感じかな。あと、肉体面は実際、病気だと思う。」
姉「そりゃあんな生活して借金に追われたら病気にもなるよね。」
私「そうだね。ASDの特徴に金銭管理ができない人もいるみたいだよ。」
姉「なるほど。」
私「本人は悪気はないんだけど社会でうまくやれないから、メンタル病むし
孤立するし、体にも不調が出たんじゃないかと思う。」
姉「わかるけど、私はあいつはその場を取り繕うズルい人間だと思う。」
私「まぁね。でも私はASDと病気は偽りではないと思うし、彼の生い立ちや
家庭環境を振り返るとなんだか気の毒に思っちゃう面もあってね…
近年のおばあちゃんとおばさんの死だって影響してるんじゃないかって
気がするんだよね。彼を救えるのは私たちしかいないじゃない?」
姉「なるほどね。どうしたもんかな。」
私「あとを継ぐとか継がないとかそれ以前に、まず彼を健康に戻さないと。
話はそれからだと思うんだ。」
姉の強い同意を得て、私たちの方向性はまとまった。
まず社長に私たちから話をして「今の彼の借金をなんとか返済してほしい」と頭を下げてみる。
借金の不安を解消し、ちゃんと食事をし、少しずつでも仕事をさせること。
実家に帰ってこさせるか、目の届く場所に引っ越しをさせること。
今の状態からどこにでも就職しろとか、自力で返済しろというのは土台無理な話だと理解し、身内が受け入れ態勢を整えてフォローしていく。
先行きは見えない、けれど最初の一歩を行くしかない。
姉「ところで本人は継ぐ気はあるの?あると思えないけど。」
私「そこがわからないんだよね。自信がない、やれそうにないというけど、
じゃこの先どうやって生きていくつもりなの?と聞くと、下を向いて、
押し黙っちゃう。でもやらないとは言わない。」
姉「それね!ほんとそう。都合が悪いとすぐ黙る!(怒)」
私「きっぱり断って最低限の生活が送れるようなバイトでもしたらどう?
一緒に探してあげようか?実家に戻れば家賃負担がなくなるから一緒に
頼んであげようか?と言っても無表情になって黙っちゃうだけだし。」
姉「そうだよ。この2年ずっと私もそういう話をしてきた!」
私「正論を言われるとフリーズして何も話さなくなるよね。働きたくない、
会社は継がない、でも一人暮らしは続けたいからお金は出してなんて
35を過ぎて通じるわけないよね?って当たり前のことを言っても、
思考停止、ため息、無言でスルー。一生懸命話しているこっちの方が
腹立たしいやら悲しいやら…、メンタル削られて諦めちゃうよね。」
姉「おばさんが(彼の母親が)あの子おかしいの、助けてあげてって最期に
言ってた意味がこの2年でやっとわかったよ。。。」
親に理解してもらうために
後日、折を見て私から社長に話をした。
あまりストレートに伝えると、現実として受け入れられないであろうことが予想できた。
自分の子供のことを知ったような顔で口出しされてうれしい親はいないだろうし、親子であるほど認められない・認めたくないというものでもある。
特に昭和のド根性論的社長の性格では「そんなわけない!甘えだ!」となるのは明らかだった。
だから、慎重に言葉を選んで、以下のことをさらっと伝えつつ、
とにかくいまは心身ともに疲弊していて、病気は嘘ではない!
健康を取り戻すことがなにより大事だ!ということを強く訴えかけた。
・強すぎるこだわりがある(どうすることもできない特性)
・感覚過敏、体のバランスがとれない(うまれつきの問題)
・受け身で自分のことをうまく表現できない(そういう特性)
・頭痛、腹痛、摂食障害、不眠などの体の不調(体の不調、病気)
・借金は浪費ではなかった(一人暮らしに無理がある)
社長はしばらく押し黙ったままだったが、
「おれは5年前に二度と借金はするな、次は絶対にないからな」と
約束したんだ。
でも、お前の言っていることは今は少しわかる気がするよ…。
と言ってくれた。
とてもつらそうに見えて胸が痛かった。