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短編読物:野伏マルドゥクの憂鬱

🔰序章&項目一覧

北方の流れ者ガルス、遍歴のぎょうにある聖職者アレクセイ、青年魔術師アルドレドの三人は、放浪の野伏マルドゥクに従い、冒険者として各地を渡り歩いている。すでに何度か仕事をこなしているが、まだ一行の結束は固くはない。いや……より正確に言えば、そりの合わない者が二人いた。ガルスとアルドレドだ。

それぞれに有能で、どちらもマルドゥクとアレクセイには信を置いている。だが、当人同士がどうにも合わない。白ケ原に生まれ、傭兵として各地を渡り歩いてきた戦士ガルスは、マルドゥクが組んで久しい無二の相棒であった。他方、才覚に満ちた若者アルドレドは、マルドゥクの旧友である魔術師ベルゴに世話を頼まれた彼の愛弟子である。マルドゥクにとっては、どちらも相応の絆を持つ仲間であった。アレクセイもまた、都市生活に不慣れなマルドゥクとガルスをよく助けてくれる盟友だ。北方人と若魔術師の仲をなんとか取り持たねばならないが、マルドゥクはなかなかその機会に恵まれずにいる。

先日、街で賞金首となっていたゴブリン族長の首級をあげた一行であったが、ゆっくり休息できたのは二週間ほどだ。アレクセイが布告板で掴んだ仕事は、街道を荒らすオークの討伐である。いわく、すぐにでも次の仕事にかからねば、一行はもうじき無一文だという。

実際、マルドゥク自身は街の中での暮らしを長く楽しむ気持ちは全くなかった。自身は野宿の方がよっぽど心が休まるし、北方人ガルスも草上で眠る事を疎いはすまい。アレクセイも僧侶である以上、苦行には慣れておろう。だが、魔術師は前回以来、咳込んでは横になってばかりで、とても宿を離れていい状況には思えない。

旅支度を整えた一行は、宿屋の食堂で出発前の食事を取っている最中であったが、マルドゥクはまだ、魔術師アルドレドを置いていくどうかを思案していた。留守番をするよう何度言っても、共に行くと言ってきかないのだ。どうすべきか……野伏の思案を破ったのは、骨つき肉をきれいに食べ終わった北方人ガルスである。

「しかしだな。南方に来て随分たつが、南方の為政者は腰抜けばかりだ。国だ軍だとほざくが、オークごときも自分で始末できんとは。よくこれで民を治められるものだ。南方人は揃って奴隷根性が染み付いていると見える」

北方人は悪態をつき、喉を鳴らしながら杯の酒を飲み干す。お代わりを所望しようと左手をあげかけるが、不意にその手を降ろした。今飲み干したエール酒をもって有り金を使い果たしたのを思い出したからだ。

「ガルス、私が一杯奢ってやるから落ち着け。お前が思っているほど、南方はまだ治まってはおらぬのだ。壁に囲われた街や街道沿いの集落ならまだ安全だが、この土地を徘徊する敵どもを御することはまだできていない。だから我々のような者が必要とされるのだ」

マルドゥクが北方人を諭す。言われたガルスは酒杯を乱暴に卓上に下ろし、野伏へと向き直った。

「そんなことはわかっておる、我が友マルドゥクよ。だが、オークどもが根城をこしらえたのは、街道から少し離れた丘の斜面と言うではないか。俺の故国では、オークが姿を見せれば族長自身が戦士を率いて狩り出すものと相場が決まっておる。だが、南方では偉い者ほど壁の中で縮こまるだけだ。正規兵たちも歩哨と見回りばかりで討って出ぬ。結局は俺たち冒険者や傭兵頼みではないか」

ガルスの直情的な言葉を聞いて、野伏が苦笑いを浮かべる。そこに細く、しかし厳しい声が割って入った。

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