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とりあえず、ついでに、どうせなら

とりあえず

とりあえずnoteをどう使っていくのかを以下の2つの内容で考えている。

  1. 読書の自律化
    これは、何か本を読んだ後で次に読む本を自分で見つけられる状態をつくっていくために、何ができるだろうということを考えていく、みたいな内容をイメージしている。

    これまで生きてきた中で、多分あまり人のことを羨ましいとか思ったことはないけど、自分が気にいるような本や音楽、etcを見つけられる人のことは、半ば別世界の人だと諦めながらもいいなあと思っていた。自分もそういう風になれたらいいという気持ちは、いまのトコロずっと捨てられずにいる。こういう気持ちを持っている人はわりと多いんじゃないだろうか。(別の話だけど、あるモノが欲しいということは割とよく思う。ただそれも人の持っているモノが欲しい、ということではなく、単純にモノが欲しい、それを使ったらこうなるだろうな、という気持ちが"勝手に"うまれる。)
    本当は小説や人文書でそういう状態になれたらいいんだけど、ハードルが高いのが想像できる。 

  2. 散歩で整う方法のメソッド化
    自分でも胡散臭いこと書いてるなと思ってしまうけど、これができたら今後の自分の散歩ライフに大変貢献してくれるはずの内容。
    散歩を趣味としている人なら日常的に経験しているかもしれない、散歩をしているとたまに景色がいつも以上に鮮やかに見えたり、普段見えない建物の細部が面白く思えたり、通ったことのない道が意識に立ち上がってくる、みたいな状態。これは何となくだけどサウナにハマっている人が言っている「整う」みたいな状態に近いんじゃないかと思いついた。サウナでは「整う」ためのメソッドが確立されているみたいだから、散歩でもそういうものがニアリーでもいいからできたらいいなと思っている。
    そんでこれはもっと大げさに言うと、集中のメソッドみたいなものでもあるんじゃないかという期待も少しある。同時に、それは誰しもにもあてはまるメソッドではなく、個人的なものになるのかもしれない、という予感もある。何でサウナは誰にでも当てはまるメソッドになっているのか。

  • ついでに

    上で書いたとりあえずでやりたいこととは別に、普段ぼんやり気づいたことや考えてみたことにある程度まとまりをもたせたり、後で思い出したりするために書いてみようと思っている。ついでで書いてみたことが、とりあえずの内容に昇格みたいなことが起こればいいなあ。とりあえずで書くことはある程度自分の生活や倫理に関わる内容ってことにしよう。いま決めた。
    ついでに書く予定なのはいまのところ2つ。
    1つ目はツイッターをやっていたときに起きた気持ちの動きのことで、「リツイートと罪悪感」みたいなやつ。ツイ消しについても書いてみたくて、それは別にするかも。
    2つ目は漫画のことで、葬送のフリーレンで繰り返される「足止め」について。書ければ同作の時間の話にも拡張してみたい。

    漫画や生活する中での雑感、あとは飲酒のことも書くかもしれない。お酒ではなく、飲酒。

  • どうせなら

    ついでの派生みたいな感じにしてみようかと思う。ついでで書いているうちに派生して他の内容を書きたくなることがあれば、どうせなら書いてみるかなということをしてみよう。フリーレンの足止め→時間のこの時間の側がどうせなら、で。
    どうせなら、はこの記事のタイトルをとりあえず、ついでにしてみて何となく2つは収まりがわるいなと思って、どうせなら、と付け足したどうせならである。そもそもついでとどうせならは区別されるものなのか、似たようなものではあると思うけど。

少しずつでも自分なりに考えをすすめて行きたいと思っています。 サポートしていただいたら他の方をサポートすると思います。