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【小説】完成した神

 2023年のうちにどうしても、
 書き上げて公開してしまいたかった。
 自分たちの子を得たかった気持ちも、
 もちろん皆無ではないのでね。

(文字数:約4000文字)


 この話は星新一氏が残した数々の名作ショートショートの一つ、

   「神」(『ちぐはぐな部品』所収)

 を知っていて良く覚えている人でなければ、私の言いたいところを本当には、理解し切れないかもしれない。
 それはともかく今朝目を覚ますと私の布団の内には、十歳未満と思われる女の子が一人寝入り込んでいて、とうとう幻覚まで見るようになったかと、私はまずため息をついた。以前から脳内に、十歳近辺の女子が住んでいる自覚ならあったので、私にしか見えないそうした存在が、実視界にまで現れ出ても、何ら不思議ではないと思われたのだ。
 しかしちょうど私の正面に横たわっていた、その寝顔を眺めていると、その子の寝息は私と異なるリズムで繰り返されており、
 私とは異なる細さ故にうねりを伴った茶色っぽい髪に、隣の布団から伸びて来た、配偶者の手のひらが乗せられた。
「マサキ」
 と私の知らない名前でその子を呼ぶ。私の知らない名前、であったはずなのだがその途端、ああこの子はこの度縁あって、我々夫婦の子供として我が家に置かれる事になったのだった、と新たな情報が既に知っていた事実のように、私の脳内に侵入してきた。
 真に咲く、と書いてマサキと読ませているが、その心は女性の身体に生まれたとは言えどれほど世間一般的と思われる女性らしいか、内面にどれほどの男性がいるやら、将来男性でありたいと心した時のために、変えようと思えば男性名になっても納得できる名前を付けておこうと思ったのだった、と細部までもが実に私らしい。
 名前を呼ばれてその子は目を覚ましたらしく、数秒ほどじっと黙り込んだ目の内で、「私の知らない家に人々、だったはずなのだが私はこの度縁あって、この夫婦の子供として置かれる事になったのだった」と新たな情報が既に知っていた事実のように、差し込まれた様子でいた。
 一重まぶただが問題は無い。我々夫婦が共に一重なのだから一重にしかなるまい。女の子なのにかわいそうに、とか思って実際に口にもする無礼者は私の両親くらいだ。
 毎朝目を覚ますと私はまず、布団の上に正座し、自分で決めている方角に手を合わせて今日も無事に目を覚ませた事実に感謝する事にしているので、ひと通り真言を唱え終わった後で、
「卵で何か作るか。目玉焼きとか」
 と言ってみると、まだ寝ぼけ眼の配偶者が布団から、
「卵焼きが良い〜」
 とか言ってきやがった。
「ゆきこさんがよく作ってくれる、とろけるチーズ入りの〜」
 布団がめくれ上がって隣で起き出すしかなかった真咲にも、
「それでいいか?」
 と訊いてみると一つコクンと頷いてきた。

「どうしよう。これ二人分しか挽けない」
 と配偶者が、先日買ったばかりのコーヒーミルを、手に取りながら呟いた。
「ガキに豆挽いたコーヒー飲ませる必要も無いだろ。ボトルコーヒー買ってあるから、牛乳で割ってチンするよ」
「ゆきこさん、その言い方は良くないよ」
「子供だからって無駄な金使わせてんじゃないって、私はむしろ貴方を戒めているんだが」
「ガキ、はやめようよ。自分たちの子供に」
 自分たち、と認識してくれる事に私は安堵を覚えつつも、
「あえてここは自分たちの子供じゃないように考えてみろ。『毎週土日はパパが挽いてくれた豆でドリップしたコーヒーを飲むの』とか笑顔でほざいてくる小娘を、貴方はどう思う?」
「クソ生意気だな」
「だろ?」
 台所で卵焼きを作り出した私と居間でコーヒー豆を挽き始める配偶者の、ちょうど中間あたりの引き戸際に立って真咲は、私たちが何か言い合う度に発言者の側に顔を向けたりしている。
「実際『大人の味』なんてのは、大人の味覚が子供よりも、相当に鈍っているから感じ取れるもんだ。苦味の直撃はただの拷問だって、苦しんでるガキ見て悦に入るなよ」
 とろけるチーズを巻き込んだ卵焼きを乗っけた皿を、ちょうど立っていてくれている真咲に渡した。
「お父さんのところに持ってって」
「はい」
 という子供らしからぬ返事に、私たちの子供として置かれる事になった以前の様子が思いやられた。
 今日もテレビのニュースは自分たちとは、関係の無い世界を映し出しているように見える。
 何を言うんだ。全ては繋がっている。関心を抱け風化させるな。我が事として考えろ。と言った批判が聞こえて来そうだが無論私が言う「関係の無い世界」とは、そういった世界を指してはいない。
 平日はご飯を炊くのだが我が家では、土日はパン食が習慣になっている。6本入りのスティックパンを、私が2本。配偶者が1本をちぎり渡して2本半。真咲が1本半。
「小学校どうしたい?」
 訊いてみると真咲は一瞬ノドにつかえそうな感じに、だけど飲み込んだ。私たちの子供として置かれる事になった時点で、それ以前が対人関係においてスムーズだったとは考えていない。
「私は通わなくたって勉強くらい自分で出来ると思ってるけど」
「いやー。無理だよ一人じゃ。教科書くらいいるよー」
 と配偶者が言ってきたが、
「教科書さえあれば良いんだろ」
 と返してやったら目線をななめ上に向けて、多分自分の小学校時代を思い返していた。
「好きな教科が一つでもあるか、好きな先生が一人でもいるんだったら、通っておいた方が得だよ。別に周りと仲良くしなくたって、その分観察する時間が充分取れる」
 まぁ私達の子供として置かれる事になった時点で、大丈夫だろうと思ってはいたが。

 次の平日は「お父さん」になった配偶者が、家を出ようとしたところで笑みを浮かべ、私の唇に軽くだがキスしてきた。
 真咲が視界の端に入る度に、真咲が出来たと思われる晩がほんの僅かにだが思い浮かび、男性の根底にはずっと流れている寂しさがやわらぐらしい。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい気を付けて。無事に帰ってくるんだよ」
 お父さんに続いて家を出る真咲の頭数が増えたところで、私が口に出す文句は変わらない。
 その日はまず市役所に行って、戸籍謄本と住民票にしっかりと、真咲の情報が記載されていることを確認した。
 改竄されている、と思いかけてすぐ、そうでもない、と思い直した。
 その次に銀行に行って、通帳記入をしてみたところ、ランダムな文字配列からそこそこの入金があった。子供を育て切れるだけの経済的余裕があるとは思えていなかったもので、大変に助かる。
 しかし心当たりの無い額面、だったはずなのだが、これまでの人生で貰えていたはずの金額をこの度支払ってもらえただけだ、と新たな情報が既に知っていた事実のように。
 銀行を出たあたりでちょうど、夫婦揃って意地でもガラケーで通している携帯が鳴り出して、表示を見ると母親だった。
「もしもし。今外に出てるけど大丈夫。何?」
『いやー。ちょっと確認したか事のあってからさぁ』
「うん」
『あんた達には確か……、娘のおったよねぇ。真咲ちゃん』
「うん。いたよ」
『そうよねぇ。お父さんがずぅっと、あん二人は子も作らんで遊び呆けて、って言いよったからぁ』
 聞いている間にふっと私にはまた新たな情報が入ってきて、
「お父さんはだいぶ前に亡くなったよね?」
 と口に出した途端、電話の向こう側でも、新たな情報が既に知っていた事実のように入ってきただけの間を空けた。
「お酒飲みすぎて、膵臓に出来てた水疱が破裂して」
『そう……。そうやったねぇ。確か……。うん……』
 比較的関係が冷え切っていた母親の方が、親しげに電話を掛けてくるようになって、比較的仲が良いと感じていた父親の方が、だいぶ前からいなかった事になるとは、と私は意外に思ったものの、
 どちらがより多くを周囲から奪い取っていたかだな、と理解した。

 頃合いを見計らって地域の小学校の、校門前へと向かっていたところで、ちょうど校舎の表玄関からは、真咲が歩み出して来た。
 私を見つけての表情で察したから、
「大丈夫だったろ?」
 と訊いてみると一つコクンと頷いてきた。
「みんな、先生たちも、前の週とはフンイキとか、変わってて」
 小学校の外壁そばを、二人横並びで歩きながらの真咲の声は小さいけれど、背が低い私とそんなに頭の位置が変わらないので聞き取れる。
「だろうな。真咲もきっとみんなからそう見えてる」
 横目に見た真咲の表情はちょっとだけだけど嬉しそうで、つまり変わって見える以前の自分が好きではなかったという事なんだが。
「こっちの空はどうして赤いの?」
「え? 空はいつだって薄赤いもんだけど」
 そう口に出した途端私にはまた新たな情報が入って来て、
「警告だよ」
 と思わず続けた私に、
「警告?」
 と訊き返してきたという事は、真咲にとってこの情報は既に知っていた事実ではないらしい。
「どこかの誰かさんが、わざわざ馬鹿な真似をして、神様を、完成させちゃったもんだから」
 世界は計算し直し尽くされる事になって、
 他人が受け取るはずの利益まで、嬉々として奪い取り貪り尽くしていた者に、奪っている事にすら気付きもせず顧みようともしなかった者は、薄赤い空の向こう側へと追いやられる。
 太陽光の実際の屈折率とは関係無く、完成した神様が、人類それぞれの脳神経に直接信号を送り込んで、見せ続けてくれている薄赤さだ。
 しかしその現実をそのままに聞かせるのは、真咲から何か大きな利益を奪ってしまう様子だと、
「親達の責任がはっきりと決められたんだ」
 私は入り込んだ情報のうち一側面だけを口にした。
「子供をきちんと育て切れない親からは、子供は奪い取られる事に決まった」
 ついでに笑みを浮かべて見せると、真咲の方では小さく首を振って、
「お母さん」
 と私と手を繋いできた。
 私は思わず笑みを浮かべたままで涙を落とす。この、誰もがようやくホッと出来ながらも、身の奥にはずっと底冷えするような恐ろしさを抱え続けて、誰もがこの先一生涯、手放しでは喜び切れなくなった世界の中で。



 この記事は無料マガジン『偏光小説』内の、
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