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29.介護とお仕事

働きながら家族を介護する“ビジネスケアラー”の増加が問題になっています。
 
経済産業省の試算では“ビジネスケアラー”は高齢化の影響で2030年には318万人にまで増加し、離職や労働生産性の低下などによる経済損失額は2030年に9兆1792億円に上る見込みとなっています。
 
早めに対処しなければ、経済の維持が困難になるレベルです。
 
負担の軽減を目指して、介護サービスの充実や介護ロボットの導入拡大、ビジネスケアラーを支える企業の取組支援などの具体的な対応策を検討していく方針のようです。
 
かつては同居する義父母を配偶者が介護する“嫁介護”世帯が多かったのですが、国民生活基礎調査によると、2007年以降は“嫁介護”の割合と“子”が介護をする割合が逆転しました。
 
2019年は同居している親の介護者が“子”の割合が20.7%、“子の配偶者”は7.5%になっています。
 
近年は親だけでなく、叔父や叔母の介護を行うケースもあり、担い手が物理的に不足しています。

その結果、介護する世代が一つ下がり、祖父母の介護を10~30代の孫が行うようにもなってきています。
 
ヤングケアラーの増加は、少子高齢化と密接に関わっています。
 
今後も何の対策も講じなければ、日本の人口構成上、ビジネスケアラーやヤングケアラーが更に増えていくと考えられます。
 
仕事と介護の両立に、差し迫って向き合うビジネスケアラーは、20~30代にも1割弱存在しています。
 
そして、40~50代で一気に急増します。
 
少子高齢化に伴い、ケアラーが複数人を同時に介護しなければならない状況も確実に増えています。
 
こうした複数人介護は、40~50代に両親や義母が同時にケアを必要になる場合が多いですが、主たる介護者となっている50代だけで複数人同時介護を踏ん張り切れず、その子ども世代(10~30代)がケアしなければならない孫介護の遠因にもなっています。
 
超高齢社会の加速に加えて、晩婚化や出産年齢の高齢化が進む中で、育児と介護を両立するダブルケアラーの数も増えています。
 
30~40代のビジネスケアラーの4割は育児も抱えるダブルケアラーであり、仕事とのダブルケア両立実現に向けた課題解決の複雑性は今後ますます加速していくことが想定されています。
 
“親の介護を配偶者に任せる”という選択が、かつての典型的なケアモデルでしたが、現状は少数派になっています。
 
共働き家庭が多い日本で、ダブルケアや複数人介護も想定しなければならない現状では、配偶者のみに頼る体制構築は持続可能な選択肢とは到底言えません。
 
ここでヤングケアラーについても少しお勉強です。

日本ケアラー連盟はヤングケアラーを…、

“障害や病気のある親や祖父母など、ケアを必要とする家族がいる場合に、大人が担うようなケア責任を引き受け、家事や家族の世話、介護、感情面のサポートなどを行なっている18歳未満の子ども”

…と定義しています。
 
ケアが必要とされる家族は親や祖父母だけではなく、兄弟姉妹や他の親族の場合もあります。
 
また、18~40歳未満のケアラーを若者ケアラーと呼ぶことがあり、ケアの内容は18歳未満とほとんど同じですが、ケア責任はより重くなる傾向にあります。
 
18歳になる前からケアが続いている場合と、18歳を過ぎてからケアが始まる場合とがあります。
 
中学生が5.7%(およそ17人に1人)、全日制の高校生が4.1%(およそ24人に1人)いるとされています。
 
定時制高校では8.5%(およそ12人に1人)、通信制高校では11%(およそ9人に1人)と、全日制高校の結果を上回っています。
 
家族の障害や病気の程度、家族構成などにより異なりますが、ケアの内容は多岐に渡っています。
 
ヤングケアラー及び若者ケアラーは学校や仕事に通いながら、以下のようなケアを日常的に行なっています。
 
料理、洗濯、掃除、買い物などの家事、トイレや入浴の介助、服薬介助、着替えや食事などの介助、目が離せない家族の見守りや声掛け、慢性的な病気の家族の看病、幼い弟や妹の世話、障がいや病気のある兄弟姉妹の世話や見守り…、他にも、病院への付き添いや家計を支える為の労働、金銭管理、家族の為の通訳なども挙げられます。
 
日常的に家族の世話や介護、家事に追われている場合、なかなか自分の時間を確保することは難しく、長期的な介護により心身の健康に影響を及ぼすこともあると考えられます。

特に中学や高校生の時期は入試や就職活動が重なる大切な時期です。
 
充分な睡眠や学習の時間をなかなか取れかったり、学校を休みがちになったりすることで学業や人間関係に支障を来たす恐れがあります。
 
また、進学や就職で自分が家を離れることになった場合に、残った家族のケアを誰が行なうのかを心配して希望する進路を断念してしまうケースもあります。
 
そのような中で、中学生、高校生ともに6割以上が“周囲に相談した経験がない”ということです。

家庭内の問題なので“友達になかなか話せない”、“自分が頑張らなければいけない”、“相談しても変わらない”と考えて、1人で抱え込んでしまうようです。

また、今の生活が当たり前と考え、自分がヤングケアラーだと自覚していない子どももいます。

こういった事情からヤングケアラーの実態がなかなか表面化しにくいのが実情です。
 
埼玉県では2020年3月に全国で初めて“ケアラー支援条例”が制定され、ケアラーが孤独を感じたり孤立したりすることのないように、県だけではなく、県民や市町村、関係機関、民間支援団体など社会全体で支えていくことを定めました。
 
中でもヤングケアラーに対しては、適切な教育の機会の確保、心身の健やかな成長と発達、自立が図られるように、教育機関と地域それぞれにおける支援体制を構築するとしています。
 
また、以前から介護者支援に取り組んでいる北海道栗山町でも2021年4月にケアラー支援条例を施行しました。
 
2021年6月には三重県名張市でも条例が制定されました。
 
相談窓口を設置したり自治体での実態調査などが行なわれたりと、徐々に自治体での支援が広がってきています。
 
ここからはビジネスケアラーです。
 
介護をしている人々の多くが仕事と両立をしているわけですが、実態の把握は難しいようです。
 
介護の状況は家庭によって様々ですが、ビジネスケアラーには勤務している会社の制度を利用していないケースが多いという共通点があります。
 
会社の福利厚生に介護休暇や介護休業などの制度があっても、有給を消化しながら仕事と介護を両立している場合があるようです。
 
自分がケアラーである事実を周囲に打ち明けないのもビジネスケアラーの特徴です。
 
誰にも言わず制度も使わずに介護をしているので、実態が見えにくくなっています。
 
会社の制度を活用しない大きな理由はキャリアへの不安です。
 
責任ある仕事を任されている時期に介護休暇を取ると“降格させられるのでは”、“出世に影響するかも”などの不安が生じて、利用できないという人もいます。
 
また、介護サービスの利用にはお金がかかるので、降格して収入が減るリスクも避けたいという意見もあります。
 
こうした懸念が、社内制度の普及を阻んでいます。
 
制度が使われないので企業側はビジネスケアラーの状態の社員の数を把握できません。
 
その為、企業の理解も環境整備も進まない…という悪循環に陥ります。
 
また、企業だけではなく日本社会全体が介護に関連する知識やケアラーへの理解が圧倒的に足りていない状況も悪影響を及ぼしています。
 
日本の公的介護福祉サービスの手厚さは世界トップクラスですが、肝心の介護者の多くがサービスを有効に利用できていない状況です。
 
活用できない理由の、1つ目は介護保険制度の複雑さです。
 
介護保険制度は国が打ち出した方針に沿って各自治体が被介護者をサポートする制度ですが、自治体ごとに内容が異なりとてもわかりにくくなっています。
 
専門家でさえ全てを把握するのは、かなりヘヴィなことです。
 
一般の人が個人で完璧に使いこなすのは難しい状況です。
 
2つ目の理由は“忌避感”です。
 
介護や老後などの親の死を連想する話題を避けたいという子の思いが、事前の準備を妨げたり制度の利用を阻みます。
 
企業と同様にケアする側が制度を利用できないので、国も介護者の実態がわからず、今も20年以上前の三世代同居の介護モデルが基準になってしまっています。
 
そのような状況の為、現在の多数派になっているビジネスケアラーの存在が想定されていないということです。
 
親と子と孫の三世代世帯は減少しています。
 
それでも、公的制度は“親との同居”や、親と子が近所に住む“近居”が基準になっている為、親と離れて暮らすビジネスケアラーをサポートする施策は、ほとんどありません。
 
介護の課題解決は社会全体で取り組む必要がありますが、個人でも行える対策もあります。
 
まだケアラーになっていないのであれば、ある程度の知識を事前に身に付けておくと良いかもしれません。
 
在宅介護のプロやビジネスケアラー経験者などが集まるようなセミナーのようなイベントに参加したり、介護関連書籍を手に取るなど情報を会得するのも良いと思います。
 
そして、実際に介護が始まった時にはまず親が住んでいる自治体の地域包括支援センターに相談すると良いでしょう。
 
センターの連絡先を前もって把握しておくだけでも良いです。
 
その他、緊急時の資金対策も重要です。

介護の有無に限らず、いつ親が病に倒れるかわかりません。

いざという時に親の口座を使用できる代理人カードを作っておくと金銭面の負担を調整できます。
 
また、そもそも緊急時に使えるお金があるのかないのか、経済状況を知っておく必要もあります。
 
お金のこともそうですし、親と老後について会話を交わすのは重要な事前準備になります。
 
親が望んでいるサポート内容は重要な情報です。
 
例えば、自分の親は地元から離れたくないのか、引っ越してでも家族と一緒に住みたいのかなど…、本人の性格や意向を会話から探っておくと良いと思います。
 
本人の気持ちとそぐわないアプローチをすると、親と子、双方の負担が大きくなってしまいます。
 
いざ介護が始まると、日々に忙殺されて相手の容体によっては会話も難しくなります。
 
親が元気なうちに向き合う勇気が必要になります。
 
親子でどうしてもそういった話題ができない場合には、介護の専門職などのプロに入ってもらうことも1つの手段かもしれません。
 
全て自分たちでやろうとせず、早い段階で第三者を入れて体制を整えることも今の時代は何もおかしな話ではありません。
 
日本では“介護は家族がするもの”という認識が根強いので、ビジネスケアラーやその家族が孤立してしまいがちです。
 
ひとりひとりの認識をアップデートして“仕事と介護を両立を社会が支えるのが当たり前”という概念が広まって、適切なサポートが受けられるようになれば、介護問題の解決にも繋がるはずです。
 
これからは、働きながらでも大きな負担なく介護ができる仕組作りが求められます。
 
誰もが気軽に介護の話題や情報に触れられる社会の実現が求められます。
 
写真はいつの日か…札幌市手稲区の前田森林公園でチューリップ1輪を撮影したものです。 

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