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アートと福祉と経済と。JALもJRも共鳴するヘラルボニーの挑戦

私たちは、「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験カンパニー・ヘラルボニーです。

知的障害のある作家とアートライセンス契約を結び、彼らが手がけたアート作品をさまざまな形の「商品」として経済市場、アート市場に届けて、新たな価値を生み出しています。

街中の殺風景な場を期間限定のミュージアムに設えたり、日常の何気ない消費活動にもクレジットカードの券面にアートで彩るだけでなく裏側の仕組みにもエッセンスを加え単なる消費から社会を前進させる力に変えていくなど、「異彩を、放て。」のミッションの元、アートを軸に共感の輪を広げ、障害そのものの社会認識を変容させる活動を行っています。

そういった活動の中核を担っているのが「クリエイティブ局」です。2023年4月に立ち上がったばかりのこの部署には、社会派ドキュメンタリーを撮ってきた元テレビマンから、セレクトショップのBEAMSで数々の企業案件を仕掛けてきた企画プロデューサー、学芸員有資格者でもあり大手空間設計会社出身の場づくりのプロまで、幅広い”異彩人材”が集結しています。

へラルボニーは、なぜここまでクリエイティブにこだわるのか?

今回は新たな一歩に込めた思いと狙いを紐解くため、株式会社アーツ・アンド・ブランズ代表取締役であり、初期から顧問としてへラルボニーに参画している笠間健太郎が聞き手となり、へラルボニー代表取締役の松田崇弥、クリエイティブディレクターの桑山知之との鼎談をお届けします。


松田 崇弥 代表取締役社長
小山薫堂が率いる企画会社オレンジ・アンド・パートナーズ、プランナーを経て独立。4歳上の兄・翔太が小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名に、双子の松田文登と共にヘラルボニーを設立。異彩を、放て。をミッションに掲げる福祉実験カンパニーを通じて、福祉領域のアップデートに挑む。ヘラルボニーのクリエイティブを統括。東京都在住。双子の弟。世界を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。2022年、「インパクトスタートアップ協会」(Impact Startup Association)の理事を務める。著書『異彩を、放て。「ヘラルボニー」が福祉×アートで世界を変える』。

桑山 知之 クリエイティブディレクター
1989年愛知県名古屋市生まれ。慶應義塾大学経済学部を卒業後、2013年東海テレビ入社。報道部にて遊軍や愛知県警担当の記者・ディレクター。また「見えない障害と生きる。」「この距離を忘れない。」「生理を、ひめごとにしない。」といったドキュメンタリーCMをプロデューサーとして制作。主な受賞歴は、日本民間放送連盟賞最優秀賞、ACCゴールド、ギャラクシー賞優秀賞、消費者が選んだ広告コンクール経済産業大臣賞、広告電通賞SDGs特別賞・フィルム広告金賞など。2023年、ヘラルボニーのクリエイティブディレクターとして入社。

笠間 健太郎 顧問 
株式会社アーツ・アンド・ブランズ代表取締役。一般社団法人アートハブ・アソシエーション代表理事。Forbes JAPAN ビジネスデザイン・アドバイザー。新卒より電通入社後、マーケティング局、営業局を経て2001年より一貫してプランニング・セクションに所属。クライアントのマーケティング、ブランディングを戦略からアウトプットまでトータルに手がける統合プランナー、クリエーティブディレクターとして幅広い業種の企業・ブランドのプロジェクトを手がけた後、21年に独立。その後代表の松田崇弥より熱心な誘いを受けてヘラルボニーに参画。顧問の1人として、主にクリエイティブ局を含むアカウント部門のサポートを担う。


企画からアウトプットまで一気通貫で行う福祉実験カンパニー

笠間:クリエイティブ局、ついに発足しましたね。私自身、初期からの参画メンバーとして、ヘラルボニーがこれからクリエイティブ・エージェンシーとしての一面をより強くしていける体制になったこと、とても嬉しいです。

松田:ありがとうございます!おかげさまでやっとここまで来られました。そして、戦略的にやっていたわけではないのですが、僕らの見ている世界や思想に共感してくれて、人間的にも尊敬できる方を採用していったところ、結果的にものすごいメンバーが集まってくれて(笑)その一人が、今日一緒にインタビューに答えてくれている桑山さんです。

桑山:テレビ局で報道記者、ドキュメンタリーCMのプロデューサーをしておりました、桑山です。今年4月にへラルボニーにジョインしました。よろしくお願いします。

笠間:桑山さんは、ドキュメンタリー番組で数々の賞を受賞されてきた凄腕の記者であり、プロデューサーなんですよね。広告業界出身でなく報道出身の方がクリエイティブ・ディレクターを務められているのは大変ユニークで、ある意味でへラルボニーの象徴のように感じました。

松田:桑山さんを初めて知ったのは、『見えない障害と生きる。』と言う作品です。その作品を見たときに、桑山さんがへラルボニーのクリエイティブの中核を担う図が浮かんでしまったんです笑

桑山がプロデューサーを務めた『見えない障害と生きる。』
発達障害の特性や当事者・周囲の想い、 生き方やポリシー、見える世界を丁寧に伝えながら誰もが自分事として発達障害について知ってほしいという思いで制作した、短尺のドキュメンタリー映像。

桑山:ありがとうございます。2018年に初めて発達障害について取材して強い衝撃を受け、私の中の障害のイメージが大きく覆されました。報道現場では常に「本物」と向き合うことばかりで、物事の核心は一体何なのか捉える能力が相当鍛えられたと思います。ご紹介いただいた『見えない障害と生きる。』という作品は、ありがたいことにたくさんの方からご好評をいただき、ACCゴールドやギャラクシー賞優秀賞、広告電通賞フィルム広告金賞などをいただくことができました。今でもたまにYouTubeのコメント欄を読んで、発達障害を取り巻くリアルな状況を肌で感じています。

笠間:「クリエイティブ局」は、へラルボニーにおいてどんな役割を担うのですか?

桑山:現在「クリエイティブ局」は、アート作品のライセンスを利用した企業コラボレーションなど、BtoB案件をメインで扱うアカウント部門に属しています。多くのクライアント様からコラボレーションのお問い合わせをいただいており、企画からメディアプランニング、クリエイティブ力を生かした最終的なアウトプットまでを一気通貫で行う福祉実験カンパニーとして、もっと幅広く企業様の課題解決になることを目指していきたいというのが、立ち上げの大きな理由です。

へラルボニーカード、利用額は通常の4倍

笠間:これまでどんな企業様とのコラボレーションが実現しているのでしょうか?

桑山:例えば、2023年の6月には東海旅客鉄道株式会社(JR東海)様とのコラボレーションで、「旅のはじまりに彩りを。」をコンセプトに東京駅構内をアートで装飾し、多様なお客様に旅を楽しんでもらうメッセージを発信するプロジェクトを開始することができました。このプロジェクトはJR東海が実施している、社員の自由な発想から生み出された新規施策を実現する「施策コンペティション」にて採択され実現に至りました。人々が忙しなく行き交う東京駅にアートの力で彩りを加えるという目に見えるアウトプットだけではなく、一緒にアート作品の選定に取り組んでいただいた社員の方々に障害のある作家をより深く知っていただくことで、多様性のある社会と交通インフラとの関わりを考察する場となったことや、東京駅を利用する方々に対しても、取り組みや作品の背景を知っていただくことで、勇気を感じていただいたりコミュニケーションのきっかけにもなったりしています。

笠間:企業様とのコラボレーションを通じて、多面的なコミュニケーションが生まれているんですね。

桑山:ほかにも7月には日本航空株式会社(JAL)様とのコラボレーションが実現し、国際線エコノミークラスの機内食のスリーブをアートで装飾しました。JAL様とはこれまで2度の共創に取り組んできましたが、本プロジェクトでは提携領域を航空事業へと拡大し、国境や性別を超え、より多くのお客様にアートに触れていただく機会を創出しています。企業様とのコラボレーションを通じて、「社員が熱量高く共創に取り組んでいた」といったフィードバックをいただくことがよくあります。福祉を起点とした文化創造と、障害というイメージの変容というミッションに共感頂いているからこそ、企業様の事業領域を通じて社会の一員としての役割に一緒に向き合う機会をいただけることは、我々としても非常に貴重な時間になっています。

JR東海様の新規施策として東京駅を異彩作家のアートで彩る取り組み。
JAL様とのプロジェクト。日本発国際線エコノミークラスの機内食のスリーブをアートで装飾。

笠間:丸井グループ様との取り組みである「ヘラルボニーカード」も、お金を使うだけで社会を前進させる力になる、素晴らしい仕組みですよね。若い世代からの支持が厚く、利用率が高いと聞きました。

松田:へラルボニーと契約を結ぶアーティストの作品を丸井のクレジットカードのデザインに採用して、利用額の0.1%が知的障害のある作家の報酬や、ギャラリーの運営、また福祉団体への寄付として使用されるという取り組みです。とにかく純粋にデザイン性が高いカードでありながら、自動的に社会を前進させる力に変わっていくという仕組みの面でも好評で、目標枚数を上回るほどの人気です。

20〜30代の若年層の利用者が多い上に、一般的なカードよりもLTV(顧客生涯価値)が4倍というデータが出ています(※)。社会の潜在的なニーズにリーチできた、良い例ですね。

※一般的なカードとは、エポスカード会員のうち、プラチナカード・ゴールドカードを除いたカードのことを指します。

笠間:まさに、デザインやコピーライティングにとどまらない、仕組みのクリエイティブもへラルボニーの特徴だと感じます。それから、「全日本仮囲いアートプロジェクト」も、今や全国で70ヶ所にまで広がっていると伺いました。

建設現場や商業施設内の「仮囲い」を、期間限定の「ミュージアム」と捉え直す地域活性型のアート・プロジェクト。

松田:建設現場のあの白い囲いを「仮囲い」と呼ぶんですよね。そこをホワイトキューブのギャラリーと見立てて、アートを飾るというプロジェクトです。

笠間:工事現場を囲うターポリン素材にアートを出力して、掲示し終えたら、トートバッグやカードケースにアップサイクルする。非常に素晴らしい取り組みだなと思います。

松田:有難いことに、この取り組みは2021年の第3回 日本オープンイノベーション大賞において環境大臣賞を受賞しました。

桑山:ビジネススキームを考えるというところも、重要なクリエイティブだなと思います。全く関係ない人たちが「何か素敵だな」と感じる。パブリックでカジュアルな福祉との出会いの創出ですよね。

作家や作品への理解が、優れた企画を生む

笠間:これまでも多くの仕組みのクリエイティブによって話題性を生み出してきたへラルボニーですが、クリエイティブ局が新設されることで、これまでとどう変わっていくのでしょうか。

松田:これまでは、へラルボニーの思想やビジョンに共感してくださった外部の素晴らしいクリエイターの皆さんのお力により、異彩作家の作品データという最高の素材を使って、最高に美味しい”料理”をしていただいたと思っています。次のステップは、私たち自身が腕を磨いて、”料理人”にならなくてはいけないな、と。へラルボニーが所有する素晴らしいアートデータの活用により、これまでも素晴らしい機会に恵まれてきましたが、異彩作家のことを一番よく分かっている私たちが、プロジェクトの"起こり"の部分から、企画やPR、メディアプランニングまで、一気通貫できたら、もっと可能性が広がる。

それは、広告かもしれないし、空間設計かもしれないし、商品開発かもしれない。それらを全部組み合わせたものかもしれない。未来のへラルボニーの姿を切り拓くのがクリエイティブ局です。

笠間:異彩作家を深く理解しながら、企画からそれを届け切るまでのストーリー設計、実行までをへラルボニーが手がけていく体制を整えたということですね。

桑山:はい。よく代表の松田が言っている言葉を借りると、私たちのビジネスは、“異彩作家(知的障害のあるアート作家のこと)”に「依存されている」のではなく「依存している」んですよね。全ては彼らへのリスペクトに繋がっていることが重要であると考えています。単に彼らの作品を使えばいいということで、終わらせたくない。作家や作品への理解なくして、すぐれた企画・ストーリー設計は生まれないと考えています。私たちクリエイティブ局は、どういった特徴のある作家なのか、どのような過程で制作した作品なのかを深く理解した上で、生活者に届けきるまでのストーリー設計を行うことを大切にしています。

松田:クライアントの皆さんからすれば「できるだけ安い価格で、アートデータを使わせて欲しい」という気持ちもあることは理解しています。ただ我々がやるからには、世の中から異彩作家へのリスペクトが最大化するような仕掛けを作っていきたい。それが私たちが入る意味だと考えています。

桑山:へラルボニーは、障害のある方もありのままに生きられる社会の実現を目指しています。様々なパートナーと関わりながら、クリエイティブを通してこれらの主義・主張を表現することにチャレンジし続けたいと考えています。僕はもともとジャーナリズムの世界にいました。へラルボニーのクリエイティブだからこそ、これまでの常識や習慣に迎合しない姿勢を大切にしたいと思っています。こういった思想を広げ、社会が前に進むためには、企業という強力な仲間を集めることが重要です。そういった思想に共感いただけるクライアント様ともっと出会っていきたいですね。

障害のイメージを変えるために、かっこいいは重要。

笠間:へラルボニーの活動は、クリエイティブの発想や仕組みによって、社会においてネガティブなものと捉えられてしまいがちな障害というもののイメージを変えていったり、改めてその価値に気づくきっかけを与えてくれるものだと思います。もともと持っているネガティブなイメージを変えていくために、必要なことは何だと思いますか?

松田:シンプルかつ、単純すぎるように聞こえるかもしれませんが、まず「かっこいいイメージ」を作れるかどうかが重要です。例えば、多くの人が「アップル」と聞くと、「洗練されたデザイン」「優れたUI」というようなイメージを最初に思い浮かべると思います。「ヘラルボニー」と聞いたとき、今後どんなイメージや記号が純粋想起されるのか。その舵取りをすることが最初の挑戦なのかなと。

桑山:僕は前職がテレビ番組のディレクターで、長い間、発達障害をテーマに取材をして、番組作りをしてきました。少しずつ変化しているとはいえ、「かわいそう」というイメージは今もある。それを変えていくのが、ヘラルボニーでありたいと考えています。まずメディアプランニングの観点で、障害や福祉という分野に働きかけることができたらもっと面白くなるんじゃないかなと思っています。

笠間:桑山さんを始め、クリエイティブ局のメンバーを見ると、様々なバックグラウンドや専門性があったりと非常にユニークですよね。

桑山:BEAMSで多くの企業案件を企画プロデュースしてきたマネージャーや、乃村工藝社出身で空間演出を得意とするプランナー、陸前高田市出身で、震災で両親を亡くされたデザイナーや、障害の原体験がある日芸監督コース出身のプランナーもいます。違いや障害というものについて、自分自身の中に何かしらの課題感を持って生きてきたというところでは共通しながらも、活躍できるジャンルが散らばっている。そんな人たちが集まっていますね。それぞれが、自分の人生にとって重要な領域を持ち寄りながら、集まるととにかく明るいし、議論も白熱する。ポジティブな空気感もかなり強いですね。

一緒に働くメンバーには、個人的な課題と社会課題が繋がり、そしてそれが経済活動に反映されていく。そういったところに魅力を感じてくれるメンバーが自然と集まっているように思います。自分自身がまさにそうでした。

クリエイティブ局のメンバー

松田:私たちの強みは、社名であるへラルボニーという言葉(知的障害のある松田の兄が生み出した言葉)にもともと意味がなかったのと同じように、今まで見出されていなかったものに、経済的・文化的価値を与えていけること。私たちが契約するアーティストの親御さんも、「息子の落書きをありがとうございます」と言う人もいて、額縁に入れて、それがキュレーションされて、そこに言葉と文脈が生まれて100万円以上の価値がつく。福祉と経済とを結びつけていくことを通じて、社会的インパクトを与えるクリエイティブなチームになれたらいいなと思います。

笠間:なるほど。近年、社会課題、ソーシャルグッドをテーマとした広告キャンペーンは世界的に増加してきていて、ある種のブームともなっている状況ですが、本当の意味で「課題解決」につながっている例は多くはないと思います。その中でそれぞれのクリエイターが個人の課題として社会課題に向き合い、クリエイティブの力を通じてその解決を図ることに真剣に取り組もうとする姿勢こそ、へラルボニークリエイティブ局のユニークネスであり、本質的な価値なのだと思いました。最後に今後の展望をお聞かせください。

松田:グローバルで勝負していきたいですね。まだ未確定ですが、拠点を海外にも置きたいと考えています。我々が向き合う課題は日本に閉じたものではなく、世界全体で同様の課題を抱えていると思います。世界80億人に対して、障害のイメージを変え、誰もがありのままに生きる社会を実現するために、ヘラルボニーの取り組みを発信していきたいと思っています。

桑山:まず取り組むべき僕らの役割は、クリエイティブを通して作品の価値を高めることだと思っています。言い換えるなら、アートにとっての額縁のような存在になれるといいんじゃないかなって。額縁によって作品の見え方は変わるし、守られたり、価値が高まったりもする。それが自分たちの目指すべきところなのかもしれません。

それから、衣食住と関わるインフラのような存在になれるといいですね。生活のあらゆるシーンに、当たり前のようにヘラルボニーが存在しているという状態になれば。今は若い世代がボリュームゾーンとなっていますが、それよりもぐっと広がって老若男女に愛されていけたらと思います。

笠間:アートだけではなく、いろんな文脈が総合的なクリエイティブを可能にするということですよね。飛躍し続けるヘラルボニーを、今後もサポートし続けて見届けていきたいです。今日はありがとうございました。


文:長嶋 太陽


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