爆破ジャックと平凡ループ_2

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#3-2周目 セールストークで立ち向かえ

 俺はバスジャックテロに遭い、一度死んだのに時を繰り返し、再びバスジャックされたバスに乗っている。

 犯人の格好を確認する。
 目出し帽で顔を隠し、紺色のもこもことしたダウンジャケットを着て、黒いリュックサックを背負っていた。ザ・強盗犯というわかりやすい格好だ。

「いいから、このまま走らせろ!」

 と運転手に命令をしている声は、聞き取り辛く、呂律が回っていない。テロを起こそうとしているのがバレ、逃亡しているから興奮状態なのだろう。よく見れば目が血走り、視線が定まっていないように見える。
 だったら、こちらは、相手をなだめる方向に持っていくしかない。

「あのー」

 両手を挙げて、抵抗をするつもりがないですよ、とアピールをする。

「なんだよ、お前は黙って、そのへんの席に座ってろ」

 犯人があごでしゃくり、空いているシルバーシートを示す。咲子さんたちとすれ違い、ゆっくりとそちらに移動しながら、俺は精一杯柔和な笑みを浮かべる。

「いやー、あなたは非常に運が良いですよ」
「は?」
「あっ、初めまして私、月本冷蔵の森田林悟《もりたりんご》と申します。名前に木が五つもあるんですよ。珍しくないですか?」
「は?」
「すいません、冗談はさておき」

 ジョークで場を和ますのには失敗した。割と受ける鉄板ネタだったのだが、TPOには合わなかったようだ。

「なんとか冷蔵ってなんのことだよ」
「月本冷蔵と申しまして、業務用の厨房機器を扱っております。あまり、ご存知の方はいらっしゃらないかと思いますが、あなた様が飲食店に入った時、たとえば、ラーメン屋さんのカウンターから弊社の月のマークの入った冷蔵庫を見ているかもしれませんよ」
「それが一体なんなんだっつうの。冷蔵庫が今、役に立つのか?」
「いえ、そういうわけではなくてですね。私、そこの営業をやっているのですが、お客様の要望を聞くことがとても得意なんですよ。一分だけお時間をいただけませんでしょうか?」

 営業スキル、親しみやすい第一印象と警戒させないアポ取り、を実行する。一分だけ、と時間を指定するのも有効的な方法だ。

「俺の要求はお前が黙っていることだよ」

 さっきは犯人の言う通り動かず、黙っていた。
 でも、と食い下がる。
 このまま、大人しくしていても事件は解決しない。

「おいお前」
「動くんじゃねえ、ですよね。わかりますよ。なので、これ以上は近づきません」

 犯人は一周目で、咲子さんにナイフで傷をつけたが、あれはアクシデントに近かった。おそらく、人質に危害を加えるつもりはないだろう。警戒しつつ、交渉を続ける。

「例えばそうですね、黙っているとなにが解決されるのでしょうか」
「俺がイライラしないですむ。イライラすると、ああもう面倒くせえからこの女を殺しちまおうかって気になっちまうんだよ」

 咲子さんの顔が引きつり、俺を睨む。
 だが、なにもしなくても殺されるのなら、と食い下がる。

「そう、イライラしないですみますよね。イライラせずに、なにをしたいと考えてらっしゃるのですか?」

 例えば、穴あけドリルを買いたいと思っている人がいるとしよう。彼がただ、板に穴を開けるためにドリルが必要なのだとしたら、ドリルよりも穴の空いた板を勧める方がお客様にとってはメリットが多い。

 それは、「ありがとう」と言われる良い契約だ。

 まずは、犯人の欲求がなんなのか? を探る必要がある。
 バスはこのままだと、中華街を通り抜け、 元町入口を横目に坂を登り、港の見える丘公園前を通り過ぎて、近代文学館の中に入ってUターンをする。元町入口に戻ってから、今度はマリンタワー前、 山下公園前、 大さん橋、赤レンガ倉庫などの観光名所を巡りながら、 横浜第二合同庁舎、 馬車道駅前、桜木町駅前へと向かう。

 終点につくまで、約三十分程度だろう。

 いつもなら、商品を買ってもらうことをクロージング、つまりは契約成立とするが、今回は人質の解放をクロージングとして話を進めてみよう。これからなにが起こるのか知っているのも、俺にとって大きな武器になるはずだ。

「お前らには、関係がない」
「関係なくはないですよ。我々は人質なんですから。犯人様も、警察に逮捕されたくはないですよね? だったら、我々の協力があってもいいんじゃないですか?」

 自分で言っておきながら「犯人様」ってなんだよと思いつつ、固唾を吞む。
 犯人は、じっと考えるように口をつぐんだ。車内には、乗客が九人乗っている。運転手も入れれば十人だ。

 自棄を起こされると、またバスを爆破されてしまう。どうにか、チームになりましょうよ、僕らは味方ですよ、と説得を試みる必要があるだろう。

「警察や世間に要求があったり、私たちに協力できることがあれば、仰ってください」
「いや、やっぱり関係ねえ。俺には金が必要なんだよ。もう黙ってろ、本当にお前、この女をぶっ殺すぞ!」

 これ以上は、犯人の神経を逆撫でしてしまうかもしれないな、と大人しく座席に座る。

 だけど、犯人にはお金が必要なのだということがわかった。宗教絡みのテロかもしれないと思っていたが、お金で解決できるかもしれない、と判明したのは大きな前進だ。
 だったら、このバスの乗客の財布や、運賃を彼に渡せばどうにかなるのでは?

 ピンポーン、と音が鳴り響く。

 正解ですよ、と言われたような気がしたが、そうではない。
 隣に座っている、高そうな毛皮のコートを着た、どこかのパーティへ向かう途中のような、お嬢様風の若い女がボタンを押していた。

 何故今、止まりますボタンを押したのか? とみんなが凝視する。
 これは、さっきの一周目では起こらなかった現象だったから、俺も唖然とした。

 俺の行動が、乗客の行動を変化させた、ということだろうか。

「すいません、わたしたちだけ降りたいんですけど」
「菜々子《ななこ》お嬢様」とお嬢様の隣に座る戦士系スーツがたしなめるように声をかける。

 犯人がどういうことか? と首を傾げる。

「わたくしたち、駆け落ち中なんです!」

=====つづく
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