乱気流を待ちながら
人生が上向きになってほしい、でも今寝転んでいる地点における上がどちらの方角を指しているのか知らない、前を向くとは違う、「前」は今いる位置からただまっすぐ進むだけでいい、「上向き」には常に方向を規定する必要が内包されているから、すんなりとはいかない。
何かを決定することが苦手な人間です、人間の不確実さ、不誠実さに怯えきっている、それ故にどこかの地点で、震える手先からコンパスを滑り落としてしまったから、あらゆる可能性は彼に対して悪魔の顔をして襲い掛からんとしている、と彼は夢想する。
彼には、過去が、未来が、かつて触知できていた、そして瞬きの次の瞬間には触知できる、あらゆる信頼性の手綱としては機能しない。すべては「失うかもしれない」ものの予兆として彼の眼前に影を落とす。
人間の行為に一貫性を求める原理の根底には全ての事柄を物のように造形、加工、保存したい欲望が渦を巻いている。
あらゆるものが己の手の内に、安全と信頼の元でコントロール可能な形で留め置かれることを最良とすることの貧しさと、その救いの側面が背を合わせてずっしりと構えている。全てを照らし全てを与える日の光は、巨大な建造物の背後には届かない。苔むし、泥濘んだ小さな領土に根を生やす貧相な精神性は、「仕方がないんだ」などとしたり顔でこぼす。
己の根拠なんてものは存在しない、全ては生成的に変化する、交換可能性の中で泳ぐ、群れ成す大群のたったの一つ。空虚も深淵さえも己のものでなく、普遍的性格を持った現象に過ぎない。と、言われた彼は「大人になること」を自身に課す。
見事なまでの変身、あらゆる出来事を凪いだ水平線を維持したまま受け入れる、彼にはそれができるようになった。これまでの荒波はもう引き起こされず、悲しみは取るに足らないものになった彼は、もう誰とも呼べない単なる一つの細胞と化した。自ら進んで干からびることで手に入れた偽りの知覚が、その無関心さが現実を円滑に執り行う技術だと知った彼の知覚はそれが偽りであることも次第に忘れ、穏やかな日々を迎える。
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