爆破ジャックと平凡ループ_3

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#5-3周目 探偵のお仕事は

 十二月の風が吹き抜け、体がぶるっと震えた。コートを着ていても、まだ足りない寒さだ。

 あれ? 熱は? 爆発は? と目を開けると、そこには、あかいくつバスが停まっていた。運転手が、「乗るの? 乗らないの?」という視線を俺に向けてくる。

 さっき、バスは爆発したはずだ。それも、二度もだ。
 俺はセールストークを使って犯人に立ち向かったが、失敗した。
 なのにまた、バスに乗る前に時間が戻っている。

 俺はバスに乗り込み、パスケースをタッチして金を払う。
 車内を見ると、やはり見知った面々が乗っていた。

 まさか、また繰り返しているのか? ゲームのコンティニューのように、やり直しが何回か許されているとでもいうのだろうか。

 誰のなんの意思で、俺はこんな能力に目覚めたのだろう。どうやったら、繰り返しから出られるのか、そもそも命が助かるのか、と不思議に思いながら歩を進めていると、咲子さんの隣の席に向かう途中で、菜々子嬢のコーヒーをスーツの裾にひっかけられた。

「すいません!」

 菜々子嬢の顔を見て、その隣の町山へ視線を移す。
 がたいがよく、スーツが窮屈そうに張っている。二人はお嬢様とそのボディガード、という関係だったけれど一線を超え、反対を押し切って駆け落ちをしようとしている、なんて妄想が膨らむ。

 くしゃくしゃ頭の男にも目をやる。
 このバスには、彼らを追った探偵も乗っていた。

 九人乗っている乗客の情報を、俺だけが知っている。セールストークだけではなく、これも大きな武器になるかもしれない。

 彼らの前を通り過ぎ、俺は自分が座るべき席の後ろへ向かう。
 咲子さんはスマートフォンをいじっているから俺のことに気づいていないようだったが、ギターケースを持った男は俺が目の前で立ち止まっていることに気づくと、訝しげに顔を上げた。

「ちょっと後ろで話せないかな?」
「そっちの趣味を否定するつもりはないけど、俺はそっちの趣味じゃないんだ」
「貴方の仕事のこと、あの二人に伝えますよ? 雇われて尾行してるんですよね?」

 そう言って振り返り、菜々子嬢と町山の方を向いて顎をしゃくる。

「お前、どこで俺のことを」
「町山とタイマンを張っても勝てませんよね。ちょっと相談をさせてください」

 俺はそう言って、バスの最後部、五人がけシートの右側の隅に移動する。探偵は渋々と言った様子で、ハードカバーのギターケースを持ってきて、俺の隣に腰掛けた。

「私は、月本冷蔵の森田林悟といいます」
「月本冷蔵ってあの、厨房機器の会社か」

 自分の会社が知られていることに、少し喜びを感じたが、にやける上司の顔が思い浮かんで気分が沈んだ。

「ブラック企業ですよ」
「その相談を俺にしたいのか? 労働相談センターにでも行けよ」
「あっ、いえ、そうじゃなくててですね」

 営業スキル、根回しを発動させる。

「あの二人は、大さん橋から出る客船に乗って、駆け落ちをするつもりでいます」
「パーティ中にふらりと抜け出した、とは思っていたが、まさかマジで駆け落ちをするつもりなのか? その情報は確かか?」
「確かなものです」
「協力に感謝するぜ」
「あっ、いや、そうじゃなくてですね」

 どういうことか、と探偵が眉根に皺を寄せる。

「彼らを見逃してあげて欲しいんです」
「それはできない相談だ。俺は城ヶ崎家に雇われてる。仕事をこなすのがプロで、俺はプロの探偵なんだ」
「探偵だったら、駆け落ちカップルの邪魔をしないで、ドラム缶事件の犯人を見つけたりすればいいじゃないですか」
「お前、映画とかドラマの見過ぎだぞ」

 やれやれ、と言った様子で、探偵がかぶりを振る。

「俺たち探偵の仕事はな、浮気調査かペット探しがメインだ。浮気調査だってな、白でしたって報告しても、調査が足りないんじゃないかってキレられる日々だ。今回は黒だったんだろ? それに、駆け落ちを防げば、俺への報酬がたんまり出る。そういう契約になってる」
「そこをなんとか」
「無理だ、無理。情報提供には感謝するけど、見逃せねえよ。なによりな、こっちは事務所が火の車なんだ。燃えながら走ってるつってもいい。いつ爆発するかわかったもんじゃないような状況なんだよ」
「このバスだって、いつ爆発するかわからない状況ですよ」
「なんだって?」
「なんでもないです」

 そう言いながら、次の言葉を探す。彼の目的は、仕事の達成ではなく、金ならば、と「三百万」という言葉が口をついた。

「三百万の指輪を彼らは持っています。それをあなたに渡す。これで手打ちにできませんか?」
「三百万か」

 探偵が、思案するようにくしゃくしゃ頭をくしゃくしゃと掻く。じっと見つめながら、やはりプロではない、と断られてしまうだろうか、と危惧する。
 だが、反して「マジだったら見逃す」と彼は返事した。

「プロじゃないけど、いいんですか?」
「事務所続けるためならな、仕方がねえよ。それに、相手が黒でしたっていう報告は一応できるからな。そっちの報酬も入る」

 ころころと意見が変わる探偵を見ながら、「イメージと違う」と口からこぼれてしまった。

「どういうことだよ」
「すいません、なんでもないです」

 素直に謝罪したが、探偵も痛いところを突かれたと思ったのか、自分自身を納得させるためみたいに、俺に話しかけてきた。

「俺だって、探偵小説を読みまくって、憧れてこの仕事を始めたよ。でもな、推理をすることなんて一度もねえ。ヘッドライト消したまま住宅街を走って尾行して、ホテルに行く男と女を撮影して、それを依頼人に見せるだけだよ」

 憧れていた仕事でも入ってみたら、違った、ということか。
 俺もミュージシャンになりたかった。憧れの仕事にはつかず、今の仕事をするのは良い選択だったのか? とふと考えてしまう。

「あっでも、ダメでした」
「なにがダメなんだよ」
「そうすると、二人が犯人に指輪を渡して降りることができませんでした」
「犯人?」
「これからバスジャックが起こるんですよ」

 バスの運転手が、『次は日本大通り、日本大通りでございます』とアナウンスをし、バス停に停車する。

 目出し帽の男が飛び乗り、咲子さんを人質に取った。

=====つづく
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