インセプション
INCEPTION
クリストファー・ノーラン監督の新作『オッペンハイマー』は、現時点で日本での公開日は決まっていません。
日本語字幕の付いた予告編すらもありません。
公開されてないし目途も立ってないものですから、私は2010年の名作『インセプション』を観て自分を慰めています。
『オッペンハイマー』は、第2次世界大戦中に原爆の開発を主導した米物理学者のロバート・オッペンハイマーさんの伝記映画です。
上映時間は約3時間で、広島と長崎への原爆投下やその後の惨禍は描写されていなく、最初の核実験に至る経緯とオッペンハイマーが広島への原爆投下をラジオ放送で知り、その後に被爆地の実態を聞いたことで苦しみ…そして責任を感じて水爆の開発に反対したことで、ソ連のスパイ疑惑をかけられて国家機密に関わる資格を剥奪される…という内容です。
早くもクリストファー・ノーラン監督の最高傑作だなんて言われていて驚いています。
あの『メメント』や『ダークナイト』、『インセプション』、『インターステラー』といった映画史に残るような名作群に匹敵する…又は、それ以上の作品をまた作ってしまったの?…という感じです。
日本では原爆がテーマの映画ということもあり、配給会社が政治的論争に巻き込まれるのを嫌っているとか終戦記念日の後で公開日を決めるのでは…などという憶測が流れています。
でも、歴史から目を逸らすのではなく、 世界がこの歴史的事実をどう認識しているのかを知り、日本人としての認識も再確認して、その誤差について議論したりすることで前に進むキッカケになる良いタイミングなのではないか…なんてことも考えますし、反対に、映画なのでそこまで難しいことは考えないでポップコーン食べながら観たって良いのではないのかな…とも思ったりもしています。
クリストファー・ノーラン監督は凄く頭の良い人だと思うので、どこまで望んでいるかはわかりませんが…。
映画館で上映されるわけですから、観たくないなら観なければ良いだけのことですし、観たいなら観れば良いのでは…と思うのですが、今の日本ではそういうことも許されない…観る自由も観ない自由も与えられない…何とも物騒な国になったものです。
ところで、今日は『インセプション』の話です。
かなりの複雑なルールや、これまでに観たことがないような新しい視覚表現、舞台が他人の夢の中という独特の設定など…ディティールやプロットを1度の鑑賞で把握することが、大変難しい…内容の濃いSF映画です。
実際にファンの間では、鑑賞後も様々な考察や論議がされてきました。
私も劇場に11回観に行き、その後もDVDで何度も観ました。
クリストファー・ノーラン監督は、この映画の構想に20年以上費やして脚本を書き上げました。
ストーリーは…、
“エクストラクション(他人の夢の中に潜入し、その人物のアイディアや情報を盗み取ること)”を商売にしていたコブ(レオナルド・ディカプリオさん)は、ある日サイトー(渡辺謙さん)という男から新しいスタイルのミッションを依頼されました。
“インセプション”と呼ばれるその任務は、サイトーのライバル企業の社長の息子ロバート(キリアン・マーフィーさん)を騙すという内容です。
これを、スパイ行為で国外追放されているコブは、これまでの人生をリセットして愛する子どもとの時間を取り戻すチャンスをもらうという条件で引き受けました。
仲間を集めたコブは、ターゲットであるロバートと同じ飛行機に乗り込み、彼の夢の中にグループで潜入しました。
しかし、夢の中には亡くなった妻のモル(マリオン・コティヤールさん)が度々現れて、ミッションの遂行を妨害してくるので、なかなか思うように物事が進みません。
様々なトラブルに見舞われながらも、犯罪チームは遂にロバートの潜在意識に偽の情報をインプットすることに成功します。
このようなストーリー展開です。
エクストラクションの方がインセプションよりもポピュラーな犯罪で、インセプションの方が失敗のリスクが高い犯罪という設定になっています。
コンピューターのハッキングなんていうのはもう過去の遺物であって、人の心こそが最も攻撃されやすい標的という設定がとても魅力的です。
エクストラクション中に目を覚ます方法は、“キック”、“夢共有装置のタイムリミット”、“夢の中で死ぬ”の3つしかありません。
インセプションは標的が眠っている隙に夢の中に忍び込み、外部の考えを埋め込んで都合よく動かす行為です。
洗脳のようなものです。
新しいスタイルの犯罪で、エクストラクションよりも実行が難しく、これを実行している人はほとんどいません。
夢からの覚醒はエクストラクションと同様の手順ですが、劇中のミッションでは強い鎮静剤が使用されているので、万が一、夢の中で死亡した場合は虚無の層に堕ちて、現実の身体には心が戻らなくなってしまいます。
舞台は夢の中です。
しかもそれが3層構造になっていてとても複雑です。
夢の中で眠り、更に違う夢を見る…という幾重にも重なった構造が夢の階層です。
夢にはドリーマーが存在し、その人物の夢を皆で共有している状態です。
ドリーマー は夢の提供者で…ホストのことです。
夢を創って細部をデザインするのは設計者ですが、夢自体はドリーマーが提供しています。
最初に夢の提供者は、夢共有装置で参加者全員を眠らせて1段階下の層に送ります。
また“キック”で皆を目覚めさせるのもドリーマーの重要な役割です。
その為に、ドリーマーだけはそのフロアに残って眠っている他のメンバーを守ります。
またその際は“キック”のタイミングを計りつつ、他の階層と合わせなければなりません。
“キック”についてですが、スムーズに夢から覚醒する為のツールです。
具体的には、眠っている人に高いところから飛び降りる時の落下感を与えたり、水の中に落とし込んだりして、そのショックによって目覚めさせます。
“夢の中で死ぬ”という選択肢が使えないミッションでは、無事に目覚める為には“キック”が極めて重要になります。
また今回のミッションでは各階層の“キック”のタイミングを合わせる為の合図として、音楽が使用されました。
様々なフロアで、エディット・ピアフさんの名曲「水に流して」が流れるシーンはとても印象的です。
また現実世界と各階層では時間の流れる速さにも差異があり、もっと深い階層に潜ると時間の流れは遅くなっていきます。
例えば現実世界の10時間は、第1階層の1週間に相当します。
よって第1階層でバンが落ちるわずかな時間の間に、下の階層ではよりたくさんの任務を果たすことができる…ということになります。
このような仕事をしていると、職業病のようなもので夢と現実の見分けがつかなくなりがちです。
そのような時に用いるアイテムにトーテムがあります。
コブはコマをトーテムとして使っていますが、これは、元々は妻のモルが使っていたもので、コマが回り続ければ夢、コマが勢いを失くして倒れれば現実と判断します。
物語の最後…ミッションを終えて無事に帰宅したコブは、自宅でトーテムのコマを回します。
このコマが横転すれば現実ということになりますが、それが分からないまま(コマが不安定な感じで回り続けたまま)物語は幕を閉じます。
ラストシーンで、コブが生きている世界が夢なのか現実なのか曖昧なエンディングは、多くの鑑賞者に疑問を与えて、議論を呼びました。
ハッピーエンドと捉えた人もいれば、バッドエンドと捉えた人もいます。
あれから13年……、クリストファー・ノーラン監督は『オッペンハイマー』の宣伝の際に、監督自身が持っている“正しい答え”を明かしました。
“最後のショットの意味は、コブがあの時点において結果を気にしなくなった…ということだ。
曖昧ではあるが、感情的には曖昧ではない。
観客にとっての知的なものだ。”
…何かノーラン監督らしい言い回しで仰られています。
数回観れば『インセプション』は特に難解な映画ではなく、情報量が多いことから1度観ただけでは全てを把握しにくい作品だということがわかります。
何度も観返して、少しずつ不明な部分を明らかにしながら余裕を持って観ることで、この映画がド派手なアクション大作ではなく、実は切ないヒューマンドラマだということがわかるはずです。
とても独創的で、創造力と想像力にユーモアを少々…、それに実行力が完全な状態で兼ね備えられた作品です。
もしも、“サスペンスの巨匠”や“スリラーの神様”と呼ばれたアルフレッド・ヒッチコックさんが生きててこの作品を観たとしたら、白旗を上げたかもしれません。
とは言っても、ノーラン監督もヒッチコックさんの作品をたくさん観たからこそ、こういう作品を造れたのでしょう。
これが因果応報というやつですか…。
とにかく、難しいことなんて置いておいてポップコーン食べてビール飲みながら観ても充分に楽しめる映画です。
それでいて、その奥に潜む心理戦みたいなものを追求することも凄くおもしろい……映画って本当に良いものですね…あぁ~ステキ♪。
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