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Dancing Zombiez/加持祈祷-5 #崖っぷちロックバンドHAUSNAILS

先程まで大変威勢の良い素振りを見せてきたメインコンポーザー様だったが、しかし次の瞬間には何故か急にその場に膝を突き、自分の肩を両手で抱いて歯噛みし始めたのだった。おれは当然狼狽えたしフッちゃんと九野ちゃんも一体何が起きたのかと言う顔をしていた。キヨスミはまるでひとり芝居でも繰り広げるように「でも〜」と急に弱気な声を上げる。

「本に傷つけたくない〜! やだやだ〜!!! 何で本屋に篭城すんだよォ〜!!! その辺の高架下の工事現場とかでいいだろォ〜ここは下北沢だよォ〜!!!!!!」

成程、実力行使で敵の要塞をぶち壊すためには、どうしたって今目の前に山積みにされた本の山を崩さないとならなくなる事をどうやらキヨスミは嘆いているようだった。比較的本を読む知性的な阿呆の揃ったHAUSNAILSの中でも特に読書家のキヨスミらしいリアクションだが、この際致し方なしと同じく活字中毒のおれですら思う。こんなどうしようもないひと夏の怪奇譚を怪文書にまとめてしまう程度には活字中毒のおれですら、そう思う。しかしキヨスミは妥協出来ないようだった。地べたに膝を突いたままパッと顔を上げて抗議の声を上げる。

「だって本だよ!? 人類が脈々と築いてきた文化的価値の集積だよ? そんなん人命より大事じゃん」

自分もたいがいサイコパスやな、それは人命と比べちゃいけないやつや。あかん、ツッコミが追いつかん。大阪時代、通勤ラッシュ時のあの怒涛のような横断歩道をまともに渡り切れた試しがない、イラチ揃いのあの街では生きていけなかった程のんびり屋のおれでは回収しきれないツッコミどころを満載させたベースボーカルは、しかし次の瞬間には何故か、急に暁光を見たような表情に変わった。
「あっでも待って! ……出来そうな気が……するような……」
切り替え早えな。一体何を閃いたのか嫌な予感しかしないが、その白目どっかに置いてきたんかってぐらいの黒目がちな瞳をさっき哲学的ゾンビ集団をぶっ飛ばした時よりもより爛々と輝かせたキヨスミは、何やら意味ありげな素振りで薄暗がりでも綺麗なピンク色である事がわかる下唇に、徐に自分の親指を這わせる。なにそのこなれた仕草、ボクちんこわい。

親指で唇をなぞりながら、あろうことかおれにやたらセクシーな流し目を一発くれたかと思うと、キヨスミはすっくと立ち上がりシャツの胸ポケットから何やら小さなものを取り出した。そしてそれを、ハライタの時の丸薬の如き勢いで口の中に放り込み、あろうことかひと思いに飲み込んでしまったのだった。

おれの見間違いでなければ、その飲み込んだものは――さっき水島空白がおれ達全員に配った怪しい“クスリ”だ。

「おい!!! 何しとんじゃ!!!」思わず叱咤するもキヨスミは飴玉でもうっかり飲み込んでしまったような表情で、「いやァ俺人間じゃないから大丈夫かなって」とどうってことないかのような調子で言う。そう言う問題やないやろ、と加えて咎めかけたその時、ヤツは急にその鶴のような細い首を少し仰け反らせて「あっ、来た」と蚊の鳴くような声で囁き、何を思ったのか後ろ向きになっておれの胸の辺りに背中をもたれさしやがったのだった。何がなにやら、ヤツの思考の展開を把握しきれていないおれはその様子を逐一慎重にウォッチする事しか出来なくなってしまった。鼻の頭を滑り落ちる汗で眼鏡がずり下がってきた頃、ヤツが次の台詞を口にしたが、しかしおれはそれを聞くと共に思わずその華奢すぎてオトコとして心配になる肩を自分の身体から勢い良く引き剥がしていた。

ヤツは、おれの初恋のあの子に(当然ながら)瓜ふたつの顔で上目遣いにこちらを見上げたかと思うと、瞳を濡らしてこう言ったのだった。


「ねえ組長、触って」


思わず瞬きをふたつ。何のプレイや、何処を触れと言うのや。柄にもなくきょとんとするのみのおれの両手を、おれの胸に身体を預けたままキヨスミは恋人繋ぎのようにしてそっと持ち上げ、そしてその手を、ボタンがふたつも開けられたシャツの襟から覗くささやかながらも確かにそこに存在しているやわらかそうな胸部に、


「お……お前はおれに一体何をしろって言うんや!?」
「ああそういう事ね!」思わず大声を上げてキヨスミを突き飛ばしたおれの耳に、謎に腹落ちした感じの九野ちゃんの声が飛び込んでくる。何勝手に納得しとるんや、こちとらセクハラ被害者やぞ。いくらキヨミちゃんと同じ顔をしているとて許せぬ、いや寧ろキヨミちゃんと同じ顔をしているという点が最大にして唯一の問題なのだ。狼狽えまくるおれの様子を見て事情を察し……てはいなさそうな九野ちゃんが、そっか組長知らなかったかーと普通に納得し、ご丁寧にも解説してくれた。スピードワゴンかよ。

「説明しよう! キヨちゃんは性的衝動、いわゆるリビドーが最高潮に高まった瞬間、地球外文化的生命体としての知能や能力が爆発的に向上するのだ!!!」

どっちかと言うとヤッターマンのナレーションだった。ていうかなんやその便利なのかそうでないのかわからねえ習性。セックスの時困るやろ。しかしキヨスミ当人は最早当たり前なのかおれの下品すぎるツッコミをスルーしつつ「という事ですので、よろしく」と性懲りも無くシャツの合わせの隙間からおれの指を自分の胸元に差し入れてこようとする。おいおいおいそんなあいみょんも作詞の参考にしなさそうなやっすいエロ小説みてえな展開待ってねえぞ!? なんとかして抗おうとヤツの手から自分の手を引き離そうとするも、今度はおれの両腕を自分の脇に挟み込み、半ば強制的なバックハグ状態へと導かれる。おれの上半身の自由をがっしりと奪ったキヨスミは、薄い眉を八の字に下げて肩越しにこっちを見上げる。

「美少年に殺されるか、それとも俺のおっぱい揉むか、ふたつにひとつよ。これで前者選んだら組長の事一生源壱将a.k.aムッツリショタコンスケベって呼んでやるから」

そんなステージネームみたいに言わんといてくれ、それ最早ひとつにひとつやないか。おれは別にショタコンにもぺドにも実害さえなければ偏見は大してないが、おれ自身は断固として普通に可愛い女の子が好きなので致し方なし、泣く泣くその無謀な挑戦に乗る事にした。ええいままよ、指先に触れるマシュマロのような感触にもう少ししっかり触れるべく、おれはシャツの合わせの隙間に思い切って手を差し入れる。キヨスミが、低いくせにやたら色っぽい声で「あっ」と囁いた。生々しいからやめれ。
ショタコンの汚名を着せられるよりは、見た目だけは“可愛い女子”のキヨ……ミちゃんだと思う事にしよう。うん、そうしよう。どうせあの蜜月の間、ちゃんと“そういう”機会すら結局設けられなかったのだ。武士に二言はないと腹を括ったおれは、最近三ヶ月付き合ったカノジョと別れたばかり、半年続いた男のセフレと疎遠になったばかりのそいつのやわらかな左側のそこを、右の手のひらでそっと持ち上げるようにして包み込んだ。中指の第一関節辺りに慎ましやかな突起が優しく触れた瞬間、キヨスミがやたらしおらしい嬌声を上げた。相変わらずトーンは低いが若干ハスキーボイスな女のコのそれだと思えばイケる。いや、イケちゃいけないのだが……。

「声は出すなや声は!!!」フッちゃんと九野ちゃんの爆笑の声が聞こえる。完全に面白がっとるやないかあいつら。しかし自他共に認めるエピキュリアンなベースボーカルは「別にイイじゃん、大丈夫だよ俺は慣れてるから」と返答にならない返答を返しよる。自分が良くてもおれが困るんや、てかそんなモンに慣れんなや。
「いや慣れてなんぼですよこんなモンは」下品なミルクボーイみたいな事言いなや。「ほらほら、もっと触んなよもう二度とこんな機会ないかもよ? 童貞クン♡」エロ漫画に出てくる高飛車ギャルお姉さんか。“高飛車ギャルお姉さん”って何やねん、属性多すぎか。もうわけわからんし腹立ってきたわ、勢いで思わず右手に力が入る。しっとり汗で湿った肌の陽の光の当たらない表面にすんなりと埋まる指先に36.5℃よりも高そうな体温がダイレクトアタックで伝わってくる。キヨスミは今までほぼほぼ己の急所とちょっとイイ感じになった事のある女のコの左手ぐらいまでしか握った事のないおれの右手の暴走に合わせて少し前のめりになり、わざとらしいぐらいにエロ漫画構文の喘ぎ声を上げてみせた。その馬鹿にしたような態度がまたおれのカンの強さを煽り立て、もうすっかり硬さを持ってしまったあの小さな突起を弄る指先に力が入る。

正直に白状すると、この時のおれの心理に邪な感情が一切なかったかと言われると自信を持って頷けない自信がある。つまり自信がない。キヨスミはおれの大好きだったあのコと同じ顔で丸い頬を薄く赤らめ、シャツの上から両手でおれの手の甲ごと胸を覆い、ジェリービーンズのような湿ったピンクの唇を半開きにし、肩越しに見上げてくる。その潤んだ瞳は何かもの言いたげで、しかし潰れたイチゴみたいな舌が少し覗いた唇の隙間からは、断続的な喘ぎ声と涎しか出てこない。頭に上りきったはずの血が下腹部辺りにも集まっているような感覚がある。どんだけ空気読めない身体やねん、流石は健康な二十代前半男子やで。ところでおれ、なんでこんな衆人環視のさなかで股間のリトル組長の昂りと闘わなければならん自体に陥っとるんやったっけ?


「とっ、突然ナニおっぱじめてんだよ幼気な美少年の前で!? 僕まだ高校生なんだぞ!!!」


CV蒼井翔太みたいなきゅるきゅるの断末魔によって、おれははたと我に返る。せやった、おれには使命があったのだ。かの邪智暴虐の美少年をいてこまさねばならぬのだ。
とはいえ当のキヨスミはすっかり悪ノリのノリが身についてしまった様子でおれの腕の中でわざとらしくアンアン言っている。おい、ここの作戦の主導権は自分が持っとるんやぞ。どうにかせえや。
ヤツ曰く「文化的価値の集積」の集積越しに飛んできた美少年の声に反応してアンアン(高めのハスキーボイス)をふいに止めたキヨスミは、斜め後ろのアングルからでもわかる程あからさまに面白そうな表情でニヤリと笑い、新しいおもちゃを手に入れた子供のような顔になる。「おや? もしやお主童貞だな!?」
「だ、だったらどうなのさ!?」中一で花を散らしたスケベのベースボーカルによる牽制にすっかり乗せられた美少年は、声だけでもわかる程明らかに狼狽えた様子を見せる。「悪い!? 童貞で悪い!? そーゆーのもイマドキハラスメントになるんじゃないんじゃないんですかおにいさん!?」
「いーや? 別に悪いなんて思わないけど?」とワンクッション置いてから、キヨスミは爬虫類じみた表情で下唇をゆっくりと舐める。まるで獲物を前にした肉食生物だ。既におれの手も、暴れ馬のリトル組長ですらもすっかり戦意を喪失していた。しかしキヨスミはそんな事には一切構わず、ニタリとした笑みを浮かべたまま「可愛い♡」なんて口走ってみせる。
「じゃあ……オネーサンが教えたげるね♡」すっかり「エロ漫画に出てくるお隣のエッチなお姉さん」的なキャラになりきってしまった様子で言ったキヨスミは、ごく自然におれの手を振り払い、さっきまでの痴態が嘘のような仕草で腰に手を当て言い放つ。



「教えたげる。地球外生命体の恐ろしさ」



その無駄にオトコマエな声と共に、目の前に山と積まれた本達が、一瞬にして吹き飛んでいった。


あんなに実力行使を避けてきたはずなのにその展開かよ!? と改めてヤツの頭のおかしさを再確認……するに至るかと思いきや、気がつけばその吹き飛ばされていった本達を受け止めるかのように、何やら巨大なやわらかそうなものが出現しているではないか。バースペースの入口の床を埋めるように、幻のように鎮座在しているそれは淡いピンク色で、丁度いわゆる“人をダメにするクッション”を六畳ぐらいのサイズ感に引き伸ばしたもののようだった。きめ細やかな布っぽい質感の表面が見事に全ての本を受け止めており、一冊たりとも床に直にばら撒かれているものなどはない。流石は地球外“文化的”生命体、有言実行である。ドラッグの力さえ借りなければジャンプ系漫画のちょっとラッキースケベなニッチヒロインだったな。ただひとつだけ気になるのがそのドデカクッションがひとつでは足りなかったのか地べたにふたつぶん投げられている点であり、そのやわらかそうな曲線を描く双丘を目にした九野ちゃんがうわ言のように「おっぱいだ……」と呟いたのが聞こえた。やめんか。

ともあれ文字通りでかい壁をぶち壊したのは確かなので、とりあえず部屋の中に飛び込む。バーカウンターにはさっきと変わらず水島空白の細い影が佇み、綺麗な二重の瞼を眠たそうに落としている。二十歳をとうに超えたオニーサン達にしてはあんまりな様子に絶望したかもしれんが、こっちとしてはお前の仕打ちに絶望しきりなので許してほしい。許してもらうついでにおれは激情に任せて拳を握り、ヤツのひとを小馬鹿にし続けている砂糖菓子のような白いほっぺた目掛けて殴りかかろうと思い切り振りかぶったその瞬間、


あっさりと意識を手放した。



続く


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