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水無月求めて途中下車

学生時代のたった2年しか京都には住んでいないが、6月30日には無性に「水無月」が食べたくなる。

私が短大生だった30有余年前は、世の中はバブル景気で沸いていた頃だった。四条河原町のディスコ(クラブでは無くてサタディナイトフィーバー的なディスコ!)に遊びに行くのが田舎から出てきた小娘たちの憧れだった。しかしながら起床6時半、門限10時(心の門限は9時半)という大学の寮(しつけの小松寮)に住んでいたので、チークタイムが始まると、誘いに来てくれたのがどんなイケメンであろうが寮の門限があるから…とシンデレラのようにディスコを後にしなければならなかった。私が入っていた寮には「門限破り=退学」という厳しい掟があったからだ。

寮は4人部屋が基本で、寺子屋のような座り机が1台与えられ、持ち込めるのはカラーボックス1台だけ。押し入れもクローゼットも半分、布団を4組敷いたら足の踏み場も無くなる広さの部屋であった。どうしても県外に進学したかったので親を安心させるため寮があることは短大選びのポイントであった。事前に赤本で寮生活の規定につい読んではいたが、時はバブルである。規則は建前で、きっとゆるゆるで自由があるに違いないと思っていた。まさか本当にそんな尼寺みたいな生活が待っているとは思ってもみなかった。

忘れもしない、京都に住んで初めての6月30日。同室の先輩が「今日は6月30日だから、水無月を食べなきゃダメよ。馬町の坂の途中の和菓子屋さんで売ってるから必ず買ってくるのよ。」

夏越の祓

京都では1年のちょうど折り返しにあたるこの日に、この半年の罪や穢れを祓い、残り半年の無病息災を願って「夏越の祓(なごしのはらえ)」に「水無月」を食べなければならないというのだ。白いモチモチした外郎の上に散りばめられた小豆は悪魔払いの意味があり、三角の形は暑気を払う氷を表していると言われている。

少ないお小遣いから水無月を一つ買った。6月30日だけのお菓子を食べるというおまじない的な風習に歴史ある京都らしさを感じた。

それから、6月30日には「水無月」が食べたい!と条件反射の様に思うようになった。岡山の和菓子屋さんで売っているのを見つけて、喜んで買い求めたのだが、食してみると思ってたんと違う(涙) やはり京都の「水無月」が食べたいと、6月30日が来るたび思い願っていた。

今日6月30日は岡山から長野県松本まで前泊の為の移動日である。そうだ!京都で一旦、新幹線を途中下車すれば水無月が食べられるかもしれない。そう思いついた私は早速NAVITIMEで名古屋16時発の「特急しなの」に間に合う為に丁度良い時間が捻出できる新幹線を調べた。

のぞみ108号 岡山13:33発ー京都14:38着 

のぞみ230号 京都15:13発ー名古屋15:47着

これなら京都で35分間の「水無月」タイムが確保できる。(西村京太郎なら同じ35分で殺人事件を起こすんだろうが、、)

ソシテワタシハジッコウシマシタ

無事、新幹線構内にある宝泉堂でお抹茶と水無月を味わうことが出来た。

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大変美味しゅうございました。

これで2021年、残りの半年も安心、安心。


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