あの日、『空の飛び方』を知った。

　こんにちは、返却期限です。

　ジャケットが好きな（もしくは残念な）、レコードだったりCDだったり、もしくは配信音源だったり、そういう話はよく聞きます。

　じゃあ「盤面」は？

　私がはじめて買ったCDは、ジャケットだけでなく、レーベル面もすてきなものでした。
　スピッツの５枚目のアルバム『空の飛び方』。
　青空に、もくもくの白い雲のイラストが可愛い。見せびらかしたくて持ち歩いて、ケースにヒビが入りました。

　『ロビンソン』が流行ったのは、私が小学４年生のころ。続く『涙がキラリ☆』と両方気に入りました。前述の２曲が入ったアルバム『ハチミツ』は文句なしの大ヒット。翌年には『空も飛べるはず』や『チェリー』が流行り、７枚目のアルバム『インディゴ地平線』が発売されました。このプロモーションの時期、関西のラジオ局FM802では、一日中スピッツばかり流れているような日がありました。次から次へとエアチェックする中、『愛のことば』と『俺のすべて』の二面性にとうとうノックアウトされ、この日から私が一番好きなミュージシャンはスピッツになりました。（バンドがしんどそうな時期、ちょっと気持ちが揺らいでしまったこともあるけれど、2000年以降は不動であります。）

　あのころ、FM802ではスピッツのボーカルである草野マサムネさんが毎週DJを務めておられる番組がありました。草野さんは最近でもラジオ番組を持たれていて（そちらはTOKYO FMから全国ネット）、その魅力は今も健在ですが、当時ももちろんすてきな放送をされていました。
　……なんて知った風に書いていますが、小学生だった私は親に隠れて聴いており、すべてを楽しむことは不可能でした。こっそり聴いていた理由は内容がどうのではなく、早く寝ないと怒られたからです。
　それでもめげずに番組内でかかるスピッツの曲を必死で録音してはカセットテープを繰り返し聴いていました。その中でも『スパイダー』という曲は特別でした。当時のリスナーの人気投票第１位だった気がします。流れ出したイントロから私の心は掴まれて、展開される逃避行（の妄想？）のドラマチックな切なさにドキドキと胸を高鳴らせました。
　これ以降、私はこういった、妄想めいた夜の逃避行の歌にめっぽう弱くなった気がします。フジファブリックの『銀河』の歌詞を初めて知ったとき、序盤のあまりのインパクトに笑いながらも、世界観に惚れ込んだのは『スパイダー』を思い出したからです。

　この曲をどうしても、CDのクリアな音質で聴きたい。どうせならアルバムが欲しい、と思った私は、誕生日にもらえるお金で買うことにしました。
　それが『空の飛び方』。
　当時の最新アルバムより２作前、すでに多くの人が、ドラマのタイアップで注目を浴びた『空も飛べるはず』を聴こうとしてこれを買っていた時期かもしれません。
　1997年、私は小学６年生になっていました。部屋にCDラジカセがなかったのか忘れましたが、買ったCDを、初代のプレイステーションで繰り返し聴く日々。同世代以上のみなさん、あの画面、覚えていますか？知っていますか？まだ家にあって起動できますか？プレイステーションで音楽CDを聴いていた人、結構いたのでしょうか。アナログテレビの画面上、球体にカーソルを合わせ、コントローラーのボタンを押していました。
　『スパイダー』を聴くために「２」の球体にカーソルを合わせます。１曲リピートに設定、すでにイヤフォンは耳に装着されています。繰り返し繰り返し聴き、何度も涙を流しました。スピッツの曲は歌詞の意味がわざとぼかされているのですが、とにかくその内容、メロディー、演奏、歌声、すべてが合わさって私の胸をひたすら切なくし、涙腺を絞るのです。中毒のように聴いていました。

　もちろん、『空の飛び方』は他の曲もすてきで（スピッツの曲はみんなすてきです）、ポップでエロでクールでロマンチックで、爽やかでアンニュイでドラマチックで、思春期の入り口に立った私の手を力強く引いてくれました。あの日から、『空の飛び方』＝「音楽での飛び方」を知ってしまった気がします。だって浸りすぎてずっと泣いてるのヤバいでしょ。『迷子の兵隊』と一緒に迷子になって、『青い車』に乗って輪廻の果てに思いを馳せ、『サンシャイン』を受けながら埃の粒たちをぼんやり眺める。ヤバいヤバい。飛んでる飛んでる。

　流石に今は『スパイダー』を聴いて泣き続けはしません。ライブではニコニコと腕を左右に振っています。けれども、あれから何度も私は音楽に飛ばされ、あの盤面の、つやつやしたブルーの大空に浮かぶキュートな雲の上でふかふかと過ごすように、時に現実を離れることで生き延びています。

　叶うなら早く、ライブで自由に飛びたいな。（なんだかタケコプター出されそうだな。）

https://youtu.be/mf-RrGndfC8

https://youtu.be/2uOVDvzMtsY