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【2023】年間ベスト旧譜〜国内ヒップホップ編〜

はじめに

前回の記事で力尽きたかと思ったけど、なんか書き上がった。今回は2023年に聞いた日本語ラップ(旧譜)を紹介します。前書きは4、5段落目が重要なのでそこだけでも読んでください。

昨年は韻踏み夫『日本語ラップ名盤100』を落手。網羅的に日本語ラップを聴きたいと思っていた自分にはとても嬉い内容だった。時間的にも地理的にも多様な選盤と、背景から批評的意義までを見開き1ページに収めた解説文、100枚+関連作200という分量も含めて、入門編としてもマニアが未聴盤を潰すのにもピッタリ。多分この記事よりも役に立つので興味のある方はぜひ一読を。

私が日本語ラップを聴き始めたのは多分9年くらい前で、すでにPublic Enemyを入り口に海外ヒップホップを聞いてはいたものの、日本の豊かなヒップホップシーンの存在には気づかず。一方で邦楽ロックなどを調べているうちにスチャダラパーやTHA BLUE HERB、キミドリ、Shing02、Buddha Brandなどの存在を知り(ここら辺はロック中心のメディアでもよく名前が上がるだろう)、日本語でのラップの面白さに目覚め始める。その後ミュージック・マガジンの『【特集】 日本のヒップホップ・アルバム・ベスト100』の号で、SEEDA、Fla$hBackS、S.L.A.C.K.、SIMI LAB、KOHH、NITRO MICROPHONE UNDERGROUND、OZROSAURUSなどに出会う。このあたりは邦楽オールタイムベスト的な企画でもほとんど目にしないが、日本語ラップ的には定番のラインナップだろう。さらにこの頃Abema TVからフリースタイルダンジョンが流行し、日本語ラップが当時の同世代の中高生の間で一気に市民権を得、周囲に日本語ラップの話をする人が大量に現れた。同時に楽曲以上にラップバトルが注目を集めたことで、日本語ラップの歴史が、あるいはヒップホップ文化が曲解を含んだまま普及してしまったようで、苦々しい気持ちになることも。そして現在はあの時よりもさらにバトルシーンが分離してしまった......。それはいいことなのかもしれないし、悪いことなのかもしれない。

そして日本語ラップを勧める上で、歌詞の表現に関する倫理的なあれやらこれやらに関して、やはり引け目があることは認めざるを得ない。往年の日本語ラップには(現在もごくわずかに見られるが)、特に意味を見出せないNワードの安易な使用や、同性愛嫌悪的な歌詞など、単に言葉が汚いということとは異なる基準で問題含みな表現がしばしば現れる。つまり、暴力を表象しているのではなく(これは実際何の問題もないだろう)、表現そのものが暴力であるような歌詞に不意に遭遇することがある。一人で鑑賞する分には苦い顔をしてやり過ごしつつ、その他の美質に酔いしれることもできるだろうし、実際そうしているヒップホップリスナーは多いだろうと思う。同時にこうした態度が自分の感覚を少しずつ麻痺させているような気もするし、そうした表現に自分がたまたま傷付かずに済むがゆえに作品を満足に享受できてしまうということに、後めたさを感じることだってある。これは日本に限らず海外のヒップホップにもあることで、英語のラップを完全には聞き取ることができない多くの日本のリスナーが、"暴力的"な表現と正面から向き合うことを回避したまま受容してしまっている場面も多いだろう。いずれにせよ人に勧めるとなると何の注意書きも無しにとはいかないので、本記事ではそうした"暴力的"な表現が含まれた作品も紹介しているので、その点了承いただきたい。

これだけ書くと、日本語ラップと差別表現の関係についての記述として不十分に思われるのでいくつか補足をする。特に性差別的な表現に関しては、LEXが過去の楽曲のホモフォビックな表現を謝罪したりと、発表済みの楽曲であっても差別的な表現を拒否する動きがあり、AwichやMoment Joonなど自身の歌詞の中で反差別的な立場を明らかにする(それもリリカルな形で!)ラッパーも多い。本稿で取り上げるMSCも同性愛嫌悪的なリリックが見られるグループだが、そのメンバーであるPRIMALは2013年の『Proletariat』収録の「性の容疑者」で、バイセクシャルであることを示唆し、ホモソーシャルな世界での苦悩を吐露する。ele-king掲載のインタビューでは楽曲の意図や、周囲の反応について語っており、大変興味深い内容なので併せて読まれたい。ヒップホップは生々しく刺激的な表現を指向する故に、マイノリティを攻撃してきたことは認めざるを得ない一方、その性質ゆえにあるマイノリティの経験を共有し、差別的な言説の布置を転換させる可能性すら秘めている。これに関して、クィア理論などで知られる哲学者のジュディス・バトラーが、ヒップホップカルチャーがNワードの意味を再領土化したことに注目したこともよく知られているだろう。時にヒップホップの差別表現を、過激な表現の解放区であることがラップの本質だとして擁護する声もあるが、それは先に述べた表現手段としてのラップの可能性を低く見積もっているのだ。実際、過酷な世界を描き名を残してきた"リアル"なラッパー達の多くは、その現実をいかに乗り越えるか、その中でいかに振る舞うべきかを歌ってきたからこそリスペクトされたのであり、その意味では誰よりもモラリストなのだ。以下に紹介する作品もそうした魅力を備えたものばかりである。



餓鬼レンジャー - UPPER JAM

餓鬼レンジャー - UPPER JAM

さんぴん世代を中心に東京中心にシーンが形成される中、それに対抗するように、札幌のTHA BLUE HERBや名古屋のTOKONA-X / Illmariachiなど地方勢が存在感を強めていく流れの中で、九州は熊本から現れたのがこの餓鬼レンジャー。ポチョムキンとYOSHIの2MCの、下品で粗野なエネルギーを撒き散らしながらスキルフルにライムするラップの巧みさは、南部出身ということもありOutKastを想起させる。さまざまな角度から日本語での押韻が試みられてきた現代の基準からしても、二人の掛け合いと高速で飛び交う言葉遊びは圧倒的。アジア風味のトラックも、彼らのやんちゃで勢いのあるラップと好相性でテンションが上がる。

MSC - Matador

MSC - Matador

漢を筆頭に、TABOO1、PRIMAL、O2、GOらが集結した新宿のクルーのファーストアルバム。徹底した言行一致を”リアル”のスタンダードとして掲げ、新宿歌舞伎町のストリートライフを高密度の押韻に載せて臨場感たっぷりに描き出すスタイルは、あまりに生々しくおどろおどろしい。多くの手練れのラッパーが集結しているにもかかわらず明るい奴が一人も居ない、異様な病んだ空気感は、Mobb Deep や Wu-Tang Clanのヒリついた暗黒ブーンバップを想起する。

そうした”リアル”の原点として、日本のハードコア・ラップの聖典として知られる本作だが、ラップと同様にビートも素晴らしい。"無言の蓄積"のリズムパターンは、一般的なHIP HOPのブレイクビーツと比べると奇妙なものだが、叩きつけるような野太いドラムは繊細なピアノのウワモノと奇跡的なバランスで駆動している。いわゆるブーンバップ的なスタイルを土台にしながら、各々のビートに一筋縄ではいかない捻りが加わっている。聞き応え抜群の傑作。

NORIKIYO - EXIT

NORIKIYO - EXIT

今年のリリースのアルバムも話題になった相模原のラッパーのファーストアルバム。SCARS、SD JUNKSTA、MSC、池袋周辺など、関東で新世代が台頭していた時期にあって、SEEDAの『花と雨』にも参加したNORIKIYOは、それまでクレカ詐欺などの犯罪行為を行って生活していたものの、警察から逃れるために建物の4階から飛び降り下半身に重症を負ったことをきっかけに、音楽に専念することを誓う。その結果として生まれたのが本作で、日本語の音韻を巧みに崩したフロウは交流のあったSEEDAやBESとの同時代性のしるしであるが、同時に同じラインの反復やダブルミーニングなどNORIKIYOらしい独創があちこちに散りばめられているのも見逃せない。加えて、自身の体験を生々しく描きながらラッパーとしての再起を誓う内容は、(まさに"はじめに"で述べたように)クラシックと呼ぶにふさわしいものだ。SEEDAが珍しくメロディアスなフロウを聞かせる"RAIN feat. SEEDA"や、BESが参加した"2 Face feat. BES"など客演も見逃せない楽曲が並ぶと同時に、NORIKIYOのスタイルを象徴するような"DO MY THING"、相模原の情景を描きながら再起を誓う"IN THA HOOD"など、代表曲を多数収録。

SWANKY SWIPE - Bunks Marmalade

SWANKY SWIPE - Bunks Marmalade

池袋を拠点に活躍したラッパーBESの1MCを中心としたグループのファースト。BESは本アルバムのリリースの前にも関東一円からメンバーが集まったSCARSのメンバーとして、『The Album』に参加。「Homie Homie Remix feat. SWANKY SWIPE」などの楽曲で強いインパクトを残し、またSEEDA「Path feat. Manny of SCARS, BES of SWANKY SWIPE」などの楽曲への客演ですでに名を知られた存在だった。

そうした風評が揃った中でリリースされたこのアルバムは、BACHLOGIC や I-DeAなど当時を代表するプロデューサー陣に加え、SEEDA、A-Thug など SCARS 勢やメシア the Flyや漢などMSC勢、仙人掌やSIMONなど池袋シーンの仲間など同時代を代表するラッパーが集結するが、その中でも"真のフロウ巧者"としての実力を見せる BES のラップがやはり際立っている。ビートに対して少しタイミングをずらしながら音節をはめつつ、全体として滑らかかつリズミカルにキラーフレーズを聴かせるラップスタイルは唯一無二。良い曲をあげたらキリがないが、特にラストの「評決のとき」は衝撃的な体験を綴った名曲で、もともとSEEDAが客演でヴァースを蹴る予定だったが、BESのヴァースがあまりに完成度が高く、SEEDAが辞退したというエピソードも。

というあまりにも傑作なのだが、ホモフォビックな表現が同時代のヒップホップとしてもかなりしんどいので、その点手放しで賞賛できないのが悩ましい。

漢 - 導 ~みちしるべ~

漢 - 導 ~みちしるべ~

MSCの中心人物で、現在もフリースタイルシーンで強い存在感を放つ漢 a.k.a. GAMIのソロデビューアルバム。『Matador』でも見せた背筋の凍るようなハードコアなスタイルはやはり圧倒的にかっこいい。躊躇のない"リアル"な暴力表現に、ユーモラスに洒落を混ぜ込む独特なバランス感覚が癖になる。また、Buddha Brand関連の人脈からDev LargeとMAKI the MAGICが参加しており、さんぴん世代からバトンを受け取りつつ東京の新世代の存在を見せつけるという点でも象徴的な一枚。特に「紫煙 feat. MAKI the MAGIC」は印象的なフルートのループと共によく知られる、日本語ラップファン誰もが愛する名曲。

MONJU - Black De.Ep

MONJU - Black De.Ep

池袋のシーンで活躍したISSUGI、仙人掌、Mr. PUGの3人組。真っ直ぐ日本語の巧みさで勝負するラップスタイルと、NYのアンダーグラウンドからMadlib、J DillaなどのLA勢など、サンプリングアートを脈々と鍛えてきたオルタナティブなヒップホップの系譜に立つ濃厚なビート(ISSUGIの変名、16FLIPの
手による)で、交流があった関東の同世代と一線を画す。盟友のPSGや一世代下のFLa$hBackSなど、本作を取り巻く流れがその後存在感を増していくことも踏まえると、彼らが現在も変わらずリスペクトされていることに納得する。

JUSWANNA - BLACK BOX

JUSWANNA - BLACK BOX

MSC周辺から頭角を現した大田区のグループJUSWANNAのファーストアルバム。細かい韻と言葉遊びを高密度で繰り出すMEGA-Gと、丁寧語のべらんめえ口調(?)とでも呼べそうな独特の語り口でドキッとするような名台詞が飛び出すメシアTHEフライのスタイルは、節々から垣間見える深みにワクワクさせられる。90年代ヒップホップクラッシックへのオマージュも欠かさず、Method Manの「P.L.O. Style」をもじった「ピエロスタイル」やThe Notorious B.I.G.の「10 crack commandment」のトラックに被せた「Ten Budz Commandment」、OutKastの「ATlien」と同ネタの「東京頭脳戦争 - 時流に媚びない反逆者達」(プロデュースはBUDDHA BRANDのDev Large)など、他にもMicrophone Pagerのリリックからのリファレンスなど、HIP HOPに詳しい人ほどニヤけてしまうマニアックなネタが散りばめられている。ヒップホップ愛に満ちたアルバム。

TENG GANG STARR - ICON

TENG GANG STARR - ICON

Kamuiとなかむらみなみのデュオによる唯一のアルバム。怒りと熱が込められたKamuiのラップと、自由奔放ななかむらみなみのスタイルは対照的で、この二人が組んでいることがまず奇跡的に思われる、実際すぐに活動休止してしまうし。一方で両者がそれぞれ背景を異にする社会のアウトサイダーであり、その二人が、社会に迎合せずとも自分らしく好きにやる、という点で一致しているのが本作の有無を言わさぬ説得力を生んでいる。トラックはサウスのスタイルを中心としつつ、ラップ抜きでも踊り狂えるようなフロア向けのノリの良さもあり、非常にクール。ヒップホップに対する深い理解がありながら、そこから巧みに逸脱する知的で大胆なアルバムとなっている。普段ヒップホップをあまり聴かない人にも勧めたい。

Kamui - I am Special

Kamui - I am Special

KamuiがTENG GANG STARRの活動休止後、間も無くリリースしたソロアルバム。やはり目を引くのはTohjiとの「Salvage (feat. Tohji)」で、"俺は誰も見下さない / 代わりにみんないつか俺を見上げるのさ"のラインは何度聞いてもパワフル。一方で「RAFな街」や「Dera Maji Fuck 100%(feat. ralph)」ではバキバキに割れた電子音で(特に後者はベースの音がデカすぎてボーカルが喰われている)、hyperpopや、現在日本でも一定のシーンを築いているトラップメタルのサウンドに接近している。『ICON』よりも音が荒くなったことで、Kamuiの激しい内面の吐露が一層際立っている。短いながらも刺激的なアルバム。

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