如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#24-15周目 俺が、このバスをジャックした!
ドアが開き、バスジャック犯が乗り込んでくる。
「乗って来るんじゃねえぞ! おい、運転手! バスを早く出せ!」
そう言って、岡本が四方山を人質に取っていた。四方山が人質のパターンは初めてだな、さすがに現役を退いたから咄嗟に逮捕術は披露できないものか、と思っていたら、後ろから「ホントだ」と声が聞こえた。
振り返ると、そこには咲子さんが立っていた。
「なんで下りてないの?」
「見守ってあげようと思って」
プレッシャーだなあ、と苦笑しながら俺は歩み始める。岡本が、「おいお前、うろうろするんじゃねえよ」と声をあげる。
セールストークやテクニックじゃ、もう太刀打ちできない。
俺はもう、俺の戦い方で、この一連の騒動に終止符を打たせてもらうことにした。
「人の話を聞けっつうの!」と背後から声が飛んでくるが、気にしない。俺は立花のギターケースを借りて、中を開く。これ、チューニング合ってるんだろうなあ、と思いながら俺は咲子さんが座っていた席に背中を預けた。
そのまま、ギターをかき鳴らす。
セールストークの本を何冊も読んできたが、人の心を掴むのは、テクニックじゃない。テクニックでどうにかしようなんて、人間をバカにするんじゃねえよ、と思いながらギターをかき鳴らす。
バスジャックの塗りをするように、ゲリラライブを行う。
ひとしきりかき鳴らし、全員の注目を集めているとわかってから、DM7コードでメロウに〆る。
呆然としている面々を見渡す。誰も拍手してくれないけどそりゃそうか、と思いながら俺は口を開いた。
「自己紹介をすると、俺は森田林悟っていう、中途半端な人間で、夢を追いきれなかったバンドマンで、うだつのあがらない飛び込み営業マンだ。仕事だって、世界を良くしてるかわからない。昼の商談も失敗したから、クビになるかもしれない。だけど、胸を張って生きたい」
はあ、それが? という視線を受ける。
「そんな俺が、このバスをジャックした! 要求は一つだ! みんなで幸せになろう!」
岡本がきょとんとした顔をしている。悪いな、お株を奪っちまったぜ、と思いながら、彼の脇を素通りして、俺は運転席のマイクを掴む。
「いいかよく聞いてほしい、俺はお前らのことをよく知っている。まずお前らは駆け落ち中のカップルだし、あんたはその家に雇われた探偵だ。あと人質のじいさんは元警官だし、犯人だって妹の手術代のためにやっている。釣り人の格好をしてるけど物騒な仕事をしているのも知ってるし、隅っこに座っているあんた、あんたが苦しんでいることはわかる。だから」
だから? という視線を集める。
「それぞれの問題を、俺だけじゃ解決できない。だから、みんなで知恵を出し合おう!」
車内をどよめく波が、俺に伝わってくる。こいつはなにを言っているんだ? そして何故知っているのか? という二つの疑問だろう。
「マイク貸して!」
咲子さんが俺からマイクを奪い取ると、「わたしは」と話し始めた。
「わたしは、長谷川咲子です。美大を出たイラストレーターで、人に偉そうなことを言ったくせに、食べていけるのがギリギリって生活を送ってる。依頼が減ってきていて今はちょっと困ってる。絵を描くことだったらできる! はい、次!」
次、と言って咲子さんが、駆け落ちカップルを指名する。すると、人間は命令されたら動いてしまう生き物だからか、菜々子嬢と町山がバスの前方へやって来た。
「わたくしは、城ヶ崎貿易の一人娘、城ヶ崎菜々子です。許嫁がいますが、政略結婚というやつです。このままだと、その許嫁と結婚をすることになってしまうので、この愛する町山とパーティから抜け出して来ました。このまま、大さん橋から出る船で地中海に逃げる予定です」
マイクを渡され、町山が巨体を申し訳なさそうに曲げる。
「町山大助《だいすけ》です。菜々子お嬢様のボディガードだったのですが、彼女の凛とした佇まいと強い信念、あとこういう行動力に惚れてしまい、恋仲になりました。俺たちの関係も怪しまれていたので、これが最初で最後のチャンスだと思ってます」
俺はそれを聞き、「はい、じゃあ探偵」と指名すると、立花はその場で立ち上がった。
「俺は、あんたらを尾行している探偵の立花だ。駆け落ちを阻止すれば報奨金が出る。正直、事務所が火の車だから、あんたたちを逃すわけにはいかない」
そこで、俺は指輪のことを思い出した。
「立花さん、二人は三百万する指輪を持っています。それで見逃してはもらえませんか?」
「そんな指輪がもらえるなら見逃すけどよ」
立花がそう漏らすと、「あります!」と菜々子嬢が声をあげた。
「二人の未来のためですもの。惜しくありません!」
そう言って、カバンから小さな箱を取り出して、菜々子嬢が立花に差し出した。立花が指輪を確認し、俺を見て頷く。
「次、バスジャックしてる犯人さん、妹さんの手術のお金が必要なんですよね」
問いただすように言うと、彼は頷いた。いつの間にか、四方山につきつけていたナイフを下ろし、事の成り行きを見守る体勢に入っている。
「俺は岡本だ。妹の手術代をなんとかしようと思ってなんやかんやあってこのバスに逃げ込んだ。金がなくて、本当に困ってる」
「この中で、お金をなんとかできる人はいませんか? 募金をつのりたいんですけど、なにかアイデアのある人は?」
この問題をどう解決したものか、九人からの募金でなんとか賄えないものか? と思っていたら「いくら必要なわけ?」と声が飛んで来た。
声の主は、ユーチューバーの東雲だった。
「一千万」
「一千万かぁ」
「あてがあるのか?」と俺が訊ねると、彼はうーんと唸ってから右手をパチンと鳴らした。
「動画を投稿させてもらうよ。あとで車内を撮影させてほしい。俺のフォロワーは四万人いるし、事件動画だったらみんながめちゃくちゃ見たがるだろうから、広告収入をあんたに寄付する」
「マジかよ」
「滅多にない経験だし、俺の知名度も上がる。ウィンウィンってやつだ」
「じゃあ、二人は連絡先を交換して」と促し、次なる関門に移る。
「あなたの話を聞かせてください」
隅の彼が立ち上がる。元町を過ぎたあたりだから、後部からパトカーのサイレン音が響き始めた。彼はそれに焦らされる様子で、口をパクつかせる。
ゆっくりでいいので、教えてください、と伝えると、彼は深呼吸をしてから口を開いた。
「僕は、楠部和也《くすべかずや》っていいます。もうすぐ三十になります。でも、恋人もいなければ、友達もいない。子供の頃から両親が厳しくて、友達を作ることも許してもらえませんでした。テストで百点を取らないと、犬みたいに床でご飯を食べさせられました。東大に行ってもなにもやる気が起きなくて、なんで生きているのかわかりません。今でも、友達がゼロ人で、誰とも話をしない日々が続いています。ネットをする趣味もないし、誰ともつながりがなくて、気が狂いそうになった。いや、もう狂ってるのかもしれないな」
楠部がそう言って自嘲的に笑い、ばっとジャケットを開いて、体に爆弾を巻きつけているのを乗客に見せた。
みながごくりと息を飲んだのが伝わって来る。
「仕事だって、派遣でいつクビを切られるかわからない。今日、僕の誕生日なんですよ。それで、死んでやろうと思って。ニューヨークで起こったみたいな爆弾テロをすれば、両親が犯罪者の親って責められるんじゃないかと思って。それで、爆弾をしかけました。タイマーを起動させてあるから桜木町駅に着く頃か、俺がスマートフォンでダイヤルをすれば、爆発する仕組みになってます」
彼をどうにか止める方法はないだろうか? 俺にはどうしても思い浮かばなかった。
車内を見回すと、みなが口をつぐみ、なんと声をかけていいのかわからない様子だ。
が、そんな現状を打破する声が響いた。
「友達になろう!」
=====つづく
第24話はここまで! 次回最終回!!
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