如月新一「爆破ジャックと平凡ループ」#10-6周目 つまらない男になるぞ
「おいお前ら、なんの話をしてるんだ!」
痴話喧嘩に興味を持ったわけではないだろうけど、剣呑な雰囲気だったことを察知した岡本に訊ねられる。
大変な時に、身内がすいません、という気持ちになりながら、「彼女、別れた恋人なんです。五年ぶりに偶然再会して」と釈明する。
「五年ぶりの再会に水を差して悪かったな」
「いえ、昔のことを責められていたんで、助かりました」
お前も大変だな、と同情してもらえるかと思ったが、世の中そんなに甘くはなく、「そうかよ」の一言で済まされてしまった。
咲子さんは手近な席に座り、じっと俺を見つめている。
ほら見ろ、俺を信じて降りておけばよかったじゃないか、と視線を返す。
だが、ここでふと営業のスキルの一つを思い出した。
昔話をする、というものがある。それも、子供の頃の話だ。
自分がどんな少年だったのかを話し、親近感を覚えさせる。子供だったけど立派に成長し、そんな俺が自信を持って勧める商品なのだから、間違いありませんよ、と提案する手法だ。
咲子さんと話をしていたからか、岡本からは「黙ってろ!」という台詞を聞いていない。少なからず、隙がある。俺は、これはチャンスと思い、口を開いた。
「私は八歳の時に、両親が離婚して、母親一人に育てられたんです。奔放な母親で、私は家事も自分一人でこなしてきました。そんな時、運転手の父がよく言っていた『人と同じことばかりしてると、つまらない男になるぞ』っていう言葉を思い出しました」
「なんの話だ?」
「私は、その言葉を胸に、今日まで生きてきました」
運転席をちらりと見てから、言葉を重ねる。
「一見、私はただの営業マンに見えるかもしれません。ですが、人と同じではありません。誇りを持って仕事をしています」
「それが?」
「なので、月本冷蔵のスチームオーブンを」
口にして、俺はなにをしているのか、とかぶりを振った。咲子さんと話をしたことで動揺し、犯人の説得ではなく本気のセールストークを始めてしまっていた。
「すいません、ミスです。やっぱりなしで」
そう言ってかぶりを振る。
すると、岡本は少しばかり愉快そうに、「お前、俺にオーブンを売ろうとしたのかよ」と笑った。それは、同級生に対して笑うような、親しみのあるものだった。
「片親ってのも大変そうだけど、家族が多いってのも大変だぞ」
「そうなんですか?」
「というか、金がないと大変だな。それに、両親が優しけりゃいいさ。そうじゃないと、最悪だ。妹が風邪をひいても、病院へ連れて行く金がない。風邪薬を買うために、ゴミ屋敷の中から、小銭をかき集めたことなんてお前にはないだろ?」
「想像もできないです。妹さんがいるんですね」
「病気がちのな」
「そのために、お金が必要なんですか」
岡本が無言で俺の顔をじっと見た。言葉はないが、そうなのだとわかる。
「長男の俺がしっかりして、医者になっていたら、と時々思うぜ。でも、勉強をする暇なんてなかったし、俺も俺で自暴自棄になっていたから、絵に描いたようなチンピラになっちまった」
「私だって、ロックスターになるはずでしたよ」
自嘲気味に、両手をグーパーさせ、左手を見る。昔は弦を押さえるために、固くなっていた指先は、今じゃふにゃんふにゃんだ。
「さっきは俺に、自慢げにオーブンを売ろうとしていたじゃないか。つまらない男にならないようにしてたんじゃないのか?」
「私ほど、つまらない男もいませんよ。実は昼過ぎに、商談に失敗して、今日一日でオーブンをあと一台売らないとクビ確定です……オーブン買ってもらえませんか?」
「妹の手術費で、いっぱいいっぱいだっつうの」
今回は、妙な連帯感が生まれているな、と思った。
それは犯人が落ち着きを持っているからだろう。パニック状態になっていない。俺がミスをしたおかげで、人と人としてコミュニケーションが取れたからかもしれない。怪我の功名だ。
妹の手術代のために、彼がバスジャックをしている、ということもわかった。
もしかしたら、彼は自分自身に保険金をかけているのではないだろうか。
テロ事件に巻き込まれたとなれば、生命保険が下りるだろう。彼の妹にお金が渡るよう、算段をつけているのかもしれない。
犯人がなぜテロを起こそうとしているのか疑問だった。
だが、これで合点がいった。
と、ちょうどわかったところで、『次は、港の見える丘公園前、港の見える丘公園前でございます』とアナウンスがかかった。
周囲の景色を見ると、オフィス街や元町を抜け、山手ゾーンへ入っていた。観光客が目に入り、いい気なもんだな、と思った時にはっとした。
わざわざアナウンスをした理由に気づく。
運転手は覚えていたのだ、と俺は足を踏ん張らせる。
アナウンスの直後、と言ってもいいくらいのタイミングだった。急ブレーキが踏まれ、巨大な手がバスを掴んだように、バスが止まり、揺れる。
岡本が体勢を崩し、俺と一緒に床に倒れた。
首筋にぽっと熱が走った。
嫌な予感がし、手で触れてから確認してみると、真っ赤な血でべっとりと汚れていた。
ドラマや時代劇のように大げさに血が噴き出すことはなかったが、どぼどぼ、と明らかにこのままではいけない流れ方で、俺の体内から血が溢れて行く。
これはやばいぞ、と思いながらちらりと窺うと、待っていましたと言わんばかりに町山が飛び出し、岡本を押さえつけた。腕をねじりあげて背中に回し、そこに膝を乗せて組み伏せている。
「これで、いいでしょうか?」
遠慮がちにそう言って俺を見た、町山の顔がひきつる。おいおい、そんなにやばい状況なのか? と思っていたら、「森田くん!」と咲子さんがかけよってきた。
「俺、大丈夫そう?」
「全然大丈夫そうじゃないよ!」
咲子さんがハンカチをおれの首筋に押し当てる。横に倒れながら、四方山が岡本に手錠をかけるのを見届ける。
だけど、これだけじゃダメなんだ。俺は三周目でバスジャック犯が起爆装置をどこかに隠していることを知っている。じっと見つめるが、バスジャック犯は大人しくした様子で、どこかでもぞもぞと動く気配がない。
幼少期に見たアニメを思い出す。奥歯にスイッチがあり、噛むと加速装置が起動する、というものだ。両手を塞いだところで、意味はないのではないか。
それにしても、頭がぼんやりとしてきた。四方山が運転手や俺になにかを話しかけて来ているが、なにを言っているのかさっぱりわからない。
目を閉じては開けてを繰り返しながら、俺の顔を覗き込んでいる咲子さんの顔を見る。かすんでしまっていて、よく表情がわからないけど、泣いているのがわかる。
別れてしまっているのに、泣いてくれるのか、と俺はありがたいやら申し訳ないやらでぐちゃぐちゃになる。
俺はどうして、この人を幸せにできなかったのだろうか、という悔恨を覚える。やり直せるものなら、バスに乗り込む前ではなく、大学生の頃に戻してほしい。
四方山がバス全体に向かってなにかをアナウンスしている。
事情聴取云々、というやつだろう。
やめてくれ、と思っても、四方山のアナウンスはつづく。
バスはまた爆発した。
=====つづく
第10話はここまで!
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