爆破ジャックと平凡ループ_14

如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#22-14周目 君が犯人だったのか

 十二月の風にも慣れたな、と俺は思わず笑みをこぼす。

 目の前にはあかいくつバスが停留している。親父が「乗るのか? 乗らないのか?」という視線を向けてくる。俺はパスケースをタッチして清算をしながら、親父を見つめる。

 親父と目と目が合う。

「お疲れ様」

 そう言って、俺は歩を進める。菜々子嬢のコーヒーが、スーツのすそにかかる。

「すいません!」

 不安の滲んだ顔で俺を見る菜々子嬢と、その隣にいる町山をそれぞれ見てから、「気にしないでくれ」と言って、進む。

 後部ドアの前に立つ四方山に、「すいません」と言って道を作ってもらい、俺は咲子さんや釣り人の格好をした叶の隣を素通りし、正義漢の隣に腰掛けた。

 五席並びで、なぜわざわざ隣の席に? と不審に思っているのだろう。そういう視線を受ける。

「君だったのか。全然気づかなかったよ」
「なんのことですか?」

 俺と同じ、アラサーくらいの男だ。朴訥とした、優しそうな人に見える。

「爆弾のこと、って言えばわかるだろ?」

 俺がそう言うと、彼は反応を示した。表情を強張らせ、目に力が篭ったのがわかる。

「給油口のところに張り付いているのも知ってる。全然剥がれなかった」
「なにを言ってるんですか?」

 立花と情報を整理し、推理した結果、犯人は彼になった。

 バスジャックとテロ犯は別人だったし、誰かが降りようとした際に爆発が起こったということは、バスの中に犯人がいる、ということになる。
 桜木町で爆発したのは、彼のスマートフォンが没収された時だった。タイマーがセットされているが、おそらく、スマートフォンで爆弾を起動させることはいつでもできるのだろう。

 そしてなによりも、立花が鋭く指摘したのは、隅に座る正義漢が勇気を持って行動できているという点だった。彼は、自分が死んでも良いと思っているから、行動を起こせているのではないか、その証拠に彼がバスジャック犯に立ち向かい、返り討ちにされたらすぐにバスは爆発している。

「俺は、君と話がしたいんだ。なんで、こんな真似をしたんだい?」

 彼は、しどろもどろとした様子だったが、別にバレてもいいと思ったのか、にやりと笑った。

「僕には、守るべきものがなにもないんですよ。だから、なにかをしたかったんです」
「爆弾を作って、バスと乗客を吹き飛ばしたかったのか?」
「他人のことなんて、構っていられませんよ。僕が酷いことをすれば、両親が責められるでしょう? 思い知らせてやりたかったんですよ。あんたたちは、子供の育て方を間違えたって」

「どんな」
「どんな教育を受けたんだって思ったでしょう? テストで百点を取れなかったら、次のテストで百点を取るまで、床に座って皿に盛られたのを食べるんですよ。犬の気分でしたよ、あれは。友達と遊ぶことも許してもらえなくて、ずっと一人でした。僕には、友達がいないんですよ。わかりますか? 一人もいないんですよ。話をしたい時に、誰とも話ができないんです。悲しい時、誰にも悲しいって言えないし、楽しい時、誰とも気持ちを共有できない。いや、楽しいことなんてなかったんですけどね」

「今は、どういう生活をしているんだい?」
「進学校だったから、東大に行きました。でも、なんにもやる気が起きなくて。大学って研究をするところじゃないですか。でも、僕にはなんにもなかったんですよ。空っぽで、なんの興味もなくて、行かなくなってしまいました。その後は、派遣とか仕事を転々として、今に至るって感じですよ。どこからも、東大生っていう色眼鏡で見られて、仲良くしてもらえなかったです」
「だからって、周りの人を巻き込むのは」 

 そう口にしながら、彼には周りの人、という感覚がないのではないか、と感じた。自分と繋がりのあるものがなにもない。だから、誰かの死を悼む、という気持ちも湧かないのではないか。

 彼が唯一繋がっているのは両親だけだったが、正常に保っていたものが擦り切れ、やりたいことが復讐だけになってしまい、その結果がこのテロだったのではないか。

「ぼく以外の人間が全員死んじゃってもぼくは悲しまないし、ぼくが死んでも悲しむ人はいないんですよ」

 かける言葉が見当たらなかった。彼の生い立ちに対して、俺ができることがなにも見当たらない。

 彼はおもむろに、着ているダウンジャケットのファスナーを開いた。そこには、防弾チョッキのようなものが仕込まれていた。ところどころに配線が組まれている。

 咲子さんは、これを見たのだろう。それでジャックしたのか。

「爆弾はここにもあります。みんなで死ねば怖くない」

 彼はそう言ってポケットからスマートフォンを取り出すと、操作した。

 バスはまた爆発した。

=====つづく
第22話はここまで!
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