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短編読物:どんぐりの木の下で

🔰序章&項目一覧

一日の仕事を終えて食卓についたボリスは、母にようやく、自分の考えを伝えることができました。今まで何度も口にのぼせては、そのたびにはぐらかされてきましたが、今夜ようやく、母はボリスの話を最後まで聞いてくれたのです。

言い終わったボリスが冷たくなったお茶をすすると、母はため息をつき、悲しそうな声でボリスに言いました。

「おまえはまたそんなことを言うのかい。ここにいれば、おまえはずっと安穏に暮らせるんだよ、ボリス」

「おまえは、里の学校を一番の成績で卒業したじゃないか。どうしてこれ以上勉強なんかするんだい。牧場と農場を長男のお前が継がなきゃ、天国の父さんがなんて言うかね。母さんだっていつまでも働けないんだよ」

「もうじき羊たちの毛も刈ってやらないといけないし、おまえの勘定わざがなくちゃ、手伝い人たちの給料を、誰が計算するんだい。それに、里の外は恐ろしい連中がうようよしてるんだよ。お願いだから、あまり母さんを困らせないでおくれ」

母はやっぱり取り合ってくれません。今まではおとなしく引きさがっていたボリスですが、今回ばかりは違いました。どうしても引きさがれない理由があるのです。

「でも、母さん。僕は本当の本当に、決意したんです。冬の間、弟たちに勘定はちゃんと教えてあります。お願いです。僕はボンデベルクに留学して、もっと勉強したいんです。大学あての推薦状も役所でもらいました。留学が終わったら、きっと里に戻って、牧場と農場をちゃんとやりますから」

ボリスは頬を赤くして口ごたえしましたが、母は返事がわりに大きなため息をつくと、ボリスの顔も見ずに台所へ引っ込んでしまいました。

ボリスは、木のマグに入れたはちみつ酒を少し飲み、うつむきながらパイを口に運び、じゃがとキノコのスープを食べました。スープがいつもより、少し塩辛く思えました。

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