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200文字の原稿では“成仏”できないと思った

10年前の関西でフリーのライターになると、京阪神エルマガジン社のお世話になるのが定番だった(と思う)。わたしは、もともと東京のウェブメディアにご縁があったので、ウェブと紙の二足のわらじでライター生活を始めることになった。

当時はまだ「京都本ブーム」の最中で、京都をネタにしたムックや雑誌の特集のお仕事がいろいろあった。情報誌の店取材はけっこうタフで、一日に4〜5件の飲食店を回るので胃が荒れる。でも、それよりも堪えたのは、一軒につき200字前後しか書けないことだった。

特集のなかで、扱いに大小があるのはしかたない。字数に不服があるとかそういうことではなくて。

記事の大小に関わらず、多くの店主さんたちは初対面のわたしに大事な人生の物語を語ってくれるのだ。「なぜ、お店をはじめたのですか?」と聞くと、「小学生の頃から○○が好きで」とか「中学のときの旅行で」と、はるか時の向こうまで連れていってくれる。そりゃそうだ、お店を開くというのは人生の一大事だったはず。5分や10分でしゃべれというほうがヘンだ。後の予定がないときは、相手の話したい気持ちが落ち着くまで、聞いていた。

ときどき、わたしは申し訳なくなってそっと話を遮った。「あの、今回の記事はこんなに小さくて、ちょっとしか書けないのです……」。それでも、店主さんたちは話をやめなかった。ひたすら聴く。でも、ほぼ書けない。なぜなら、編集部が求めているのは「お店の紹介」であって、「店主の物語」ではないからだ。わたしはたくさんの物語を自分ひとりの胸にしまい込んだ。

「このままでは、この人たちの人生の物語は成仏できないよなぁ」

取材の帰り道、いつもため息をつきたくなった。「供養できていない何か」を溜め込んで背負っているような気もした。思えばこのとき、仏教にもお寺にもほぼ無縁だったわたしが、どういうつもりで「成仏」や「供養」なんて言っていたのか。今となっては、そこに日本仏教の面白さやご縁の味わいを感じるのだけど、その話は次回以降にゆずる。

では、“成仏しはったなあ!”という、晴れ晴れとした手応えが得られるまで書くにはどうしたらいいだろう? ライター生活1年目を終えた2009年のお正月、わたしは1年間の取材を振り返って考えはじめた。

今でこそ、メディアがお坊さんにフォーカスするのはフツーだ。だがしかし! あの頃は「お寺特集に住職を登場させたい」と提案すると、編集さんに「お坊さんは絵にならないからダメ」と言われるのがオチだった(実際に言われたこともあったし)。

それでも、わたしは仏像よりお寺より伽藍よりも、お坊さんが面白かった。お店のスペックより店主に興味を持ったように。お寺のハード部分よりも、お坊さんの語る言葉が、お坊さんという存在が、お寺という空間の社会的意味に興味をそそられていた。

「そうだ、お坊さんのインタビュー連載をしよう」

思い立ったが吉日(お正月だったし)、とわたしはさくっと企画書を書いて「インターネット寺院彼岸寺」に送付した。ふだん熟考派の割に、動き出したらやたらに腰が軽いのだ。


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