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カサブランカ

“昨日はどこに?”

“そんな昔のことは憶えていない。”

“今夜会える?”

“そんな先のことは分からないさ。”

ここの会話だけでもクールでお洒落で格好良い映画『カサブランカ(Casablanca)』です。

1942年に製作されたこの作品の背景には、当時の戦争の暗い影が色濃く反映されています。

そんな暗い情勢の中でも、お洒落に格好良く生きる映画の登場人物達の佇まいは今観ても惚れ惚れします。

今観てもと言うか、現在の世界情勢は各国の立ち位置は違っていたとしても1942年以前に雰囲気が似てきたように思うこの頃です。

武器の危険度も現在の方が上でしょうか…。

原作はマレイ・バーネットさんとジョアン・アリスンさんによる上演されなかった戯曲『皆がリックの店にやってくる』で、親ドイツのヴィシー政権の支配下にあったフランス領モロッコのカサブランカを舞台にしています。

この映画が作られた1942年は、第二次世界大戦にアメリカが参戦した直後です。

アメリカは、1939年9月の第二次世界大戦勃発時には、戦争に参加していませんでした。

第一次世界大戦でヨーロッパ列強の対立に巻き込まれてしまったという反省の感情が国内で強く、1935年8月に中立法が制定されていたからです。

しかし、ファシズム国家の台頭はアメリカが掲げる民主主義や人権といった理念の世界的な危機であると考えられるようになり、その台頭をもたらした宥和政策は誤りであったという認識が広まっていきました。

1940年6月になってヨーロッパでは、ドイツ軍がフランスを降伏させて、イギリス上陸を目指します。

フランスの降伏を受けてアジアでは日本軍がフランス領インドシナ進出の動きを見せたことで、アメリカの国益を大きく損なうのでは…と考えられるようになりました。

その年の9月に日独伊三国同盟が結成されると、フランクリン・ルーズベルトさんはファシズム国家との開戦を決意して大統領になります。

1941年3月に武器貸与法を成立させて、イギリスなどへの軍事支援を武器貸与という形で可能にし、また同年8月の大西洋憲章でイギリスと一緒にファシズム国家との戦争目的を明らかにし、戦後の世界の国際協調を提起し、事実上の参戦状態になりました。

全面的に参戦するには更に口実が必要であり、1941年12月7日の日本軍の真珠湾攻撃は絶妙なタイミングで起きた…と言われています。

日米が開戦したことによって、日独伊三国同盟の規定に従って、ドイツとイタリアはアメリカに宣戦布告し、アメリカは自動的に参戦することになり、ドイツ、イタリア、日本の枢軸国に対して、イギリスとソ連と一緒に連合国の一員として参戦することになりました。

戦後の世界の中心にアメリカとロシアが立つわけですが、その流れはここで築き上げられました。

ヨーロッパではドイツ軍と全面的に戦い、莫大な犠牲を払いながら勝利に導いたのがソ連軍と見做されました。

太平洋では日本と戦い勝利に導いたのはアメリカ軍です。

こうしてソ連とアメリカという二大軍事大国が戦後世界に大きな発言力を持つことになりました。

しかし、アメリカが参戦した当初は日本軍もドイツ軍もバリバリ勢いに乗って攻勢を強めていた時期です。

日本の侵攻を止め始めたのは、1942 年半ばになってからのことで、6月にミッドウェーでアメリカが勝利を収めた頃からです。

『カサブランカ』を制作し始めたばかりの頃はまだまだ状況は不安定な時期でしたし、公開時だって、アメリカはヨーロッパと太平洋の戦争をかけ持ちしている状況でした。

監督はマイケル・カーティスさん、 脚本はハワード・コッチさん、ジュリアス・J・エプスタインさん、フィリップ・G・エプスタインさん、音楽はマックス・スタイナーさん、そして、助監督はドン・シーゲルさんです。

1942年11月に公開され、第16回アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚色賞の3部門を受賞しました。

ストーリーは、1941年のフランス領モロッコのカサブランカが舞台になります。

ナチスドイツの侵略から逃れる為に、多くの人がカサブランカへ向かっていました。

カサブランカからリスボンを経由してアメリカに亡命することができるからです。

リック(ハンフリー・ボガードさん)はカサブランカで酒場を経営していました。

ある時リックは、ウガーテ(ピーター・ローレさん)から2人分の通行証を預かります。

通行証はアメリカへ渡る際に必要なものです。

それをある人物に渡さなければいけません。

ところが、ウガーテはリックに通行証を預けた後、警察に逮捕されてしまいました。

ウガーテが逮捕された直後、リックの店にある2人がやって来ました。

ウガーテから通行証を受け取る予定だった2人です。

その2人はドイツ抵抗運動の指導者ラズロ(ポール・ヘンリードさん)とその妻イルザ(イングリッド・バーグマンさん)です。

リックはイルザを見て動揺を隠せなません。

リックがパリにいた頃、彼女とは結婚を考えるほどの仲だったのでした……。

あまりに有名な作品ですが、あとは観てのお楽しみです。

最も有名な台詞としては、“君の瞳に乾杯”があります。

英語では“Here’s looking at you, kid.”です。

直訳すると“君を見つめることに乾杯”となります。

それを“君の瞳に乾杯”と意訳した高瀬鎮夫さんは凄いです。

“君の瞳に乾杯”は、作中で4回使われています。

最初は束の間の幸福なパリ時代をリックが思い出す場面、次にリックがイルザとカサブランカで再会する場面でも使われます。

どちらのシーンも乾杯の言葉として雰囲気が合います。

3回目は映画の終盤、誰もいないリックの店で、イルザがリックへの変わらない想いを告白する場面です。

この時、リックは酒の入ったグラスを手にしてこの台詞を言います。

最後は空港でリックがイルザの背中を押して、夫と一緒に逃げるように説得する時の決め台詞として使われています。

すべてのシーンが名シーンです。

“Here’s looking at you, kid.”は、この名意訳によって日本でも現代まで残る有名な名言になりました。

イルザを演じたイングリッド・バーグマンさんがとても素敵なわけです。

バーグマンさんは1939年に第二次世界大戦が始まった当時、ドイツで『4人の仲間』という映画に出演していました。

その後、戦争の規模がどんどん大きくなるにつれて、そして、終戦後には、バーグマンさんはドイツにいたことについて生涯にわたって後悔していたようです。

スウェーデンを中心にヨーロッパで映画出演した後、1941年に『四人の息子』、『天国の怒り』、『ジェキル博士とハイド氏』の3本のアメリカ映画に出演し、どの作品も大きな成功を収めて注目されるようになりました。

そして、1942年に『カサブランカ』です。

映画史に残る名作になったこの作品についてバーグマンさん自身は満足していなかったようで、こんな発言をしていました。

“私は多くの映画に出演し、中には『カサブランカ』よりも重要な役も演じてきたつもりです。しかし人々が話題にしたがるのはボガートと共演した映画のことばかりなのです。”

その後、その考えは軟化し…、

“既に『カサブランカ』は独り歩きしている映画なのでしょう。人々を惹き付ける不思議な魅力を持つ作品で、映画に求められていた想いを充分に満たすことができる作品と言えます。”

…とも言っていたようです。

そして晩年には…、

“こんなに良い映画だったんですね。”と言っていたようで、何か素敵な歳の取り方をしているなぁ…なんて思ってしまいます。

バーグマンさんはアカデミー賞を3回受賞しました。

1944年の『ガス燈』と1956年『追想』 で主演女優賞、1974年の『オリエント急行殺人事件』で助演女優賞を受賞しています。

アカデミー賞を3回受賞している俳優は現時点で、助演男優賞を3回受賞しているウォルター・ブレナンさん、主演男優賞2回と助演男優賞1回受賞のジャック・ニコルソンさん、主演女優賞2回と助演女優賞1回を受賞しているメリル・ストリープさん、主演男優賞3回受賞のダニエル・デイ=ルイスさん、主演女優賞3回受賞のフランシス・マクドーマンドさんがいます。

俳優のアカデミー賞受賞回数としては歴代2位であり、ちなみに歴代の1位はキャサリン・ヘプバーンさんで、主演女優賞を4回受賞しています。

その美貌だけではなく、演技派として後世に語り継がれています。

そして、ハンフリー・ボガートさんです。

“ボギー”と呼ばれ、今でも、映画俳優のイメージ、銀幕のスターのイメージとして紹介されることの多い人物です。

元祖ハードボイルドスターと言われています。

医学予備学生や海軍兵、舞台マネージャーなどを転々とした後に、俳優として長い下積み時代を経て、初めて主役を任されたのは、40歳を過ぎてからです。

映画史上初のフィルム・ノワール作品として知られる1941年のジョン・ヒューストン監督の名作『マルタの鷹』は2作目の主演作品です。

ここからハードボイルドなイメージが付き始めます。

『カサブランカ』では、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされ、その後、1952年のアカデミー賞で『アフリカの女王』での演技が認められて受賞しました。

その後、1955年のアカデミー主演男優賞に『ケイン号の叛乱』でノミネートされました。

ボギーさんが俳優として活躍した1930年~50年代はハリウッドの黄金時代です。

クラーク・ゲイブルさんやジェームズ・ディーンさんなどのハンサムなスターが登場する中で、一風変わった強面なルックスで、クールでニヒルな雰囲気の“ワル”な雰囲気がたまりません。

1941年の初主演作『ハイ・シェラ』では伝説の強盗でありながら足の悪い少女を救いますし、同年に探偵を演じた『マルタの鷹』では悪党でも美女でも冷酷無比に追いつめますが友情に厚い人物像を演じています。

ワルだけど実は…、という魅力的なキャラクターがボギーさんにはピッタリです。

アカデミー主演男優賞を受賞した『アフリカの女王』では茶目っ気気タップリに演じており、ハードボイルドなキャラクターとのギャップを感じさせる作品もあります。

イングリッド・バーグマンさんやキャサリン・ヘプバーンさん、オードリー・ヘプバーンさんといったハリウッドを象徴する女優さん達と共演してきたボギーさんです。

でも、ボギーさんと言えば、ローレン・バコールさんです。

『脱出』から『キー・ラーゴ』まで、結婚前後に4回の共演歴があります。

トレンチコート、ソフト帽、タバコ、お酒といったボギーさんを象徴するファッションアイテムとボギーさんから滲み出るダンディズムに憧れる人は今でも多いのではないでしょうか。

ボギー=“格好良い”の方程式です。

映画はやはり凄いです。

人の目と耳からスルッと入ってきて、心に訴えかけて、それも永遠に残ります。

そんな映画の130年近い歴史の中で最高傑作に挙げられることも多い『カサブランカ』です。

映画…あぁ~ステキ♪

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