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世界一のブランドは、たぶん家族だ

これは、産声をあげたばかりのブランドと、家族の話です。

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家ではただの兄貴なのに、一歩外にでると「障害者」という枠組みに兄貴は当てはめられる。血の通った親戚すらも「お前は兄貴の分まで一生懸命いきろよ」と語る。気持ち悪いくらいに可哀想バイアスがかかっている・・兄貴は不幸ではないのに。

「知的障害のイメージを変えよう」

重度の知的障害を伴う自閉症の兄・翔太がきっかけとなり、双子で決断した。兄のために、なんて大それたことじゃあない。自分たちが描いた未来に心底ワクワクしたから。社会を変えようというよりも、部屋に散らばっているゴミを掃除して、美しい部屋にしようという感覚。その後、「異彩を、放て」をミッションに掲げる福祉実験ユニット「ヘラルボニー」を起業した。

「ヘラルボニーの一番のファンは誰でしょうか?」

そう聞かれれば・・・

少し小っ恥ずかしくもあるが「母親」と答える以外の回答がなかなか見つからない。実家近くの岩手県で講演会があれば自閉症の兄・翔太を連れて参上し、オンラインの講演会の登録者欄にはほぼ間違いなく「松田妙子」の申し込みがある。

誰よりも早く自分たち双子の情報をキャッチし、
誰よりも早く行動する。

きっと、この「note」も、驚くべきスピードで読んでいる、はず・・だ!遅くとも明日には、LINEを通じて感想も届く気がする。

最近では「ヘラルボニー警察官」として日常を過ごしているので、岩手県在住の方々はぜひ知らず知らずのうちに補導されているかもしれない。

我が家には「松田家」というLINEグループがある。その場所はまるで家族限定のツイッターのように、毎日、毎日、母親からのツイートに溢れている。返信は、する時も、しない時もある。(してない方が圧倒的に多い・・)ツイッターのはじまりは、きっとこんな風に「見返りを求めない」「反応を求めない」ものだったんじゃないかなあなんてことを考える。

さて、そんなこんなで今回は、ヘラルボニーの一番の応援者であり、ヘラルボニーの本当の創業者である松田翔太を育て上げた母親・松田妙子について、深掘りしてみたいと思います。

双子の兄弟に、自閉症の兄、お母さん、凄すぎません?

ある講演会、自閉症のある子供を育てる親御さんから質問を受けた。

「双子の男兄弟に自閉症のお兄さん、お母さん、凄すぎませんか?」

そういえば思い返せば過去に何度も、その趣旨の質問を受けてきた。確かに客観的に見ても、母親は凄い・・と思う部分がある。何が凄いのか。至ってシンプルではあるが、ほとんど一人で息子3人を育て上げた事実がある。

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私自身ももうすぐ2歳になる女児の父親であり、今現在も子育てに参画しているつもりだが、それの単純に3倍の数、さらに全員男、しかも双子、しかもしかも重度の自閉症の長男までいるのである・・・!こりゃあ確かにすごい。

自分たち双子が小学校1年生の頃、家族にようやくマイホームができた。その矢先、銀行員をしている父親の単身赴任が決まった。赴任先は、とても自宅から通える距離ではなかった。

母親は、新築の香り漂う玄関で泣いていた。
「家族みんなでお父さんのところに引っ越そうか?」
まだ小さな私たち双子に提案していた。そのまま受け入れたら良いものの、私たち双子は「絶対に嫌だ!!!」と2倍の涙で反論した。

家族会議の末に「男兄弟3人と母親1人の4人家族」の新築マイホーム生活がスタートしたのだ。

当時私は7歳。あの日を境に父親は、16年間も単身赴任だったのだ・・・。つまり、ほとんどの子育ては母親に委ねられた。

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「きょうだい児」=「寂しい思いをしている」って常識?

「きょうだい児」という表現、みなさんは知っていますか?

きょうだい児
自分の兄弟姉妹に、障害者がいる人たちのことを指します。主に、SNSのハッシュタグなどで使われている言葉です。きょうだい児は、幼いころに寂しい思いをしています。

昨今、療育の現場からも非常に注目されるカテゴライズの表現なのですが、「きょうだい児」=「寂しい思いをしている子供」という意味で使用されることも多いのが現状です。

私自身が結婚すると決めたときにも、「自閉症の兄のことを結婚先の家族にどのように説明すればいいのか。受け入れられるのか、不安じゃない?」と質問されたことがあった。

正直、まったく不安ではなかった。むしろ、
「その思考法が世間的に存在しているのか」
と勉強になったほど。それは今思えば、兄の全存在を肯定した母親の言動や行動のひとつひとつにより人格が形成されたからであると思うのです。

「翔太のため、文登のため、崇弥のため」

自分たち双子も「やりたい」を否定されたことは一度もなく、なんでもチャレンジさせてもらった。自閉症の兄貴も、母親の熱心すぎる指導のもと、一人で電車にも乗れるし、時間通りに家事もできるようになった。母の全ての優先順位は、男三兄弟なのです。(しかし・・父親の優先度は非常に低い!笑)

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「お母さんね、あなたたちの応援が一番たのしいんだよね」

29年もの間、息子をしてきていますが、母親がどんな人生を歩んできたのか、どんな子供時代で、どんな性格で、どんな思い出があるのか、詳しいことはほとんど分からない・・・。

母は、「自分の人生」について、驚くほど口にしない人です。今現在も、自閉症の兄、翔太さんの話ばかり。でも幼少期については話すことがあった。でも、良い思い出ではなく、辛い思いでばかりを聞いた記憶がある。

・跳び箱が飛べなくて悲しかったこと
・マラソン大会がとにかく嫌いだったこと
・お母さんが熱心に話を聞いてくれず「自分の話はつまらないんだ」と思い込んでいたこと

そんな母親が小学校時代、
「お母さんね、あなたたちを応援しているのが一番たのしいんだよね」
そう話していたことが頭から離れない。

私たち双子は幸いなことに運動神経は悪くなかった。小学校は本格的にソフトボールに打ち込み、全国大会ベスト16まで勝ち進んだ。中学、高校も、卓球部に所属して、全国大会に出場する名門校で鍛錬した。

試合会場の最前列には必ず、母の姿があった。母はいつも満面の笑み。今思えば、子供時代の自分と照らし合わせていたのかもしれない。

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家族は、チームだ。

「会社を辞めて双子で起業することにしたよ」

そう伝えたとき、「そんな事業内容じゃお金なんて絶対に借りられないぞ」とブチギレていた元銀行員の父も「良い会社なんだから辞めない方がいい」と説得してきた心配性の母も、両親に挟まれながらも無言を貫く自閉症の兄も、今となっては一番のヘラルボニー応援団になっている。

もう最近では「家族」を超えて、自分にとっては会社を支える「チーム」だ。家族でありチームでもあるから、一緒になって成長していければいい。一緒になって一喜一憂できればいい。

自分たちの根本は、自閉症の兄・翔太にとって幸せな社会になるかどうか、自閉症の兄を育てる両親が安心して過ごせるかどうか、物差しになるのは最終的に家族の幸せでもある。

血のつながった一番身近な家族を幸せにできずに、周りの社会まで幸せになんてできるはずがないから。

いつか兄貴が安心して過ごせる福祉施設も、いつか兄貴が安心して死ぬことができるグループホームも、絶対に作りたい。翔太さん、お待ちください。

このチャレンジ精神も、この自己肯定感の高さも、このブランドの思想をつかさどってるのは、母親であり兄貴なのだと改めて思う。

「世界一のブランドは、たぶん家族だ」

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2021年|松田家の年賀状



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