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イカ室たぎったトラネキサム酸【毎週ショートショートnote裏お題】

 魚食文化圏に生まれ育つと魚介類に対する「生臭い」、果ては「イカ臭い」といった言われようが、いかにも不当なものに思われるのだ。生きとし生けるものはおしなべて腐れば悪臭を放つ。無機物すら腐らせる潮風に、湿気を多く含んだ暑熱が腐敗を助長している事は確かであるが、
 魚食に罪は無い。
 肉食菜食同様。たまたま各人が暮らす土地土地において、採取・摂食に適していたに過ぎない。
 何が言いたいかと問われれば、九州の西岸部においてイカは、神々しいまでに美しい食材であるという事だ。
 関西のカニ、関東のマグロ、西欧の食肉同様。世が世なら、海洋生物の王たるイカ神様を祀った室で、煮えたぎった湯に海鮮を捧げる儀式が執り行われた事だろう。集団的高揚により日々の生活苦を慰謝する鎮痛剤である。
 一度でも、自ら握った刃物で生命を断ち、手に指を血潮にぬめらせた事のある者なら、他人様と他人様の食文化に対し「残酷」とは口に出せないはずであるが如何に。


(410文字)

 蛇足だが、随所に見られる語句の類似形に対して「イカだけに」といった解釈を加える諧謔を、私は好まない。
 ダジャレに掛け言葉は容認し尊重するが、漫才やラップバトルの場でもなく、話者本人の申告でもない場合に話の腰を折る行為は、無礼であるばかりか相手を間違えれば首が飛ぶ。現代では比喩で済むが、幕末までは実際に。

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