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作家の彼が愛を語ると、こうなった。

今から30年ほど前のこと

18で出会ったYは、すでにもう作家だった。

私と同じライタースクールに通いながら、
いくつかの雑誌に寄稿していた。

「俺はすでにプロだから、
ここで学ぶことは別にないけど、
コネがもらえるかもしれないと思って来た」らしい。

30年前の平成。
ネットなどあるはずもなく、
いい仕事にありつくには、コネのある学校に入るか、
人からの紹介や、会社にバイトで潜り込むか、それとも
と言う時代背景でした。

初めて彼の家を訪れたのは、
21の時。

季節は新緑の5月。

住所を書いたメモを片手に、
買ったばかりの白いスカートを身にまとい、
彼が一人暮らしを始めたばかりのアパートを訪ねる。

ピンポーン。

扉が空いた瞬間、身長180cm体重80キロの彼の身体で、
小さな玄関は満員になっている。

「ようこそ、我が城へ!」

両手を広げて、微笑む。オーベーか!

同じライタースクールとはいえ、
頭のてっぺんから足の爪先まで作家の彼は、
言葉の一つひとつが「小説」めいていた。


ここから起こりうる細かい様々なことを、
描写して欲しい方々もいるだろうが、
決して美しいものではないので、
省略させていただく。
そう言う記事はまた別で書いてみようと思う。
(その最中も作家の名言の宝庫である)

まぁ、彼のアパートをウキウキ訪ねると言うシチュエイションなので、
ぎこちない二人ではあったが、
それは当然の様にそうなった。

その、
後のことである。

彼がキッチンへ立つ。
私は身繕いをして、ベッドサイドの椅子へ腰かけた。

(一人が戦線離脱すると、
すぐに日常に戻ろうとするあの空気はなんだろう)

カチャカチャと聞こえてきた音は、
カップとソーサーの当たる音。

「ユーアーマイカップオブティーって言葉知ってる?」

そう言いながら、トレーにカップを二つ並べて、部屋に入ってくる彼。
高級ホテルの喫茶店で使われてそうな繊細な細工が施されたカップは、
このアパートには不似合いだ。
そこに紅茶がなみなみと注がれている。

紅茶を私の前のサイドテーブルにそっと置いて、彼はベッドに腰掛ける。
そして、こちらをみて微笑んだ。

紅茶飲まれへんねん、と言う言葉を飲み込んで
同じ様に笑顔を作りながら彼に聞いてみた。

「なあに?それ」(「なんなんそれ?」と言いたいところを歩調を合わせている)

「イギリスの人たちはさ、3時に飲む紅茶をかけがえのないくらい大事に思ってるんだって」

「だからさ、一番大切な人には、こう言うんだってさ」

片手で持ったソーサーからカップを持ち上げるポーズをとって、
私をじっと見て言った。

「You are my cup of tea」

ドキューン!!
秒速100メートルで後ずさりそうになったが、
必死にこらえた。

「Yくん、うれしい♪ ありがとう」
(ここは舞台の上!最後まで演じ切るのよ!<心の声>)


楽しかったわ。本当にありがとう、などと、
ありきたりの会話をして、帰途についた。



後日、
何人かイギリス在住の人に聞いたけど、
だれもそんな習慣を知らなかった。

 

ゆーあーまいかっぷおぶてぃー
「あなたはわたしの紅茶です」


あどけないカコの話である。
 



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